命はかくありき⑤
レリルが謹慎となってから十日。
クロートとレザは、毎日、毎日、毎日、資料室で【ルーデルメウスの迷宮】の地図を探した。
資料の積み方には――クロートが見るかぎりだが――法則性はなく、ただ崩れないようにと重ねただけ。
そのため年代や地域に絞って探すことはできず、捜索は難航していた。
「半分くらいは終わったか……?」
額の汗を拭いながらクロートが言うと、隣で黄ばんだ紙の束を捲っていたレザは「んー」と、適当な返事をする。
ふわふわした金髪の少年は動いているだけマシ――この十日間で学んだことである――なので、クロートはふんと鼻を鳴らして次の山に取り掛かった。
仕分け済みとそうでない書類を部屋の奥と手前に分けて管理し、ついでに埃も払っているので、資料室はだんだん綺麗になりつつある。
しかし、それでも澄んだ空気には程遠い。
ぽんと叩いた書類からぶわりと埃が舞い上がり、クロートは堪らず咳き込んだ。
「ごほっ……」
「あら、意外と繊細なのね」
瞬間、クロートとレザはとっさに剣の柄に手をかけて――剣は手放していなかった――ぴたりと声のほうへ視線を送る。
『ノーティティア』の制服に身を包み気配を殺していたエルフは、レザが手にしていた書類がばさばさと落ちたのには目もくれず満足げにぱちぱちと手を叩いた。
「うんうん、なかなかいい反応ねふたりとも!」
クロートはピンク髪のエルフを認識すると、ため息をついて構えを解く。
「――なんだよ、クランベル……って、クランベル! 帰ってきたのか!」
そして、ぱっと明るい表情を浮かべた。
「気配消して入ってくるのやめてよねー。俺、とっさに斬り付けるかもしれないよー?」
レザはそう言いつつも剣から手を放さず、まだ嫌な顔をしている。
クランベルは両手を上げて敵意がないことを示すと、ふふっと笑いながら言った。
「大丈夫よ。私、強いもの」
「――ちぇ」
レザはようやく柄から手を放し、床に散らばってさらに埃を舞い上げた紙を拾い始める。
ルクスに照らされた空間を小さな埃がちらちらと瞬いていて、クランベルはまるで雪――高所に降る凍てつく雨だ――のようだと思った。
――触れたら溶けてしまう。儚くて……そう、命のような。
「……レリルはここにいないぞ」
「えっ? ……ああ、平気よ。あなたたちに会いにきたんだもの」
クロートの言葉で我に返ったクランベルは、そのままピンク色の髪の先を摘まんでくるくると捻る。
それを聞いたレザは、集め終えた紙の束を仕分け済みの山に載せた。
「じゃあさー、ここ埃だらけだし、俺たち、ちょっとくらい外に出てもいいような気がするけどー?」
「あら、そんなんじゃ掃除は終わらないわよ?」
クランベルは唇の端を悪戯っぽく持ち上げて、片目を瞑ってみせた。
……古い紙と埃の匂いは嫌いではない。彼女にしてみれば、何時間ここにいても問題ないくらいである。
「……掃除じゃないし。からかいに来たなら帰れよなー」
今度はクロートが答えたので、クランベルは声に出して笑った。
「あははっ。いや、違うのよ。お礼を言いにきたの。――あの子を連れ帰ってくれてありがとう」
「別に言われなくても連れてきたけどねー」
すんなり諦めたのか、レザはそう言って肩をすくめると次の紙の束に手を伸ばす。
「ってことは、クランベルはもうなにがあったか聞いたんだな」
クロートもそう言いながら、無造作に放ってあった本を手に取った。
すっかり埃を被っているが、そっと表面をなぞると黒い表紙に『地図』の文字が見える。……当然、中身は地図ばかりだ。
「ええ。付け足すと帰ってきて五日目よ。ちなみに、レリルには毎日会いにいっているわ」
「は⁉ な、なんでクランベルは会ってるんだよ!」
尚も笑っているエルフに、クロートは思わず食ってかかる。
彼が手にしていた本を乱暴に『仕分け済み』の山に重ねたため、また埃が舞った。
「えー。俺も会いにいきたいー。本当、こんなの意味ないよー」
レザはやる気を失ったのか、紙の束を下ろすと座り込んでしまう。
クランベルはふたりの様子に笑うのをやめて――正確には苦笑になっただけだが――言った。
「私の特権よ! と言いたいところだけど……謹慎とはいえ、あの子の状態には気を配るようハイアルム様から指示があったの。アルカの情報は発表されたから『ノーティティア』内部でも話題になっているしね。……第二、第三のアルカが出ないともかぎらないわ、眼を光らせる必要がある」
「まぁ、そうだよな……。話題は確かに聞こえてくるし。な、レザ?」
「……まぁねー。俺が『アルテミ』だって知ってる奴なんか露骨に恐がってるもんー」
呆れたように首を回すと、レザはばったりと床に――いくぶん片付けたとはいえ、まだ綺麗とは言いがたいのだが――寝転び、不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、敵対すれば狩るんだけどね」
「物騒なことさらっと言うなよな……」
クロートはそんなレザに大袈裟な仕草で肩を落としてみせる。
クランベルはそこで部屋の奥に踏み入ると、仕分けしていない書類の山から紙を手に取った。
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早く次の迷宮にも行かねばです。
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