己が意志ではあらざるや⑩
「――己の意志ではないのに、命を奪われる者がいるとして」
「……は?」
モウリスがゆっくりと口を開き、クロートは眉をひそめて問い返す。
「お前の【監視人】がそうなったら、お前は殺した相手を許せるか」
「!」
クロートはその言葉に心の底から腹が立って、右手の剣をびゅんと振り抜いた。
「……なに言ってるんだよ! 自分の意志じゃないなら、そんなの許すわけないだろ! あんたはレリルの意志を裏切るつもりなのかよ……!」
八つ当たりのように叫ぶクロートに、モウリスは応えない。
そこでガルムが鼻を鳴らした。
「――アーケイン。お前、『カレン』のことを引きずってやがるんだな」
「……カレン?」
聞き慣れない名前にクロートは肩を怒らせたまま呟いた。
ガルムは重苦しい口調で続ける。
「カレンは非マナの生命体――つまりはただの人間で、あいつと……ローティと同じ【監視人】のひとりだった。……でもな、殺されたんだよ――カレンが『マナの生命体』だと勘違いした馬鹿どもにな」
「え――殺され……た?」
掠れた声でクロートが聞き返すと、ガルムは唇を引き結んで頷いた。
「ローティが『マナの生命体』だってことを俺は隠そうとしていた――その矢先だ」
「……相変わらずお喋りなやつだな」
「ふん。挨拶もしねぇような木偶の坊とは違うんだよ。……結局ローティは世界の歯車となることを選び、俺はクロートを【迷宮宝箱設置人】にした……いつか話すことになる――それは決まってたんだからな。いいかアーケイン。カレンはな、ローティがマナの生命体だと知っていた。なのに、死ぬその瞬間までそれを明かさなかったんだよ! てめぇはカレンのなにを見ていた? 『ラーティティム』に組してなにしてやがった!」
明らかに怒っているガルムは鼻息荒くモウリスに詰め寄った。
ふたりは額が触れるほどの距離で、殺気にも似た気迫を滾らせて睨み合う。
「……カレンは死など望まなかった。それを無理矢理魔物に喰わせたやつらをどうして生かしておける? 人の業は深い――結果『イミティオ』と対峙し力なき者が喰われた――ただそれだけだろう? 望み通りマナを循環させるには必要だ」
「ふざけてんじゃねぇよ! 宝箱はそんなことのために置くもんじゃねぇだろう! 少なくともカレンは――『ラーティティム』に組するような馬鹿じゃねぇ……ローティを庇う覚悟があった! なのにてめぇは、カレンの意志を無駄にしたいのか⁉」
「なんと言われようとかまわん。力があれば『イミティオ』になど喰われるはずもない――己の弱さが原因だ。ローティも、マナに還る者が増えて世界が長らえれば喜ぶだろう」
ぴくり、と、ガルムの眉が跳ねる。握り締めた拳は怒りにぶるぶると震えていた。
けれど彼が口を開くより先に、クロートが笑うのが聞こえ、ガルムも、モウリスも、思わず訝しげな顔をする。
「ははっ、あははっ――『イミティオ』に冒険者を襲わせておいて、弱いから喰われても仕方ないって? そんなの母さんが喜ぶわけないだろ! 迷宮は甘くない――それくらい知ってる。そこで命を落とすこともあるだろうな。……それでも母さんは言ってたぞモウリス。俺とレリルとレザならできるって。世界はそんなことしなくても救えるんだ」
「ローティが言ってた――? お前、なに言ってやがる、クロート……」
モウリスは顔をしかめ、ガルムが困惑したように口にすると、クロートはふんと鼻を鳴らした。
「レリルが夢みたいな場所で母さんに会って……話したって言ってたんだ。俺はそれを信じる。……モウリス、俺は俺の大切な人を傷付けるやつを許さない。でもさ、そのときは俺の手で狩るよ。『イミティオ』なんかに頼るもんか! 最初に出会ったとき、あんたは俺とレリルの身を案じて帰れって言ったよな。誰かれかまわず喰わせてるんじゃくて、無法者を喰わせてる……そうなんだろ? なら『ラーティティム』のすることは、あんたの意志とは違う。むしろ、あんたの居場所は『アルテミ』だ。あんたはあんたの手でそうすればいい」
「……」
モウリスは黙ってクロートを見詰める。
クロートは真っ向から視線に視線を合わせ、不敵に笑った。
「みくびらないでほしいんだけど、レリルは死ぬってわかったら俺たち――世界に生きる誰かのために命を捧げる――そういうやつなんだ。カレンって人のことは知らないけど、母さんを守ってくれたんだろ。それなら俺はそのカレンって人のためにも、マナの生命体も非マナの生命体も生きられる世界を望む。――いまのあんたこそ人の業そのものなんじゃないか? ……それじゃ報われないよ、カレンって人は」
ガルムはこのとき、目の前の己の子――そう、まだ子供だと思っていた少年がここまで大人びたことを言ったのに驚いていた。
世界が牙を剥いたその日から数カ月、クロートはどれほどのことを経験してきたのだろう、と。
戦う強さではなく、心の強さ……それは簡単に身に付くものではい。
ガルムはクロートにローティの姿を重ね、込み上げてくる思いを呑み込んだ。
「……なあモウリス。あんたは一回『ノーティティア』に行くべきだと思うよ。カレンって人が【監視人】なら、そこにあんたの物語があるはずだろ? 俺たちは【迷宮宝箱設置人】なんだから。――俺が読んだ物語のアーケインは、もっと熱いやつだったぞ」
「……」
モウリスはなおもクロートを見ていたが、やがて武器を収めくるりと背を向ける。
クロートは続けて口にした。
「あんたがどこに行こうとかまわないけど――レリルとレザの居場所は置いていって。俺はふたりを追わなくちゃならないんだ」
「『ラーティティム』の本拠地は【カンバル迷宮】だ。――ここからなら王都も通る」
「!」
クロートとガルムはその言葉に顔を見合わせる。彼の言い方は、まるで……ともに行くと言っているかのようだ。
「アーケイン、お前……」
ガルムが低く呟くのを無視して、モウリスはさっさと歩き出す。
「……そこまで言うのならカレンの気持ちを確かめてやろう。ただし、そこで満足いく答えがないとしたら俺の行く道は『滅び』だ。次はない」
クロートはモウリスから見えないとわかっていても、しっかりと頷きを返した。
――きっとあるよ、モウリス。納得のいく答えが、そこに。
心のなかで呟いて……クロートはモウリスのあとに続くのだった。
本日分です!
よろしくお願いします!




