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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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148/203

紅に濡れにけりて⑦

******


 それは永遠とも思える時間だった。


 ぽっ……と雫がひとつ、微かな……ほんの一撫でする風のような音を立て、硬く冷たい地面に落ちる。


「……」


 沈みかけた意識が浮上して、レザは唇を噛んだ。


 気絶できればどれだけ楽だろうか。


 ランプの灯りが揺らめく薄暗い部屋……手首を縛られて吊された彼の体から、またひとつ紅い雫が滴る。


 己の体重に耐えられるはずもなく、手首の皮はとうにめくれてしまっていた。


 靴を脱がされたレザの右足には金属の枷が嵌められ、吊されていても届く長い鎖の先は壁と繋がっている。


 酷い痛みに――しかし彼は泣くことさえなく、じっと堪えていた。


「泣いてもいいんですよ」


 吊される彼のすぐ下で、幼い少女の姿をした得体の知れない女が嗤う。


 そのなんと醜いことか――レザは嘲笑を浮かべ、もう何度繰り返されたのかわからないやり取りを続けた。


「あんたのために泣くつもりはないよ。女の子は、どこ――?」


「……またその話ですか? あの女、私の邪魔ばかり……このッ!」


 冴えた月の色をした髪を振り乱し、金色の眼を眇めた得体の知れない女――フィリムという名だったはずだ――は、レザの足にできたかさぶたに尖ったナイフを走らせる。


「……、……ッ」


 痛くないわけがない。苦しくないわけがない。


 それでも、レザは声を上げなかった。


 傷口から盛り上がる血がすぐに線を描き、傷だらけの足を伝って流れ落ちる。


 以前はレザの上半身に傷を刻んだが、いまは魔装具がある――そのためフィリムが選んだのは足だった。


 彼の速さに追い詰められたのもあり、動けなくすることも目的だろう。


 膝から下が露出するよう、裾はずたずたに斬り裂かれていた。


 ……どうやら拷問の時間は決まっているようで、ある程度の時間が経つとレザは床に下ろされ眠ることを許される。


 レザの体感では一日に一度――夜だけが地獄の時間だった。


「どうして泣かないのです? ねえ、ほら、痛むでしょう?」


 フィリムは不機嫌な顔で、次の傷を抉る。


「――ッ」


 レザは顔を歪めながら、痛みに震える唇で笑みを作った。


「さあね……。悪趣味なあんたには、絶対に、わからない……よッ!」 


「このッ!」


 思わずナイフを振り上げるが、フィリムはもうひとりのマナの生命体――兄と呼んでいたので兄妹なのだろう――から、レザを殺してはいけないときつく言われていた。


「泣きなさい!」


 なんとか思いとどまったフィリムは大声を上げながら、柄でレザの腹を思い切り突く。


「……ッ」


 ぎしぎしと縄が軋んで体が揺れるが、レザは女を冷たく見下すだけ。


 フィリムが男に逆らえないのをわかっているからこそ、彼はこうして挑発を続けているのだ。


 感情的になりやすいこの女がなにか情報を吐き出す――レザはそれを待っていた。


 そして目論見通りフィリムは激昂し……ついにレリルのことを吐き出した。


「――あの女は黒龍が躾をしています。あなたは、もうあの女と言葉を交わすことはできませんから。残念ですね」


 努めて冷静に言ったつもりなのだろうが女の顔は怒りに満ち、声は震えている。


「女の子は簡単には負けないと思うけどねー」


 レザはそう言い返し、心のなかでほっと安堵した。


 ――女の子は生きてる……よかった。


 状況がわからないため安心しきることはできないが……『ラーティティム』の拠点らしき場所に連れてこられてからレリルと引き離されてしまっていたレザにとって、それは朗報だ。


 そもそもレリルは黒龍に血を注がれてから昏々と眠り続けていたので、躾というからには目が覚めたのかもしれない。


 ――女の子が手荒な真似されてたら、この女は絶対に俺に話すはず。だからきっと女の子は大丈夫……。


 レザの体感では、ここに来てからすでに一週間だ。


 ずたずたの足は回復に時間が掛かりそうだが、いまのところ深い傷はなく動くことはできそうだった。


「そんなことより。あなたは毎日、毎日、毎日、血に濡れて生きるのです。すぐに泣き叫んで許しを請うでしょう」


 どうやら今日はここまでらしい。


 女はレザの手首を縛る縄――その先の滑車からさらに繋がった巻き取りの道具を操作してレザを落下させる。


 硬い床に叩き付けられ、レザは苦痛に顔を歪めた。


「うふふ……いい眺めです」


「……は。あんた本当に悪趣味だねー」


 転がったレザを見下ろし、女が言う。


 レザはそれでも笑みを絶やさず、くくっと喉を鳴らした。


「……黙りなさいッ」


 女はレザの手首――縄で縛られて酷い傷になっている箇所を踏み付け、踵を返して部屋を出ていく。


 ようやく――静けさが訪れる。レザにとってこれほど安心できる時間はない。


「はあ……痛て……好き勝手してくれるよね……」


 彼はぼやきながらなんとか体を起こし、ずりずりと壁際に寄って背中を預ける。


 部屋は明らかに人工的な造りで、石の壁で囲まれており、扉も付いていた。


 歩かされてきた道を考えるに、ここは迷宮の入口付近だろう。


 ――早く逃げないと……俺の足がどこまでもつかわからないや。そのためには女の子の居場所をもう少し絞りたい……な。


 次の夜までは時間がある。


 レザは少しでも回復に努めようと、細く息を吐き出しながら目を閉じた。



本日分です!

よろしくお願いします。

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