己が意志ではあらざるや④
「行くぞッ!」
クロートの合図で、三人は駆け出した。
レザが右の壁際を、クロートとレリルが左の壁際をなぞるようにして黒い河へと突っ込んでいく。
彼らを捕らえようと触手を激しくうねらせ、その牙で噛み砕こうと蓋を大きく開けた『イミティオ』たちが襲い掛かる。
「たああぁっ!」
行く手を阻む触手を斬り、クロートは目の前に立ち塞がっている宝箱の上から剣を叩きつけた。
「レリル跳べ!」
言うが早いが彼はそのまま右足で踏み切ると、『イミティオ』の蓋を無理矢理踏み台にして向こう側へと抜ける。
「えぇっ⁉ ……ッ!」
レリルは目を瞠ったが、速度を緩めることなくクロートに続く。
踏み付けた『イミティオ』は硬いようでどこか弾力がある感触をしており、レリルは気持ち悪くて思わず顔をしかめた。
「やっはァッ!」
そんな彼らを横目に、レザは身を低くして壁際ぎりぎりを抜けていく。
体の左側と前面に構えた双剣が次々と『イミティオ』の触手や表面を傷付ける。
腰に下げたルクスがレザの動きに合わせて揺れ、影が迷宮内に躍った。
しかし次の瞬間、正面からレザへと触手が迫る!
「……ッ」
彼は壁を蹴って身を捻り三角跳びの要領で躱したが、狼々族のカルマと戦ったときにできた頬の傷をなぞるように黒い触手が掠めていく。
反射的に仰け反りそうになる痛みと震え上がるほど悍ましい過去の記憶がレザの心を焼いたが――瞳から光は失われなかった。
「やーっ、はァ――ッ!」
気合一閃。
真上から全力で振り下ろされた双剣が、『イミティオ』を蓋ごとひしゃげさせる。
「レザ!」
レリルの声に、核になった『イミティオ』には目もくれずレザは再び走り出した。
「大丈夫だよ女の子!」
彼らは自分より少し前を走っているようだ。レザはすぐに横並びの位置まで加速すると、立ちはだかる一体へと双剣を閃かせる。
「うおおぉっ!」
クロートも同じく壁際にいる二体へと長剣を振り上げた。
その瞬間に壁とクロートの間を光の尾を引いた矢が突き抜け、先に『イミティオ』の体勢を崩す。
じゅるじゅると気持ちの悪い音を立てて触手を蠢かせる黒い宝箱は、突き刺さる矢を引き抜こうとしたところをクロートの剣で薙ぎ払われて吹っ飛ばされる。
「走れレリル!」
「うんっ……!」
レリルは喘ぐように空気を吸って懸命に腕を振り、足を前へ前へと動かす。
ここを駆け抜ければ、そこは三叉路だ。
「――レザッ!」
「こっちも大丈夫っ……行こう!」
クロートの声に、レザが向こう側で応える。
三人は黒い河を抜け、三叉路の真ん中――第二層へと続く細い道を一気に駆け抜けた。
******
「はあっ、はぁ、は……ふ……」
「は……はー、はぁ、はぁ……」
クロートとレリルは膝に手を突いて、呻いた。
「ふぅ、は……あー、疲れたー!」
ひとり、レザは硬い床にごろんと転がって声を上げる。
三人はとにかく走れるだけ走った。
いまは『甘ったるい臭い』はなく、クロートには迷宮の静寂が心地よくさえ感じられる。
広い部屋だがルクスの灯りのおかげで見通しもよく、危険があればすぐに反応できるだろう。
クロートは上半身を起こすと、滲んだ額の汗を拭った。
「抜けた……な。はぁ、はあー……」
喉が灼けそうだったので、彼は水筒代わりの革袋から水を口に含む。
ごくんと喉が上下するたび生き返ったような気持ちに――死んではいないが――なった。
「抜けたねー……」
レザがひっくり返ったまま応えて、へらっと笑う。
「あー、こんな走ったのどれくらいぶりだろー」
「はぁ、はぁ、うぅ。……はぁ、はー……」
レリルだけは言葉を発する余裕がなく、肩を大きく上下させながら呼吸を整えようとしていた。
――クロートもレザも、どうしてそんなに余裕があるのかなぁ。
自分も体力はあるほうだとレリルは思うが、ふたりには遠く及ばない自分が恨めしくもある。
……彼女は必死に深呼吸を繰り返し、やがて顔を上げた。
すると、すぐそばにいたクロートと目が合う。……いつの間に立ち上がったのかレザもいたので、なんとなくむず痒い。
「落ち着いたか? レリル」
「いっぱい走ったもんねー」
「う、うん……ごめんね、もう平気」
「よし。水飲んだらすぐ出発しよう。『イミティオ』に追い付かれる前に【ルーデルメウスの迷宮】から出たいし……敵もどこにいるかわからないからな」
クロートはそう言うと、収めていた剣を再び抜き放った。
第二層までは、まだかなりの距離がある。
勿論どこかで休む必要もあるが、いまではないのは確かだ。
「『イミティオ』からも離れたいし、第二層までは移動しちゃいたいね」
レリルはそう言って水を少しだけ口にした。
「そうだね、ちょっと骨は折れそうだけどー。こっからは警戒ももっと強めないとだしー」
応えながら、レザも剣を抜く。
「魔物が『リスポーン』する可能性もあるからな……また変異種が出ないうちに抜けよう」
クロートの言葉に頷いて、三人は歩き出す。
まだまだ、先は長かった。
23日分です。
短編小説を別途投稿しているのでよかったらどうぞ。
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