03. 大福屋危機一髪!-(1)
火事と喧嘩は江戸の花とは言ったもので、東京ド真ん中の華武吹町もその血の気の多さをしっかり受け継いでいる。
一丁目大通りではピンク色したネオンにレーザーライト、現在に至っても荒事、痴れ者、お祭り騒ぎは健在だ。
そんな街でも、暴走事故っていったら普通は車やバイクを想像するだろ?
だが華武吹町ではどうやら勝手が違ったらしく、今宵の特別ゲストは猪突――イノシシであった。もちろん動物の。
「ベアトリーチェええぇぇぇぇッ!」
黒いヒーロースーツ――俺は声を裏返しながら叫ぶ。
一体全体どうしてこうなったのか、俺だって聞きたいくらいだ。
人も露店もなぎ倒し、あちらこちらに激突して破壊音を巻き上げる推定体長三メートル、体重五百キロの黒い肉塊――その名もベアトリーチェ。
どっかの国のセレブが観光に来て、ついでにペットのベアトリーチェにも人間様の名物を食わせようと連れ込んだらしい。
ギラついたネオンの光にベアトリーチェは大興奮、大恐慌、大爆走ってところだろう。
そんでもって、俺と赤羽根――つまりボンノウガーとジャスティス・ウイングは大通りを行く巨大イノシシを、死に物狂いで追いかけているってわけだ。
街のヒーロー、及びスーパー雑用係として。
ここ最近、やれ強盗だ、引ったくりだ、痴情の縺れで刺した刺されただを解決してきた俺たちのコンビネーションはというと――。
「限定解除、三鈷剣!」
「やっぱりソレ出すと思ってたよ! 叩き斬るつもりじゃねえだろうな!」
「この騒ぎで叩き斬らんでどうする」
「お前はペットという概念を知らんのか!」
「知らん」
「金魚一匹でも悲しいもんだぞ! 俺が小学生だったころ華武吹祭りで掬ってきた金魚を――」
「どうせ近所のノラ猫に食われたとか、そういうくだらない話だろ」
「くだらなくないッ! くだらなくないもんッ!!」
――この通りだった。
みんな大好きな正義の味方ジャスティス・ウイングの中の人は、超短絡的かつ超暴力的な思考は相変わらず。
肩を並べて走る俺とは意見が全く、いちいち、常に、ことごとく噛み合わないという有様で。
そのくせ甲高い声援はこの人の心が備わっていない赤い方にだけ集中し、黒い方――つまり俺に飛んでくるのは「今日は二号くんもいるのか」「オマケ、足引っ張るなよ!」「モノ壊さないようにな!」なんて、野太くて上から目線の声ばかり。
悲しいかな相変わらず俺は「二号」「オマケ」「お騒がせの方」というポジションらしい。
俺は俺の意思的エネルギー、つまりは煩悩で動くから、外野の声援とか期待とかいらないけれど、ムカっとするのは別問題。
「俺のやり方に文句があるなら、おまえがどうにかしろ。二号」
お、言いやがったな。
それはもう面倒臭そうに言いやがったな。
「ったりめーだ! ジャスくんはそこで俺がカッコよく街を救うところを見ていたまえ!」
「その慢心に足元を掬われるほうが先だろうがな」
「冗談言うじゃねえか! 手ェ出すんじゃねえぞ!」
ジャスティス・ウイングが手も足も出ない中、巨大イノシシをとっ捕まえてブン投げるカッコイイ俺!
黄色い声援は俺が独り占め!
説教ばかりのおっさんたちもワッショイ。
帰れば優月がお出迎えで、真夏の汗ばむアバンチュールを再開し――。
以上、妄想おわり!
そんな大逆転シナリオのレールが敷かれているのだ、奮起しないわけにいかない!
しないわけにいかない!
わけにいかない……のだけれど。
人やモノを避けている俺たちと、大通りの中央を爆走するベアトリーチェとの差は、なかなか縮まらずだった。
そんなこんなで巨大イノシシの暴走と、お馴染み街のヒーローによる高速パレードは老舗が並ぶ商店街に突入。
賑わいの色も、サイバーピンクから古き良き灯篭、提灯、白熱灯に移り変わったところだった。
夕食時は過ぎたというのに道に沿う行列がずらり。
老若男女、地元民、観光客入り混じりの人の並び。
この先は俺も良く知っている華武吹町の名物を担う和菓子店の獅子屋だ。
今日も大盛況だなあ、夜になってもこの行列とは……。
「ブブァァアアアアアッ」
巨獣の咆哮に俺の意識は現実を見た。
…………。
…………。
ベアトリーチェ、そして俺たちは沿うように走っている。
当然、列の先は獅子屋だ。
そこにあるのは俺が信仰する特選いちご大福 (一個千円)ちゃんだ。
数秒先の未来に考えられる事故など、俺でなくても想像がついた。
「斬れ……」
「は?」
「叩き斬れ! 今すぐあのイノシシを早く真っ二つに、いや、三枚に卸してくれ!」
「ペットとは」
「俺が間違ってました」
「正義とは」
「正義のヒーロー様、どうかこの街の大事な名物、特選いちご大福を守ってください!」
「プライドとは」
「知らない。何それ」
「そのようだな」
納得のニュアンスを口にして、ジャスティス・ウイングは突然、並走する俺の首根っこを掴んだ。
俺を運んでくれるなんて優しいな、やっと心を入れ替えてくれたのか……なんてはずもなく、一回転分の遠心力をかけるとブン投げる。
俺をモノのように。
こいつのことだから本当にそうとしか思っていないのかもしれないけれど。
重力に意識が吹っ飛びかけた俺は抵抗さえなくミサイルの如く撃ち出され、思考がクリアになった頃にはイノシシの獣臭いケツに激突していた。
過程はともかく、なんとか取り付くことに成功。
だったらあとは一撃必殺、ベアトリーチェには悪いがいつものエロビームで決着をつけるのみ!
意気込んで片手をベルトの前に構えれば、サーキュレーターは次第に回転の圧を増して準備万端!
「俺は真夏のビーチで、今度こそ優月の処女を頂くんだあああぁぁああッ!」
さようなら、ベアトリーチェ。
さようなら、俺の微々たる人気。
目の前でカッと光が瞬き――いつぞや見た光景か、閃光はベアトリーチェの身体の左右を綺麗に迂回し、うにゃっと曲がって獅子屋の看板に直撃。
貫かれた看板がぐらぐらと揺れた末に落ち、破壊音を響かせた……だけだった。
「……あれ?」
何故、二股に……?
もしかして……俺が優月と陽子の間で二股状態だからか……?
二股してるからビームも二股になるのか!?
そんなバカなことって――ある!
股間からビームが出るんだ、そんなバカなことある!
むしろ、バカなことだらけである!
「ブブァァアアアアアッ」
しかし、光と音に驚いたのか、ベアトリーチェは咆哮しながら前足を上げる。
さらに、毛むくじゃらの巨躯を支えるのにはいささか細い足がバランスを崩し、揺さぶり落とされた俺の上を通過――せず。
「んボアーッ!」
見事に腹を踏んづけられた俺の口からは、意図しない音が飛び出していた。
もちろんヒーロースーツでなければ音だけじゃなくて内臓まで口から飛び出していただろう。
その間にも、ベアトリーチェはよろけながら方向転換。
頭が向かう先は――俺の大好物である獅子屋の特選いちご大福を求める行列の中腹。
まずい。
思わず一人、バイザーの下で顔芸をしてしまうくらい、まずい。
咄嗟にベアトリーチェの足を引っつかむも身体が浮いてしまい、俺は無力で無意味だった。
ならどうする……!?
困ったときはやっぱり即身明王頼み!
みんなで呼ぼう、せーの!
「ジャスくうぅぅんッッッ!」
俺一人の叫びを汲んだわけではなかろう、その時すでに見上げた夜の空では赤い影が飛翔というべき高さで三鈷剣を掲げていた。
ベアトリーチェの下にいる俺の安全性など全く考えていないとは、さすが正義のヒーロー様だぜ!
そんでもって、今日も俺の活躍は無く、全部ジャスティス・ウイングに持っていかれるってのか!
心の中で毒づいていると――だが、今まさに叩き斬られようとしていたベアトリーチェは取り上げられたのである。