ゆめゆめ忘れることなかれ①
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とにかく、いろいろあった。
本当にいろいろで、逐一説明するにはかなり骨の折れる出来事ばかりだ。
ルディア王国、王都。
クロートたち【迷宮宝箱設置人】が隠れ蓑とする組織『ノーティティア』が本部を置く大都市。
ここまで戻るにも一苦労であった。
クロートは気を張っていたため、ガルムを本部に連れ帰り治療士に預けるまではきびきびと動いていたが、そこまで。
それを終えた途端にひっくり返るほどの疲労が急にのし掛かってきて、あてがわれた部屋でベッドに横になったところだ。
幸い――本当に幸いなことに、ガルムは酷い怪我にも関わらず、命はなんとか取り留めていた。
応急処置でレリルが使用したのはマナ治療薬で、その治癒力が功を奏したのである。
マナ治療薬は名前の通り、マナでできた薬のようなものだ。
材料は魔物の核――クロートにはどんなものかわからないが、治療に使用されるものもあった――であるため、作られる量も限られている。
そのため一本の小瓶でもかなり高価で、それがなかったら危険だったと治療士がレリルの判断と処置を褒めていた。
ガルムは怪我をしてからずっと高熱で、常にうわごとを繰り返し、痛みのために殆ど眠れていないはずだ。
現在は感染病などにかからないよう、治療士のもとに隔離されている。
レリルはといえば、ガルムに肩を貸すクロートに代わって大剣を担いで――どちらかといえば引き摺って――三日の道程を歩き通し、腕が悲鳴を上げていた。
こんなに鍛えたんだから岩のひとつくらい投げ飛ばせるようになるかも……なんて強がってはいたけれど、満身創痍だろう。
疲れているのになぜか眠ることができず、あれこれ考えながら、クロートは仰向けに寝転んでレイドボスの核をぼんやり眺めていた。
……ガルムの応急処置のあいだに拾ったレイドボスの核はふたつ。
大きさはクロートの手で包み込めるぎりぎりくらいあり、完璧に近い球体。
眺める角度を変えると色合いが変わり、虹のようでもある。
――でも、父さんがもし命を落としていたら……綺麗になんて見えなかったかもしれない。
クロートは唇を噛んだ。
そこで、ベッドをぐるりと囲むカーテンの向こうから声がした。
「……クロート、いま平気?」
「ん、ああ、うん。……どうかした?」
クロートは、まだむず痒いその呼び声に体を起こす。
ノーティティア本部であてがわれた部屋は、なんとレリルと同室であった。
緊張したものの、ベッドは広い部屋の端と端――対角線上に置かれており、カーテンが備え付けられていたのでなんとかなりそうだ。
部屋の中央には丸テーブルと椅子が二脚あり、小さな花瓶に白い薔薇が一輪飾ってある。
入口の正面は大きな窓で、外からの日射しが部屋を明るく照らし、カーテンを通して柔らかな光が感じられた。
――うーん。野宿とは、なんていうか……わけが違うんだよなぁ。
クロートはそう思いながら核をしまい、ベッド周りのカーテンを引いた。
その向こうにいたレリルは、クロートと顔を合わせると微笑んで、胸の前でぽんと手を合わせる。
「ごめんね、休んでるのに。ちょっとクロートと話しておきたくて」
レリルが気さくにクロートの名を口にするようになったのは、距離が近くなった証拠なのかもしれない。
……残念なことに、クロートは未だに彼女の名を呼べていないが。
「話……?」
「うん。【監視人】としての仕事のことと……これからのこと。ハイアルム様のところに報告にもあがらないといけないし」
「あ……そうか、報告もあるんだな」
クロートは頷いて立ち上がった。
眠れる気がしなかったのもあるし、なにより、クロートもレリルと話しておきたいと思っていたからだ。
――父さんを連れ帰るあいだは正直それどころじゃなかったけど……なんとかなったしな。
考えていると、レリルは大きく頷いてドアのほうをちらりと見る。
「そろそろお昼だし、ご飯も食べよう? ここ何日かは心配もあって、ちゃんと食べられなかったでしょ」
クロートは情けないことに、レリルが気に掛けてくれていたのに初めて気が付いた。
――彼女はなんだか俺よりずっと大人に感じる。父さんのことだって、彼女がいなかったら……。
そう思ったクロートは身震いして、胸のなかがざわざわするのを抑えるようにぎゅっと手を握り、顔を上げた。
「……その……ありがとう――レリル。父さんのことも……いろいろ」
「……! あ、あー、えへへ。気にしないで!」
レリルは自身の名を聞いてぴくりと眉を動かすと、嬉しそうに頬を緩める。
……名前を呼んでなかったことを彼女が気にしていたんだと……クロートは密かに反省した。
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新章に入ります。
ガルムが離脱したので、クロートが奮闘する予定です。
よろしくお願いします!




