かぐわしきは力になりて①
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クロートたちが『ノーティティア』本部へと帰り着いたのは、ファストゥル――一の月の終わりだ。
彼らは到着後、真っ直ぐにハイアルムのもとへと赴いた。
すでに日付は変わろうとしていたが、雄々しく翼を広げた二頭の龍が向かい合う扉は三人の到着と同時にすーっと音もなく開いていく。
クロートは一瞬だけ足を止めると、目を閉じて静かに深呼吸をしてから顔を上げた。
「行こう。レリル、レザ」
真っ白な部屋の磨き上げられた壁には世界が幾重にも連なり、毛足の長い紅い絨毯は部屋の中央へと向かって真っ直ぐに伸びている。
その先には金細工が施された紅い革張りの大きなソファ。
ゆったりと身を横たえる少女の姿をしたマナの生命体は、いつものように笑みを浮かべてはいなかった。
彼女の表情に浮かぶのは憂い――だろうか。
「……」
クロートは彼女――ハイアルムの前まで迷いなく進むと、胸に手を当て深々と頭を下げた。
「【迷宮宝箱設置人】クロートとレザ、【監視人】レリル、ただいま戻りました」
レリルとレザはその後ろでクロートの気持ちを汲み、彼に倣って深く頭を垂れる。
クロートは一級の【迷宮宝箱設置人】ガルムの息子として、誇りとともに立っているのだ。
ハイアルムはそれを見て、小さな唇をきゅっと結ぶ。
神秘的な金の眼が映すのはいったいどのような感情なのか、誰にもわからない。
「……顔を上げよ、クロート」
ただ、静かに……澄んだせせらぎのような音で告げられて、クロートは腹の底に力を入れた。
「はい」
真っ直ぐにハイアルムを見るその瞳は――ガルムによく似た大人びたものだ。
ハイアルムはゆっくりと体を起こすと、クロートから目を逸らすことなく確かめるように問い掛けた。
「潔かったか、あやつは――?」
その声が震えているような気がして、クロートは困ったように微笑む。
「父さんの腹の傷にマナ治療薬を使おうとしたら、無駄にするんじゃねぇって怒られた。……父さんらしいだろ」
それを聞いたハイアルムは虚を突かれたのか――一瞬だけ目を大きく見開いて――クロートと同じように眉尻を下げて笑う。
「まったく。あやつめ――馬鹿な奴だの……」
彼女は少しのあいだ目を閉じ、両手の指の腹で瞼をそっと抑えた。
「――何度味わっても、やはり慣れぬものよ」
続けてそう言った彼女にクロートはふふと笑ってみせる。
「ハイアルムがそんな顔するの、ちょっと意外だ」
……クロートの心はいまだって痛い。でも彼女も同じだと思ったら、なんだか気が抜けてしまったし……安心したのだ。
「む。お主、本当に父親に似てきおって! ……ふ。けれど、そうだの。嘆くこともあるまい。生命は紡がれ、継がれるのだ。マナが巡るかぎり――な」
彼女は冴えた月の色をした美しい髪を肩にかけると、金の双眸を不敵に煌めかせる。ここで俯いてはガルムにどやされてしまうだろう――それは彼女の本意ではない。
「では……【迷宮宝箱設置人】クロート、レザよ。報告を聞こう。【監視人】レリル、準備はできておろうな?」
「はい、ハイアルム様!」
レリルはしっかり頷くと、ハイアルムの前に跪き己の手に翠色の古めかしい本を収束する。
「…………よく戻ったの」
そこでハイアルムが一言だけ付け加えたので、小さく「はい」と返事をしたレリルは涙を堪えなければならなかった。
――私は生きてるんだ。ガルムさんのぶんももっと生きなくちゃ……そうですよね、ハイアルム様。
レリルの胸のなかに灯る温かい光のようにぽうと淡い光が浮かび上がり、ハイアルムはマナを読み取っていく。
クロートの母『ローティ』が話していた内容、レザとレリルが捕まってしまったあとのこと、クロートとガルムが合流したこと、そして――ガルムの最期。
ハイアルムは長いような短いような時間を己のなかで反芻すると、ゆっくりと飲み下し、細く息を吐き出す。
「――なるほどの」
彼女はそう言って少し考えると、クロートとレザを見た。
「黒龍のマナを宝箱にした――それは『イミティオ』ではなかったのだな?」
「当たり前だろ」
「まあねー」
彼らがそれぞれ答えると、ハイアルムは血色のよい小振りの唇――その端っこを引き上げて笑う。
「よもやそのような形があろうとは――よくやったぞ」
クロートはそれを聞いてかぶりを振る。
「見つけたのはレリルだよ。な、レザ」
「そうだねー」
頷くふたりに、レリルはえへへとはにかんだ。
ハイアルムは慈愛に満ちた笑みを湛え一度だけ大きく頷くと、ばっと立ち上がって右手を広げ、突き出した。
「これで『舞台は整った』と言えような。さあ【迷宮宝箱設置人】クロート、レザ。そして【監視人】レリルよ。これよりお主たちには我が『ノーティティア』の一級を授けよう!」
……その瞬間。
クロートは息を呑み、ぽかんと口を開けたレリルと顔を見合わせた。
「……は? え? い、一級……⁉」
「いっ、一級ですか⁉」
レザだけは首を傾げたが、ハイアルムは概ね満足そうに腕を組んで応えた。
「そうだ。なにせ、お主たちはすでに条件を満たしておるからの」
10日分です。
物語は終盤へ!
よろしくお願いします。




