守るもの在りけりは②
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螺旋階段を一歩一歩踏み締め、クロートたちは【ネスメイラ迷宮】の深部へと進む。
迷宮ができてからどのくらいの年月が過ぎているのかは不明だが、階段も壁面も目立った損傷はなく、崩れる心配はなさそうだ。
階段は、一段ずつ壁面から生えているような造りになっている。
見上げれば壁面から階段の下部へと斜めに支柱が渡されており、頑丈に補強されているのが確認できた。
さらに進むとだんだん光が届かなくなり、レザがルクス――核を燃料とした灯りだ――を灯す頃には迷宮はまったく違った様相となっていた。
「なんだ、これ……」
クロートが声を上げたのも無理はない。
人を模した大きな像が壁面に彫り込まれていたのだ。
階段を下りていくと最初に頭があり、また一周すると次は胴体、もう一周で足……といった巨大さである。
彼らは――というのが正しいかは不明だが――全部で六体。全員が両腕を真横に広げ、隣同士が手のひらを合わせて円になっていた。
ローブのようなものを纏っているようだが、顔立ちを見ても性別はよくわからない。
「こんな大きな像、見たことない」
レリルは目をぱちぱちしながら見上げていたが、ある場所でふと動きを止める。
「……」
「女の子、どうかしたー?」
レザがルクスを掲げ、問いかける。
するとレリルは少し上、像の胸のあたりを指さした。
「あれ、もしかして……核?」
クロートは彼女の指先へと視線を移す。
「核?」
「どれどれー?」
レザと一緒になってクロートが見上げると、確かに六体の像の胸の真ん中に菱形の宝石のようなものが――本物の核ではないようだが――大きく彫り込まれている。
ぱっと見は宝飾品のようでもあるが、言われてみればなんとなくこの像が心臓の代わりに核を抱いているようにも見えた。
「この人たち……私と同じ……なんじゃないのかな」
クロートはレリルが小さく呟いた言葉を聞き取り、唸る。
――そういえば世界と繋がるために造られたんだったな、ここ。
「――もしかしたら、ここを造ったのってハイアルムの種族なんじゃないか?」
クロートが言い切ると、レリルは眉をひそめた。
「ハイアルム様の……? どうして?」
そこでクロートは、ハイアルムが『マナの生命体』であることや、その種族の過去を……レリルは知らないのだと思い当たる。
クロートもその話はしていなかったはずだ。
「あー、えっと、ハイアルムも『マナの生命体』なんだってさ」
さらっと告げると、レリルはぽかんと口を開けたあとで文字通り跳び上がった。
「ええっ⁉ は、ハイアルム様が?」
「そう。……そっか、そう考えたら本当に親子みたいだな!」
「えー。女の子はあのちまっこいのとは違うよー。あいつ、なんか変なんだもん」
笑ったクロートに、レザが露骨に嫌そうな顔をする。
レリルはなぜかそわそわと手を握ったり髪を弄ったりしたあとで、ぎゅっと眉を寄せた。
「ね、ねぇクロート、レザも……その、わ、私、いくつに見える?」
「は?」
「んー?」
「だ、だって。いきなり『マナの生命体』って言われても本当は実感なんてないし……ましてやハイアルム様が『マナの生命体』だとしたら……私とは全然違うでしょ……」
自分の存在に自信を持てないのだろうか。
クロートはそう考えて、思わず苦笑した。
「正直、どっちでもいい」
「えっ?」
「俺はお前がマナの生命体でも非マナ生命体でも、どっちでもいい。俺とレザだって全然違うだろ?」
きっぱりした返事だった。
レリルはぽかんと口を開け、クロートをまじまじと眺める。
「……女の子が聞いたのは、いくつに見えるかだけどねー。あんた、本当に誰かれ構わずそういうことやってると、いつか揉め事になるよー?」
そこにレザが割り込んで、ふわふわした金色の前髪をちょいちょいと引っ張りながら続けた。
「そういえば女の子の歳聞いてないかも、俺ー! いくつなの、俺と同じくらいでしょ? そもそも、あのちまっこいのがおかしいんだよ」
レザが話している間にクロートは口を尖らせて揉め事ってなんだよ? と呟いたが、レリルが笑ったので黙る。
「たしかに私もレザの年齢知らない! ……私とクロートは十六歳で、私のほうがお姉さんだよ」
彼女の返答に、レザはへらっと笑って言った。
「あー、俺のほうが一個上だ! ……女の子はマナリムス生まれなんでしょ? へへ、そこは一緒だね!」
レリルたち【監視人】がマナリムス生まれなのは伝えていたが、クロートはそれを聞いて、そういえばレザはマナ術で魔装具を出しているんだったなと思う。
しかし、それ以上に……。
「お前が年上だったことが地味に堪える……」
彼が思わずこぼすと、レザはにやりとして重ねた。
「俺はそうだと思ってたけどねー。……ま、女の子は年相応だと思うよ。あのちまっこいのとは違って普通に年取るんじゃないー」
レリルはふたりのやり取りにますます笑うと、胸の前で両手を合わせて頷いてみせる。
「ならよかった……ハイアルム様がずーっと可愛いままだから、私が変なのかもって少し不安になっちゃって」
「あれが可愛いとか、女の子、目が腐ってるんじゃないかなー」
あんまりな言い方をするレザだが、クロートは不本意ながら似たようなことを思ってしまった。
ハイアルムは可愛いというより、もっと――次元の違う存在だろう。
おはようございます!
よろしくお願いします!




