誰がための剣なりや⑥
そのとき、眠っていると思っていたレリルが小さくこぼす。
「……もっと怒られるべきだよ、レザは。言ってたよね、あとでたくさん怒られてあげるーって……」
「お、女の子……」
……どうやら、レザの期待していた助け船は出航しないようだ。
困った顔でレリルを見たレザは、顔を埋めたままのクロートに、眉間に皺を寄せながらさらに眉尻を下げる。
レリルは傷を庇いながらゆっくりと体を起こし、続けた。
「クロート――ごめんね。私、盾でなんとかできると思って――そしたら爪で弾かれちゃったんだ。でも、私だって一緒に戦ってる。一緒に生きようと思ってる。だから私の行動は間違ってないって言い切るよ」
「……」
クロートは応えなかったが、ぐすりと鼻をすする音がした。
レリルはそれを確認するとレザに向き直る。
「――レザ。あの狼々族に『刺し違えても、あんたを狩るー』って言ってたよね。でも結局、私たちを守ったのは白磁の像……ローティさんの核だった」
ローティの核――その単語にクロートが一瞬息を止めたのがわかって、レリルは少しだけ間を置いた。
本当は順を追って説明すべきなのだろうが、レザには早めに言わないとならない――クロートの涙に困惑する彼の奥深くに、いまなら届く――彼女はそんな気がしたのだ。
「……もし、ローティさんの助けがなかったら……? そう思うと、私は恐いよ。レザ」
レザはそこで初めて諦めたように苦笑した。そんなことを言われては反論できるわけがない。
レザを思う純粋な気持ちがあるからこそ、クロートは感情を乱した……勿論レリルも。そう言いたいのだろうと思い当たったからだ。
「あの狼々族、『一緒に来ないか』ってレザを誘ったよね――だけどレザは『前の俺だったらそうしてたかも。でもいまは案外、この場所が気に入ってる』って言ってくれたから……それは嬉しかったんだ」
彼女の紡ぐ台詞はわざわざ繰り返されると恥ずかしいレザの本心だ。そしてそれは、身を挺す覚悟から発せられたものである。
それをわかったうえで、レリルはぎゅっと唇を結び一度瞼を閉じてから、黄みがかった新芽のような翠の目をレザへと向けた。
「ねぇ、レザ? クロートや私がどんなに心配すると思う?」
「う……」
ずばり問われて、レザは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「私だってクロートだって一緒に戦いたかったんだよ。私はその……自爆って感じなんだけど……。でもレザは刺し違えるつもりでいたんでしょ? そんなの絶対許さない。絶対なんだからね!」
「……で、でもさー……」
「反論は認めません! ねえクロート。なにか言ってやったら? 怒ってるんでしょう?」
レザにぴしゃりと言葉を叩きつけてから、レリルはクロートの額をピンと指で弾いた。
「いてっ……お、俺……?」
クロートが、ぐず、と鼻を鳴らして思わず顔を上げる。
涙の滲む瞳に、赤く腫れた瞼。ぐしゃぐしゃな顔をしたまま、クロートは額を押さえた。
「……」
レリルは黙ったままクロートに向けて微笑む。
大丈夫、言っていいんだよ、と……背中を押された気がして、クロートは身動いだ。
彼女の言葉を聞いているうちにクロートの感情は少しずつ制御下に戻ってきていたのだが、最後の一撃――でこぴんで、はっきりと冷静になれたらしい。
クロートは頷くとレザに向き直った。
「――レザ」
「あー、もうー。ちょっと待って――はっきり言う。ふたりを気にしながら戦うのは難しいって思ったんだよー。刺し違えればなんとかなるかなーって、本当にそう思ったんだ、俺ー」
「……」
クロートは難しい顔をして告げるレザを、黙って見つめた。
命を賭して、なんとかしようとした――それは、クロートにだってわかる。
あの狼々族は完全な悪だ。人を殺すことを楽しんでいた。
……でも。だからこそ。
「ふざけるなよ、レザ」
クロートは再びめらめらと燃え上がった怒りに、レザをきつく睨んだ。
「俺はお前を信じて戦ってた。でもお前はそうじゃなかったんだ。よくわかった」
「な、なんでそうなるのさー……」
「一緒に戦えばなんとかなる……俺はそう思ったんだ。でも、一緒にいてもお前には負担でしかないってことだろ」
「なんだよそれ……めんどくさいなー」
レザはむっとして口を尖らせる。守りたかっただけなのに、そんな言い方はないだろうと思った。
「じゃあ次になにかあって俺がそうしたら、お前は怒らないのかよ」
クロートは坦々と続けたが、怒鳴るわけではないのにその怒りが端々から染み出している。
レザは言葉に詰まって黙り込んだ。
すると、クロートは突然右手を差し出す。
「――なあレザ、ちょっとその剣貸して」
「……は、はあ?」
「貸して」
訳がわからずこぼしたレザだが、クロートの剣幕がすごい。
レザは本気で面倒臭く――彼らをここまで怒らせた自分にだ――なって、剣を一本差し出す。
クロートは黙ってそれを受取り――突然。
「……ッ」
腹に力を入れ、右手で左腕に刃先を滑らせた。
「な、なにやってんのさ!」
こぼれる赤い液体が、その腕を流れて硬い地面に滴る。
レザはクロートから剣を奪い取り、傷付いた左腕の傷口を押さえた。
それでも――指の間から温かいものがどんどん零れていく。
焦ったレザは、ものすごい剣幕で動かないレリルに向かって声を上げる。
「女の子、治療薬! 早くッ!」
「……」
しかしレリルは、無言だった。
クロートがどうしてそうしたのか、彼女にはよくわかっていたからだ。
本当は、すぐ手当てをしたい――けれど、それではクロートの気持ちを台無しにしてしまう。
「『レリル』! なにしてるのさ! 早く――!」
「……ほら、怒るだろ……」
クロートは語気を荒げるレザを見て、痛みに頬を引き攣らせながら、笑った。
「……え?」
「レザ。お前がしたの、もっと酷いことだぞ。こんな傷くらいじゃ、比べものにならないんだからな。俺もレリルも、誰の命も諦めない――。守るってのは、そういう意味だと思うんだ……忘れないで」
「……ッ」
レザは息を呑む。
そんなことを言うためにこんな馬鹿なことをするクロートも、それをわかって黙っているレリルも、レザには信じられなかった――いや、違う。
そういう馬鹿なのだ、彼らは……。レザはそれを、甘く見ていただけ。
彼らはレザと一緒に来ると決め、覚悟してきた。
覚悟ができていなかったのは……レザだけなのだ。
守る代わりに死ぬという選択を彼らはしない――最後までともに戦う、生き抜く、そういう覚悟。
胸を打つこの熱いものがなんなのかレザにはわからなかったが、それでも、自分が馬鹿だったことはわかる。
「……、……。ご、ごめん……ごめん! わかったから、もうしないから! だから早く手当てしてよ! 馬鹿でしょあんた……本当にさー!」
レザが叫ぶと、クロートは腹を抱えて笑い出した。
「ははっ、すごい顔してるぞ、お前ー! はは、は……いって! あー、痛い……! レリル、手当て頼むー……痛ッ!」
「痛ッ!」
レリルはクロートとレザの額に思いっ切りでこぴんを打ち込んでから、マナ治療薬を取り出した。
「男の子って、馬鹿だよね!」
昨日更新できてなかったので!
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