儚きかな、儚きかな①
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「おおおおっ!」
気迫の籠もったガルムの一撃が振り下ろされ、それを黒龍の黒い爪が迎え撃つ。
ガガガッ!
黒龍の指ごと斬り飛ばそうとする巨剣とそれをねじ伏せようとする爪とが火花を散らす。
「まだまだぁッ!」
ガルムは剣を力任せに振り抜くと卓越した体捌きで重心を移動させ、左足で踏み込みながら下から上へと次の一撃を繰り出す。
「クク……非マナの生命体、しかも単体でこれほどとは!」
黒龍は金色の目を感嘆に染めて、並んだ牙を見せ付けるように唇を左右に広げて嗤う。
彼はばさりと羽ばたき下がることで攻撃を躱し、メキメキと音を立てながら前腕から肘――果ては肩へと黒い鱗を生やした。
「気持ち悪ぃんだよお前ッ! 自分の鱗を生やしたり減らしたりすんじゃねぇよ!」
ガルムは挑発混じりに言って、下がる黒龍を追うために踏み出す。
体の右側で肘をしっかりと絞り切っ先を真っ直ぐに黒龍へと向けて巨剣を構えた疾走は、その厳つい見た目に反してなかなか速度がある。
「うおおおおおっ!」
「……来るがいい!」
突き出される刃と、それを打ち払う爪。
火花が散り離れたかと思えば再び肉迫するふたつの影。
ガルムからは巨剣であることを忘れるほど凄まじい速度で幾重にも剣戟が繰り出される。
しかしガルムにとって人型の魔物相手に――もとは龍だとしても――これほど苦戦したことはなかった。
黒龍が防戦に徹しているのは余裕がないからではない。
試されているのが、ガルムには反吐が出るほど忌々しい。
「おら、どうした!」
それでもガルムは焦りをひた隠し、巨剣を横薙ぎに――黒龍の左側からだ――振るう。
黒龍はその剣を胸元に引き寄せた左の前腕で受け止めると、にやりと口元を歪め、右腕を突き出した。
瞬間、ガルムは巨剣の柄を掴んだまま体をその右側に入れ替えて躱し――その足捌きたるや芸術的ですらある――一気に剣を斬り上げた。
黒龍の左前腕――その鱗が何枚か剥ぎ取られ、そのまま頭へと刃が唸る。
「ぬう!」
黒龍は左足を引き、畳んだ左腕を押し開くことでその巨剣を体から遠ざけたが、その胴体が曝け出されたのをガルムは見逃さなかった。
「おおおおっ!」
再び自分の体を巨剣の左側へと移動させながら、ガルムは右腕一本でその巨剣を支え左手で短剣を抜き放つ。
逆手に持ったその短剣は、黒龍の腹と胸の中間目掛けて閃光のごとく繰り出された。
「……ぐ!」
しかし。呻いたのはガルムだった。
黒龍の強靱な肉体に刃は確かに突き立っている。
しかし刃先だけ――致命的な傷を負わせるには到底いたらない。
突き込んでやろうと力を込める左腕がぶるぶると震えているが、黒龍も腹に力を込めて抗っていた。
そこで黒龍の右腕がガルムの左手首を掴んだので、ガルムは笑ってみせる。
「はっ、力比べと、いこうじゃねぇか……ッ」
「……クク、いいだろう!」
……そのとき、ひらりと影が舞った。
「!」
ガルムも黒龍もその瞬間まで彼の存在に気付けなかったのは、それだけ戦いに集中していたからか。
「やーっ、はァーッ!」
金色の髪をふわりと揺らし、ふたりのあいだに体を滑り込ませた彼の黒い双剣『メリディエースアゲル』がガルムの短剣を滑るようにして黒龍へと突き込まれる。
それは彼――レザの渾身の一撃。しかも完全なる不意を突いた、鮮やかな。
……黒龍は目を見開き、呻いた。
「ぐうっ……娘を置いてきたか……! く、クハハ、感じるぞ。奥で蹲る……我の血を!」
レザは至近距離から冷ややかな視線を黒龍へと浴びせる。
「あんたは女の子を助けた。やり方はともかくね。――だから『俺たち』が世界に還してあげるよ」
「……!」
見開かれる黒龍の金の双眸。
『俺たち』とは、すなわち――。
「うおおおおぉッ!」
黒龍の背後から、クロートが薄蒼く光る刀身を煌めかせた剣を振り下ろす。
硬い皮膜は本来なら剣戟などものともしないはずだった。
にもかかわらず、黒龍の翼はまるで溶けたバターのように斬り飛ばされ、その血を撒き散らす。
「……ッ!」
激痛なのだろう。
叫び声こそ上げなかったものの、黒龍はギリギリと牙が軋むほどに食い縛った。
血管が腕や額に浮き上がり、金の眼が血走る。
「……小者め、ここまでとは……! クク、クハハ……! ならば、これはどうだ!」
瞬間、黒龍が大きく口を開いた。
ガルムが動けたのはおそらく……長年培ってきた冒険者の勘のおかげだろう。
彼は右手の巨剣をかなぐり捨てると自分と黒龍のあいだに体を入れているレザの首根っこを掴み、思い切り引き倒した。
「ちょっ、おっさ――」
見開かれるレザの瞳に、黒龍の口から放たれた黒い光が映る。
ジュッ……!
次いで聞こえる、なにかが焼き切れたような音。
そしてレザの鼻を突く肉と血が焼ける臭い。
「……あ、ああぁッ! 父さん――――!」
クロートの絶叫がレザの耳を打ち、黒龍の口から放たれた『光線』がガルムの腹を穿ったと理解するよりも先。
レザを見下ろす金の双眸が獰猛な光を宿した。
再び開かれた口の奥、レザへと向けた次なる黒い光が収束し――。
「……グガッ……! が、ガハッ……⁉」
その喉を――――一陣の風のような光の矢が貫いた。
本日分です!
よろしくお願いします!




