04. 大福屋危機一髪!-(2)
「ジャスくうぅぅんッッッ!」
俺一人の叫びを汲んだわけではなかろう。
その時すでに見上げた夜空には、飛翔というべき高さで赤い影が三鈷剣を掲げていた。
ベアトリーチェの下にいる俺の安全性など全く考えていないとは、さすが正義のヒーロー様だぜ!
そんでもって、今日も俺の活躍は無く、全部ジャスティス・ウイングに持っていかれるっていうのか!
心の中で毒づいていると――だが、今まさに叩き斬られようとしていたベアトリーチェは取り上げられたのである。
誤字ではない。
巨大イノシシは、取り上げられたのだ。
目を疑ったが、起きた事を順を追って説明すればこんな感じ。
ジャスティス・ウイングの着地点を走り抜けようというおおよそ五百キロの肉塊。
その鼻先を掴んで持ち上げたのは、獅子屋の行列の前に立ちはだかった、白いフードを目深に被る細身のシルエット。
当然、ジャスティス・ウイングの一閃は空振りに終わり、それどころか腰をついていた俺の足の間にご自慢の三鈷剣が突き刺さる。
「俺の遺伝子的将来がッ!」
そんでもって、悲鳴を上げる俺。
何故か舌打ちするジャスティス・ウイング。まさかこの陰険野郎、ドサクサに紛れて俺を始末し損ねたって舌打ちじゃないだろうな。
一方、ベアトリーチェは数秒ほど鼻先を下にしながら滞空。
やがてベアトリーチェの巨躯が、推定体重相応の音と振動で石畳に打ちつけられる。
舞う砂ぼこり。
静まり返る人々。
以上だ。
まるでプラスチック製のおもちゃをあっちからこっちに置き直したかのような、軽く単調な動きであった。
俺達含め、周囲が唖然とする最中、白いフードの下から覗いた浅黒い肌の顎、その口元は静かに動く。
「オン アロリキャ ソワカ」
多分、そう唱えた。
怪仏観音たちが唱える真言……ってやつだろうか?
そんな異様な光景に道行く人々はもちろん、ヒーローである俺たちさえも固まっている。まるで、一時停止中に白フードだけが動いているようだった。
そいつは獅子屋から引き返してきた観光客が下げていたビニールをするりと取り上げ、薄紅色の大福 (俺の目が確かならばそれは一つ千円もする特選いちご大福)を一つを取り出し、横倒れになっているベアトリーチェの鼻先を撫でるなり口に放り込む。
イノシシに特選いちご大福を食わせるなんて、なんちゅうもったいないことをする……!
思わず現実逃避しながらもヨダレを飲んでいるうちに、黒い肉山は口を動かしながらのそのそと姿勢を建て直し、しかし前足を曲げて――白フードに跪いた。
両者の間には和解、いや……それどころかベアトリーチェには服従心が生まれたような、不思議な光景だった。
絵本に出てくる、化け物退治の聖人のようだ。
ようやく、まばらな拍手さえ起こりはじめる。
こうしてイノシシ暴走事件は一件落着、めでたしめでたし……ってことになるだろう。
「アキラ……?」
打って変わって、ジャスティス・ウイングは殺気立っていた。
白いフードを目深にかぶって顔までは窺い知れないが、浅黒い肌色からその名前が浮かび上がるのも当然といえよう。
少なくとも、肉山と称して間違いないベアトリーチェを片手で持ち上げて見せたのだ。
只者であってたまるか。
「貴様は何者だ」
白フードは俺たちに向き直り、顔にかかる布に手をかけ――それと同時に、背後からサイレンが近づいてくる。
パトカーに気をとられるも、向き直ると白い影は……忽然と消えていた。
道行く人の波も視線の行き交いが曖昧になり、そして何事も無かったように雑多な往来が再開している。
「……くそ、逃がしたか」
「あいつ、なんだったんだ……?」
ネオン街は道端のベアトリーチェにさえ興味を失い、すっかりいつもの喧騒を奏でていた。
目を凝らしても、白い影を見出すことが出来ない。
俺たちはサイレンに追い立てられるようにその場を後にするほか無かった。
アキラだとして、何故俺たちを避けるんだ。
アキラじゃないとして……一体、何者なんだ。
これだけの大騒ぎの果て、不穏が一つ、胸を突き刺しただけだった。