守るもの在りけりは⑤
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なけなしの水で手を洗い、クロートとレリルはこんもりと盛られた土の前で祈りを捧げる。
――俺はあんたの命を奪った。それは絶対に忘れない。
それでもクロートのなかに灯った炎は、消えることはない。
守りたいものを危険に晒す行為に対して、剣を振るうことは厭わない。そう、決めたのだ。
……レザは穴を掘ってアルカを埋めるまでを手伝い、あとは静観していた。
「……よし」
クロートは少ししてから気合いを入れて、アルカの墓のそばで手を前に突き出す。
――中身はアルカを象徴するような、そんなやつがいい。
「――『創造』」
思い描くのは美しい狼――それを象った蒼い瑪瑙の像だった。
――うん。美しい縞模様で、磨き上げられた表面は景色が映るほどがいい。
マナが収束し形を成した宝箱は、よく磨かれた木によってできている。
角は前と同じで金属によって補強されているが、お世辞にも素晴らしい宝が入っているとは思えない見てくれだ。
クロートは苦笑すると、ちらと盛り土へ視線を向ける。
――なあアルカ、あんたはどんな宝箱を設置してきたんだろうな。
そして、彼はもうひとつ宝箱を設置するために息を吸って集中する。
「――『創造』」
そっと頬を撫でるような、柔らかなマナの流れ。
非マナ生命体もいつかはマナに還り、世界を巡り、再び生まれ落ちるだろう。
そのときに、世界が平和であるよう。
「……次は乾杯でもしような、アルカ。その頃、俺は爺ちゃんかもしれないけど」
クロートは収束した宝箱の中に、宝石をあしらった美しい杯が四つ入っていることを疑わない。
誰かが祝杯をあげ、幸せに生きていく世界――クロートが本当に創造したいのは、それだ。
「帰ろう」
それだけ言って、クロートはさっと踵を返す。
もう、彼が振り返ることはない。
ガルムがここにいたとしたら、どこか大人びたクロートになにを思っただろう。
「……」
レザはそんなクロートの背中を見つめながら、ふ、と息を吐いた。
守るものが在る。それを失う恐さを、レザは知っている。
そして彼の視線の先、黒髪の少年と蜂蜜色の髪の女の子は、レザにとっては――。
「レザ、どうしたの?」
「あー、うん。なんでもないよー女の子」
レザは我に返ると、軽い足取りでふたりに追い付いた。
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馬はいなかったので、クロートたちがルディア王国の王都に帰り着いたのはテントゥラス――十の月の終わりだった。
冒険者たちが行き交う通りには色とりどりの看板が並び、揃わないものはない。
そんな中でも、彼らが目指す『ノーティティア』本部の白い壁は、高く上った太陽の光が反射して神々しいまでに眩しかった。
すぐに報告に上がるつもりだったクロートたちは『ノーティティア』本部の扉をくぐり、真っ直ぐにハイアルムの元へと向かったのだが……。
「なんかさー、見られてるよねー?」
レザが言いながら頭の後ろで手を組んだ。
……そうなのである。
全員が全員……というわけではないのだが、職員たちの一部が、明らかにクロートたちを『見て』いるのだ。
「……見てるのは古株の人たちばっかりだと思う……だから、たぶん……」
レリルはそう言って、己の顔を隠すように俯いた。
「――私が戻ったこと……それを見てるんじゃないかなぁ」
「噂が広まったってことか」
クロートはそう応えて、ふんと鼻を鳴らす。
アルカがここにいないことで、なにがあったのかを察している者もいるのだろう。
「レリル」
「うん? なに、クロート」
「前向けよ。なんにも気にすることじゃないだろ」
面白くなさそうに言ったクロートに、レザが笑う。
「俺も賛成ー! むしろここで下を向いたら、自分たちが間違ってるみたいだもんー」
レリルははっとして唇を引き結び、顔を上げた。
蜂蜜色の髪が、窓から入る光を煌めかせる。
「――うん」
物心ついたときにはもう『ノーティティア』にいたレリルからすれば、ここは自分の家だ。
ともに過ごしてきたはずの人々から向けられる視線が痛くないわけではない。
でも、クロートやレザの言うとおりだと彼女は思う。
ここでその視線に負けることは、間違っているというようなものである。
――ハイアルム様にも、ちゃんと伝えないと。
誰のためでもなく、自分のために。
レリルは背筋を伸ばし、廊下の先を見据えた。
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