紅に濡れにけりて③
トゥエルベレス――十二の月はとうに終わりを告げており、一年の最後の月であるサーティネイズ――十三の月の半ばに差し掛かっている王都は『マナリムス』を祝う準備に忙しい。
『マナリムス』はレリルとレザの誕生日であり、一年で一番マナの祝福を受けられるという祝いの日である。
建物は勿論のこと、通りや街路樹などあちこちに色とりどりの玉――核を象っているらしい――を飾り、世界に見初められてマナの祝福を受けようと多くの民が華やかな衣装を纏うのがこの時期の通例だ。
けれどクロートはそんな華やかさを横目に、レリルとレザを捜していた。
――レリル、レザ……近くにいたりしないのか……?
村や町で馬を乗り換えながら、かなりの速さでここまで移動してきたにも関わらず……レリルやレザを見つけることはできなかったのだ。
……彼らが連れ去られた瞬間の記憶をなぞるたび、胸が痛くて潰れそうになる。
それでも諦めたりはしない。するはずがない。
なんでもないふうを装いながら、クロートはあまり眠れないほどに気持ちを張り詰めて過ごしていた。
……そんな息子に気付かないふりを続けながら、ガルムはいろいろと考えを巡らせている。
クランベルやハイアルムがローティの話をクロートに伝えたことは、正直なところ怒りを覚えないでもない。
クロートが一人前になるその日、ガルムから真実を話す……そう思っていままでやってきたのだから。
しかし、レザがローティの眠る【ルーデルメウスの迷宮】を守る血筋であることもガルムにはわかっている。
各地で『イミティオ』の噂が立っていること……大きく活動を始めた『ラーティティム』の状況を思えば、仕方のないことだろう。
ガルムは『アルテミ』と関わったときから、どこかでこうなることを感じていたのかもしれない。
これまでに彼は多くの『レイドボス』――『マナレイド』によってリスポーンした通常では生まれない魔物のことだ――や、強力な魔物を屠ってきたが……世界が回復するには至らなかったのだ。
ガルムは『ノーティティア』本部に到着すると、すぐに受付に告げた。
「いまからハイアルムとの時間を取りたいと伝えてくれ。いいな」
さすが一級の【迷宮宝箱設置人】である。
受付は後ろに控えていたアーケインのことも確認すると、目を丸くして何度も頷いた。
ガルムは大きく息を吸って大股で歩き出す。
「物語を読むまでもねぇ。アーケイン、『見せて』もらうぞ」
******
静寂が満ちた白い部屋の真ん中、ハイアルムは金の細工が施されたワインレッドのソファーに深々と体を預けながら待ち構えていた。
血相を変えた【監視人】が待ち望んでいた名を告げたので、彼女は安堵の吐息さえこぼしたほどだ。
「入るぞ」
そこに、彼女の待ち人が入ってくる。
「よくぞ戻った、【迷宮宝箱設置人】ガルム、アーケイン、そしてクロートよ」
今日は軽口を叩くつもりは一切ない。まだ幼い少女の容姿からは考えられないほどの威厳を纏い、ハイアルムは深々と頷いた。
すでに世界は牙を剥き、ハイアルムの宿敵ともいえる『ラーティティム』が動き出したこと……そして目の前にあるべき者の姿が足りないこと……すべては混沌の渦に呑み込まれようとしている。
ガルムとモウリスは並んでハイアルムの前まで進み、クロートはその一歩後ろに付いていく。
「まずは報告を受ける。クロート、こちらに来るがよい」
ハイアルムは立ち上がると金の眼を光らせ、有無を言わさぬ命令を口にした。
クロートは体の奥から滲む畏れに、それでも視線を下げることなく前に出る。
「……レリルとレザが……」
言いかけた彼を右手を突き出して遮り、ハイアルムはそのままクロートの額に手を伸ばした。
「言わずともよい。少し骨は折れるが『読む』からの。……さあ、ゆだねよ」
クロートはその言葉に、ごくりと息を呑む。
ぽう、と柔らかな緑色の光が彼を……そしてハイアルムを包んでいくのだ。
……クロートは言われたとおり身をゆだねると、目を閉じた。
――温かい。
「……うむ、やはり狙われていたのはレザのようだの……『ラーティティム』を率いているのは――なるほどの……それに、黒龍……」
ハイアルムは要所要所を言葉にしながら、やがてふうーと深く息を吐き出し、クロートの額から手を放す。
「――次はガルム、お主だ。こちらに」
「……」
ガルムは無言で歩み寄ると、ハイアルムの前にどすんと座る。
ハイアルムはクロートにしたように彼の額に手を当て、報告を――マナを読んでいるのだ――受けた。
「アーケイン、お主は見せたくなかろうの?」
「愚問だ」
「ならよい。……しかし、そうか……夢の如き場所……レリルがいれば、もう少し確実なことが言えよう」
彼女は血色のいい小振りの唇に左手の指の腹を当て、ぶつぶつとなにか呟くとすぐに顔を上げた。
「……アーケイン。カレンの綴ったお主の物語を望むか」
「…………」
「勿論だ!」
応えないモウリスの代わりに、クロートが言い放つ。
一瞬だけしかめっ面をしたが、モウリスは諦めたように――いや、期待するかのように――頷いた。
「よかろう。……では三人とも円になり手を出せ」
「手……?」
聞き返したクロートの左手をガルムが、右手をモウリスが握り、彼らの反対の手はそれぞれハイアルムの手を取る。
クロートはぎょっとして身を硬くしたが……途端に頭を殴られたような衝撃が走り、意識が飛ぶのを感じた。
次回は『カンナ』の話。
アーケインの物語です。
よろしくお願いします!




