其は夢の如き④
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「……ここが俺の家――だったところだよー」
ひとつひとつの家は離れた距離にあったらしく、レザが幼い頃はひとりで隣の家に行くことはなかったそうだ。
レザが立ち止まったのは、しばらく歩いた先だった。
その場所もほかの家と同じ。土台だったのであろう石積みが乾いた土に半ば埋もれている。
「こっちー」
しかし枯れた草がぽつぽつと生えているのを踏み締めて、レザは迷わず歩みを進めた。
「お前、入口の場所、分かるのか?」
クロートが聞くと、レザは肩越しにちらと視線を送り頷いてみせる。
「入口があったなら爺ちゃんの部屋だろうからねー。たぶんこのあたり……」
――ハイアルムはレザが守人の長の子だって言ってたけど……でかい家だったんだな……。
レザがかなり奥へと進んだのを眺めながら、クロートはそう考えてあとを追う。
レリルもきょろきょろとあたりを窺いながら――警戒しているつもりだろう――付いてくる。
そこでクロートはふと、しゃがみ込んで足下を確認した。
「……足跡がある」
勿論、レザのものではない。
よく見れば靴が枯れた地面を薄く削った跡が散見され、複数人がここへやってきたことを示していた。
「誰かいる……ってこと?」
レリルがクロートの後ろから覗き込んで聞くと、先にいるレザが「大丈夫ー」と応える。
クロートも呼応するように頷いて、不安そうなレリルに向かって笑みを浮かべた。
「そんな新しいものじゃないみたいだ」
「そっか……じゃあハイアルム様の話してたとおり、もういないのかな……ねえ、もしかしたら――」
言いかけた言葉を、レリルはごくりと喉を鳴らして呑み込んだ。
続けたい言葉は『もしかしたら、ローティさんの核は大丈夫かもしれない』だろう。クロートは苦笑して立ち上がる。
レリルはどこまでも優しい。……きっとクロートの母親の核があるなら、それをクロートにと……そう思っているのだ。
「あったよー」
そこでレザが難なく【ルーデルメウスの迷宮】への入口を見つけた。
地面にぴったりと嵌まり込んだ蓋に乾いた土が盛られて隠されていたようだ。
早速手を掛けるレザに、クロートは慌てて駆け寄った。
「お、おい、レザ! いきなり開けたら危ないかもしれないだろ!」
しかしレザは聞く耳を持たず、ズゴッと蓋を持ち上げてずらし始める。
「大丈夫だって。あんたは自分の心配したほうがいいんじゃないー?」
「う。……悪かったよ、気を付けるから」
仕方なくクロートがこぼすと、後ろでレリルが笑う。
「……笑うなよな。自分でもなんか変だってわかってる」
「あっ、ごめんごめん。ふふ」
「……」
クロートは口を尖らせ、ふんと鼻を鳴らす。
「よいしょっ……と。開いたよー」
そこでレザが蓋をずらし終え、三人は人ひとり通るのがぎりぎりの入口から地下へと伸びる梯子を覗き込んだ。
ぱらぱらと小石や土が零れ落ちていくが、底に当たったような音は聞こえない。
「……わかってはいたけど、暗いね……」
レリルがぽつんとこぼす。
そこでレザがへらっと笑った。
「俺が先に行くよ。女の子は次ねー」
言うが早いが腰にぶら下げたルクスを灯すと、彼はひらりと梯子へ身を躍らせた。
レザが少し降りるのを待ちながら、レリルはクロートに視線を移す。
悩める少年は唇を引き結んで難しい顔をしていたが、レリルが見ているのに気付くと「大丈夫だよ」と囁いた。
――心配かけてる場合じゃないよな。中には『イミティオ』だっているんだから……。
クロートは腹に力を入れると腰の長剣に触れた。
――父さんは、どんな気持ちだったんだろう。
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「命を捧げたって……」
自分の声が思いのほか掠れていたので、クロートは言葉を切って唾液を呑み込んだ。
クランベルは悲しそうな顔をしながらも、そんなクロートへと歩み寄り右肩に手を掛ける。
「【ルーデルメウスの迷宮】には、ハイアルム様たちの種族が作った墓所がある。その棺に核を納めることで、その核は世界のマナを循環させる歯車となるの」
「……マナを循環させる歯車……?」
反芻したクロートの後ろから、今度はハイアルムが言った。
「通常、核は迷宮内に放っておけばマナになる……しかし、妾たちの生み出した棺は、マナの量を調整しながら世界へと還るように作られたものなのだ。……そして『イミティオ』を設置する組織は、それを快く思ってはおらぬ」
非マナの生命体と共存することを拒んだ者たちの組織は、共存を選んだ同族が歯車として世界のマナを循環させるのを嫌う。
しかし、なによりも一番、その核を非マナの生命体に奪われることをよしとしないのだ――と、ハイアルムは続けた。
そのあとを継ぐように、クランベルはクロートの肩から手を放して口を開く。
「ローティはね、あなたを産んで一年後――世界の異変を感じ取り自らを捧げる決意をした。……勿論、ガルムとは大喧嘩になったわ」
言い募るクランベル。……それを聞いたレリルは、胸が締め付けられる思いだった。
――捧げた。自分の命を。
それは、レリルが辿るかもしれなかった道なのだ。
――でも、きっと……クロートを、ガルムさんを、本当に大切に思っていたからこその選択だったんだ。本当はともに生きたかった……絶対にそう。
知らず胸元の『白薔薇の核』に触れ、レリルは小さく息を吐く。
クランベルは彼らの動きをつぶさに見守りながら続けた。
「世界は一度、牙を剥きかけたみたいなの。それをローティは感じることができた。……だから彼女はガルムを口でねじ伏せたわ。そしてクロート。あなたをガルムに託して【ルーデルメウスの迷宮】へ赴いた。そのあとよ、【ルーデルメウス迷宮】の入口が崩れたのは。だから私はこう思ってる。レザ、あなたの家族はローティの核を守るために迷宮を埋めたんだって」
「……」
レザは黙って目を閉じる。
一瞬の静寂が、すべてを包み込んだ。
暗く重い空気がのし掛かってくるようで俯いたクロートは、やがて肩の力を――いつの間にか、かなり力んでいたようだ――抜いて顔を上げた。
「ハイアルム。【ルーデルメウスの迷宮】は、俺たちが――」
ハイアルムはその言葉にふ、と笑みを浮かべると、待っていたかのように澄んだ声で即座に命令を下した。
「……【迷宮宝箱設置人】クロート、レザ。そして【監視人】レリルよ。【ルーデルメウスの迷宮】へ赴き、『イミティオ』を討伐せよ。迷宮内の調査および宝箱設置も忘れるでないぞ。……クランベル、組織の情報はお前から渡しておくがよい」
昨日投稿できてなかったので!
よろしくお願いします。




