命はかくありき⑨
謹慎となってから丸十四日が過ぎ、レリルは世話になった部屋を綺麗に片付けて荷物をまとめ終え、ベッドに腰掛けていた。
まだ昼前だが、もうすぐクロートとレザ、そしてクランベルがレリルを迎えに来てくれるはずだ。
クランベルが『ノーティティア』に帰ってきてからは彼女がふたりの様子をレリルに報せてくれたので、地図を探していた事情や、それがレザの故郷であることも知っている。
そんなに久しぶりではないけれど話したいことがたくさんあって、レリルはいまかいまかと胸を躍らせていた。
ふたりに会えるのが楽しみで、昨日からずっと、まずなにを話そうかとあれこれ考えていたほどである。
そこにノックが聞こえ、レリルは花が咲いたように顔を綻ばせると意気揚々と扉を開けた。
すると……部屋の前でピンク髪のエルフがひとり、申し訳なさそうに苦笑を浮かべている。
「クランベルさん、おはようございます! えっと……?」
きょろきょろとあたりを窺うレリルにクランベルは首をすくめる。
レリルが誰を探しているのかなんて、明白だったからだ。
「あー、あのね。ふたりは先にハイアルム様のところで待っているそうよ。報告の列ができているから並んでおくって――だからレリル、ここにハイアルム様の命により、私があなたの謹慎を解くわ」
「ハイアルム様のところに? ……そっか。地図を見つけたって報告、していなかったんですよね?」
クランベルが頷くと、レリルは納得したのかさっさと荷物を持った。
「それなら、すぐ行きます! クランベルさん、ありがとう!」
慌ただしく駆けていく少女に、クランベルはふうと息を吐く。
そして、少し前の出来事を思い返した。
報告の列に気付いたレザが「自分が並んでおく」と提案したのに、クロートが一緒に待つと言って聞かなかったのだ。
――レザをひとりにしておきたくなかったんだわ。……でも、レザはどうかしら……。
なんだかぎくしゃくしているクロートとレザの関係についてレリルには話していないが……なんとかできるのは、彼女しかいないだろう。
クランベルはそう思って小さくため息をこぼした。
******
「クロート、レザ!」
ハイアルムとの謁見のため廊下で順番を待ちながら無言で立っていたクロートとレザは、ほとんど同時に振り返った。
待っているのは数組だけで、その向こうから走ってくるのは蜂蜜色の髪を頭の後ろ……高い位置で結んだ女の子である。
見るかぎり、彼女は装備も万端だ。
胸元で跳ねているのは白薔薇の核を用いた二本のペンダント。
クロートの黒い革鎧と対のような白い鞣し革の鎧に、深い緑色をした腰巻きのような布が腹の真ん中できっちり留められていて、その先は体の後ろ側で二本に分かれている。
下半身はその腰巻きの下、膝上のスカートの裾から黒いタイツが覗き、あとは膝丈のブーツだった。
……二週間ぶりに会うものの、花がほころんだような笑顔にクロートはほっと息をつく。
「女の子、おはようー!」
そこでレザが手を振り、クロートは少しだけ身動いだ。
地図を見つけてから、どうもクロートとレザの会話はうまくいっていない。
ひとりで考えに耽っているかと思えば突然鋭い空気を纏うこともあるレザに、クロートはどうしていいかわからなかったのである。
レリルはふたりのそばまで来ると、えへへと笑った。
「ふたりとも元気だった?」
「元気だったけど、地下室はもう行きたくないねー」
へらっと笑うレザに、いつものクロートなら「お前はごろごろしてただろ!」と文句を言ったかもしれない。
でも、それができず……クロートはやはり黙ったままで曖昧な苦笑いを浮かべただけ。
レリルは一瞬だけ違和感を感じたが、すぐにクロートに話しかけた。
「クロートはどうだった?」
「えっ、あー、うん。元気」
煮え切らない返事に、レリルはますます違和感を覚えつつ続ける。
「地図、見つけたんだよね。クランベルさんからいろいろ教えてもらったよ。……レザの故郷だってことも聞いてる。過去のことも」
途端、レザがすっと目を細めた。
空気が棘のあるものに変わり、冷たい光が瞳に満ちる。
「――レザ……」
クロートが思わずなにか言おうとした瞬間、レリルは突然、レザの頬を左右から引っ張った。
「ふぁへっ?」
予想外だったのだろう。
妙な声を洩らして、レザが目を丸くする。
しかしレリルはようやく合点がいったところだった。
――なるほどね。なんだか変だなと思ったら、レザのこの雰囲気が原因なんだ。
彼女は心のなかだけで頷くと、そのままさらりと口にした。
「もう、レザ……とげとげしてるよ? わかってる?」
「……⁉」
クロートはぽかんと口を開けて、それを眺めるしかできない。
……なんと簡単に言ってのけるのかと、信じられない思いだった。
「ふぉ、ふぉんなこと、いっへも……」
レザは頬を引っ張られたまま困惑したように眉尻を下げるが、レリルは容赦なくその頬をむにむにと動かす。
「レザ。私は【監視人】だから【迷宮宝箱設置人】と一緒に仕事するの。あなたが行くなら、一緒に行くよ。私も、クロートも。食い付いてだって!」
「ぶっ、ぶはっ」
クロートはそこで盛大に吹き出してしまった。
……どこかで聞いたことのある台詞だったからだ。
レザの目が驚きに大きく見開かれると、レリルはクロートに向かって唇を尖らせる。
「ちょっと、クロート。失礼じゃない?」
「い、いや……悪い……」
はたから聞くとここまで恥ずかしい言葉なのかと思いながら慌てて首を振ったクロートに、レリルは「よろしい」と一言。
すぐにレザに向き直る。
「……えっとねレザ。私はレザが復讐したいんだっていう、その気持ちを慮ることはできる。だけど、本当はそんなことしないでほしいとも思う。私は世界をなんとかして……一緒に楽しく過ごしたい――それだけ。だから提案しようと思ったの。私とクロートのために『殺さない狩り』をしない?」
「……はへ?」
レザが間抜けな声を上げた。
「向こうが牙を剥くなら迎撃する。どうしようもなかったときは……ふたりが私を助けてくれたのと同じだから、否定はしない。でも、そうなったら今度は私がふたりを守る」
「……」
レリルはどこまでも真っ直ぐだった。
クロートが踏み留まったその境界線――レザの間合いを、簡単に……けれど思いっ切り踏み破る。
呆然としていたレザは、はっとするとレリルの両手を掴んで頬から外し、困ったように微笑んだ。
「女の子……俺は、あいつらを許すつもりは……」
「なに言ってるの? 許さないに決まってるよレザ! レザをこんなに苦しめる人を、私は許さない」
「……えぇ?」
レザはますます混乱するが、レリルはまったく止まる気配がない。
ずいと身を乗り出して、レザを下から真っ直ぐに見上げてくる。
レザは堪らなくなって、上半身を後ろに反らせた。
「でもねレザ。私は、アルさんや『アルテミ』の皆がレザを大切にしてたの知ってるよ。レザの命は……大切なもの。そう在るべきものなんだよ。きらきらしててほしい。わかるかな? そんな汚い奴の命で、輝きを失わせたくないの。だから、私とクロートのために『殺さない狩り』をしよう」
「えっと……」
レザは視線を泳がせて、正面から真っ直ぐに自分を射貫く純粋な光から逃れようとした。
思わず――助けを求めるように――クロートを見たが、彼はその視線に嬉しそうに笑う。
「……わ、笑うことないだろー」
レザが呻くように言うと、クロートは首を振って応えた。
「いや、俺のときなんてもっと酷かったんだぞレザ。いきなり平手打ちされたんだからな!」
「ひ、平手打ち……?」
レザが顔をしかめると、レリルはふふんと笑った。
「あれはクロートが悪いんだからね。……レザはもっとクロートと私を頼っていいんだってこと! ね、クロート!」
クロートはそれを聞いて、呆れを通り越し尊敬の念すら抱かせられた。
――どこからその自信が出てくるんだろ、レリルの奴。
自分がレザにとって大事な存在なのだと確信しているように見えるし、あながち間違っているとも思えない……気がするのである。
「いや、女の子……あのさー、俺からすると、ちょっと眩しすぎるっていうか……」
レザかなんとかやり過ごそうとするのを感じて、クロートはとうとう笑い出してしまった。
見たこともないほど混乱した顔をするふわふわした金髪の少年が、心底おかしかったのだ。
「ふ、ははっ、あははっ! レザ、お前の負けだよな、これ! ごめん、俺……レリルみたいにはなれないけど、もっとお前に踏み込まないと駄目なんだな!」
レザはそれを聞いて、ますます顔をしかめる。
「な、なに言ってるんだよあんた……女の子も、気軽に俺の間合いに入るの、やめてもらえないかなー」
ぴしゃりと言ってやったつもりなのに言葉尻が柔らかくなってしまったレザは、掴んだままだったレリルの手を放して天井を仰ぎ見た。
「……俺、ここまで毒されてたかなー」
すると、その機会を狙ったかのように澄んだ声が響く。
『楽しそうでなによりだの。入るがよいぞ、そこの三人』
クロートとレリルは頷き合って、まだ仏頂面のレザを引っ張りながら、大きな白い扉をくぐるのであった。
次、迷宮です!
台風は大丈夫でしたでしょうか?
どうぞお気を付けてくださいませ。
よろしくおねがいします!




