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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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129/203

誰がための剣なりや⑤

「――死ぬのと、捕まるの。選ばせてあげるよ」


 レザは転げて膝を突いたカルマの喉に右の剣をぴたりと当て、告げる。


 右腕を失ったカルマは、左腕で傷口のあたりを押さえながら目を血走らせて唸った。


「許さねェ、許さねェからなァッ――腕を、俺の腕――!」


 激痛は彼を怒らせ、震わせ、想像を絶する怨嗟を生み出していく。


 カルマは牙を剥いて耳を後ろに伏せ、激しく威嚇した。


「殺してやる、殺してやる、殺してやるよォッ!」


「あんたは、もう終わりだよ。片腕じゃ俺には勝てないしー」


 レザは憐れなカルマを見下ろして冷ややかに言い切ると、左手の剣を構える。


 カルマはそれを見るとギッと歯を軋ませるほどに噛み締めた。


「俺がやられるなんてことはねェんだよ……キシ、キシシッ……そう、そうだ、核は砕いてやった、それで終いなんだ……」 


 傷口から溢れる血がカルマの黒装束を伝い、てらてらと光る。


「――お前、レザとかいったなァ」


「なんだ、興味あるのー? 俺に狩られたこと、自慢してもいいよ」


 ゆっくりと立ち上がるカルマに剣を突き付けたまま、レザは目を細める。


 カルマの喉を、胸を、いつでも穿つことができるよう気は抜かない。


「覚えたぞ。邪魔がなければ、俺はお前を殺してたんだ――キシッ……片腕だろうが構わねェ――次は、殺すッ!」


「!」


 瞬間、カルマは残った左腕に装置された爪を、ビュッと振り抜いて『飛ばした』。


 レザにではなく、倒れ伏すクロートへ向けて、だ。


 幸いなことに爪はクロートの足下で跳ね、ガラガラと音を響かせて転がったが、咄嗟に目で追ったレザがしまったと思う間もなく、カルマは大きく飛び退いて通路へと向かう。


「必ず殺してやるからなァ! ……キシシッ……」


「――ッ……」


 レザは咄嗟に双剣を投げようとして――やめた。


 できるかぎり命を奪わない――そう約束したことが、彼を押し止めたのだ。


 どのみち、あの怪我では治るまで満足に生きることもできまい。片腕ではレザの相手にもならないだろう。


 血をこぼしながら闇に消えていくカルマを見送りその気配も感じなくなると、レザは双剣を収め、まずレリルにマナ治療薬を使う。


「うぅ……レザ……」


 レリルの革鎧は裂けていたが、皮膚はそこまで深くやられたわけではない。


 動けない程度には酷い傷だとわかっていたが、レザが治療よりもカルマとの一騎討ちを優先させたのは正しい判断だった。


「――お待たせ、女の子。もう平気だよー」


「……うん……」


 レリルは激痛に脂汗を滲ませながら頷いてみせる。


 意識を手放していなかった彼女は、なにがあったか全部わかっているはずだ。


 レザは手当てのために彼女の革鎧を手際よく外すと、マナ治療薬を振りかけた傷口に布を当て、包帯をしっかりと巻き付けた。


 呻きながら手当てを受けていたレリルは、治療を終えて立ち上がろうとしたレザに手を伸ばす。


「レザ――」


「……あいつ運んで一緒にいるから、大丈夫だよー。いまは休んで。あとでたくさん怒られてあげるからー」


 レリルはそれを聞いて安心したように息を吐き出すと、目を閉じた。


 レザは彼女が下ろしかけた手を、そっと握る。温もりが手のひらを伝わって、冷えた指先に血が巡っていく。


「――生きててよかったって、思うよ。俺――」


******


「……レリルッ、レザッ!」


「痛ッ! なんだよーうるさいなー」


 クロートは叫んだ自分の声にびくりと肩を跳ねさせ、目覚めた。


 どうやらクロートに寄り掛かって寝こけていたらしいレザが、不満の声を上げたのが聞こえる。


 ……酷い夢を見ていた。レリルがクロートを守って倒れたうえに、レザもクロートを庇うため彼の意識を奪う――そんな夢だ。


「…………」


 クロートはランプの揺らめきが照らすレザと、すぐそばで横たわり寝息を立てているレリルをぼうっと眺めたあとで、自分が壁に寄り掛かっていたこと――そんな覚えはない――に気付き、大欠伸をしているレザが自分にしたことは夢ではなかったと思い出す。


 その証拠にレザの頬には傷が走り……擦ったのか血で汚れていたし、レリルの腹部には包帯が巻かれていた。


 自分がそのあいだ間抜けにも転がっていたと思うと――胸が潰れそうなほど苦しくなって、クロートは咄嗟に動く。


「……っ、レザ! お前……ッ」


 彼は左手でレザのその胸倉を――そんなことをしたのは初めてだった――ぐいと掴み上げ、ぶん殴ってやろうと右腕を振りかぶる。


 レザは黙って、クロートとよく似た翠色をした猫のような目を、彼に真っ直ぐ向けた。


 殴られても仕方ないことをした――いや、殴られるべきなのだ。そう考えるがゆえの行動だった。


 クロートの意識を奪ったくせに、クロートが守ろうとしていた大切な核は砕かれてしまったのだから。


 しかし。


「お前……ッ、なんで……なんでだよ……」


 クロートは拳を自分の顔の横で握り締めたまま、震える声を絞り出す。


 彼の瞳に涙が盛り上がるのを見て、レザは目を見開いた。


「そんな――そんなに、俺、頼りないのかよ……ッ? こんなのあんまりだろ! 俺だけ――俺だけが――」


 ――ふたりに守られて。俺だけが、なにも……できなかった。


 クロートの瞳からあふれ出した涙が頬を転げ落ち、レザを掴む左手の上で跳ねる。


 嗚咽を漏らし歯を食い縛るクロートに、レザは困惑を隠せなかった。


 彼の反応が、予想外だったのだ。


「ちょ、ちょっとさあ! な、なにも泣くことないじゃんかー!」


 クロートは答えずにレザを掴む左手を解くと、壁に寄り掛かって膝を立て、顔を埋めた。


 ――情けない。不甲斐ない。格好悪い。つらい。苦しい。


 渦巻く感情は制御不能で、あふれる涙はどこから出てくるのかと驚くほどに止めどない。


「ね、ねぇってばー。なんとか言ったらどうなのさー?」


 レザの発する軽い口調の言葉が感情をさらにかき乱し、クロートはすべてを拒否するようにぶんぶんと首を振る。


 子供じみた行動だとわかっているはずだが、彼はどこかに消えてしまいたいほどに苦しかったのだろう。


 自分だって戦える。その自信が、揺らいで、崩れ、消えてしまったのだから――。


 レザは為す術もなく、おろおろと視線を泳がせた。

 


フロンターレが勝ってほっくほくです。

がんばります!

よろしくお願いします。

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