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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第五鐘 お祭り煩悩
92/209

01. 誰が為のヒーロー-(1)

挿絵(By みてみん)


 ――煩悩。


 性欲、怒り、迷い、無知……ありとあらゆる心の穢れ。

 十九歳の健全男子である俺、ネオン街の華武吹町(かぶぶきちょう)、そして五十年前の災厄とは切っても切り離せない概念……だった。


 輝夜神社の存在。

 贄となった優月のこと。


 全部話したところで、ジャスティス・ウイング――赤羽根は「興味ない」と、正義の味方らしからぬ、なんとも冷たい解答だった。


 五十年間、街の均衡を守ってきた曼荼羅条約(ヒーロー)の正体が、実は身勝手な権力者集団だったなんて……俺にとっては相当ショックだったんだけど。


 ここ最近、怪仏退治に進展があったとすれば、双樹コーポレーションの沙羅社長に続き、壮大な殴り合いの末に正義のヒーロー、ジャスティス・ウイング――というか赤羽根・ジャスティス・正義とも目的を同じくして協力関係になった……って点くらいだろう。


 そんで今後の目標はめちゃくちゃハードルが低い。


 南無爺から譲り受けた手記をアキラに渡し、詳しいことを根掘り葉掘り聞く。

 怪仏観音たちの技術だっていうチンターマニについてもあれだけ詳しいアキラだ。何か知っているだろう。


 俺自身は青春を謳歌しつつ、今まで通り沸いて出た怪仏を倒す。アホほど強い赤羽根だっているんだ、これからは楽勝だろう。


 そう。

 目標は、アキラに会う。

 それだけだ。


 だが、このタイミングでアキラ・アイゼンは唐突に、失踪した。


 そんで、途方に暮れた赤と黒のヒーローは、仲良しこよしってわけでもないのにシャンバラのハズレテーブルで情報共有と作戦会議。

 少しでも進展が出ないかとあがいていた。


 ともあれ俺は、バイトの給料受け取り――もとい、家賃のほうが大事なのだけれども。

 寝言だとわかっていても、優月が隣室であんなことを言っていると思うと落ち着かないし。


「で、双樹は何か言っているのか?」


「ぜ~んぜん。あいつは金儲けが最優先らしいし」


 そうは言ったものの、沙羅のことだ。水面下では調べまわっているに違いない。

 恐ろしく尻が軽い分、恐ろしく情報管理能力が高いのでそんな素振りを見せないだけ。

 いい意味でも悪い意味でも、やることをやってる。それが双樹沙羅だ。

 何よりヒーローの話は大博打であるものの、あいつが大好きな金になるのだから、ほったらかしということはないだろう。


 俺の返答に不服そうな赤羽根。

 この様子からして、本日も有益な話はないようだ。


 おっかない顔と見つめ合っているわけにもいかず、俺はおもむろに厨房へと目を向ける。

 丁度、フライパンを打ち鳴らす音が止み、食欲をそそるケチャップライスの香りが漂ってきた。

 厨房から巨体を覗かせたママは「進展がないわりには、ご飯は食べにくるのね」と俺たちの空腹具合も腹積もりもお見通しであるのだが。


 何か口を挟まんときまりが悪い。

 そう思った俺は作り笑いと一緒に、さも話に巻き込まんと質問をした。


「そういやママは小さい頃、怪仏には遭わなかったんだよな?」


 んなこと知っているなら、とっくに話してくれているだろうけれど。


 いまではすっかり見慣れた巨大オムライスをテーブルに配膳しつつママは「ええ」と口を開きかけた。


 そこに割り込む、屁でもひねり出したかのような小汚い音。

 出どころは赤羽根が逆さまに持ったケチャップボトルだった。正しくはケチャップが入っていた空のボトル、だ。


 これもまた恒例の光景となったが、赤羽根は卵の黄色が見えなくなる程にケチャップを吹き付け、殺人現場みたいなオムライスを黙々と口に運びはじめる。

 どうも赤羽根は隙あらば《赤》をチョイスする性質があるらしい。

 日々のバイオレンスな言動も人間から《赤》を抽出しようなどという発想からだとすれば、救いがたい。救うつもりはこれっぽっちも無いけれど。


 ママは見慣れているというか、呆れた調子で真っ赤な凶行をスルーし、話を続けた。


「あの時は、何週間も外に出られなかったし、水さえも近所の男たちが結託して汲んでくるような有様だったわ。私達子供は外で何が起きているか教えてもらえなかったのよ。怪仏の存在を知ったのは、ベルトに関わってからよ。とはいっても、初めてその存在を見たのは、このあいだの馬頭観音ハヤグリーヴァだったのだけど……」


「じゃあ……あとどんな怪仏がいるのかなんて、ママにもわからないってことか」


「雪舟さんの手記に書いてないのであればきっと……そうね」


 こんな感じで、現状維持が一ヶ月。

 まさかアキラ不在がこんなにも痛手になるとは。


 いや、何よりも、誰よりもダメージが大きいのは――。


「俺は……ただの手駒だったというのか……」


 赤羽根がモロ聞こえの苦い呟きを落とす。

 怒りと動揺が十二分に表れていた。


 もっともダメージが大きいのは、俺が戦力として期待している赤羽根のほうだった。


 アキラの去り際の言葉の意味が、いまさらになって響く。


 ――僕は少し忙しくなりそうなのでね。あいつのことは頼んだぞ、禅。


 聞きまわってみれば、アキラの足取りは俺をパイパンにしやがった朝で途絶えていた。

 そう、アキラは最後に俺のところに来たのだ。

 プライド高い赤羽根からしてみれば、付き合いの長いはずの自分よりも鳴滝禅(おれ)に自分を頼むと言伝をして……というのも納得いかないらしい。


 可哀想な赤羽根。

 気の毒な赤羽根。

 俺は――この陰険眼鏡が弱みを見せているうちに、刺せる嫌味を刺すことにした。


「いやー、俺には一蓮托生のパートナー優月さんがいるから、今のお前の気持ち一ミリもわかんないなあ! 今度夏祭りと海にデートだぜ! 青春イベント目白押しって感じで、今から楽しみでしょうがないんだよねえ!」


「…………」


 もっと苛々しろ!

 胃に穴でも開け!


「赤羽根先生はせいぜい手駒ヒーローとして、ドロ臭い夏の歓楽街雑用係、頑張ってね~」


「楽観的かつ短絡的思考」


「悲観的かつ粘着質でその上、嫉妬深い」


「貴様のようなスカスカとは、人間性の密度が違うということだ」


「口だけ達者なワガママ赤ちゃんのくせに……! そんなんだからお前が依存してたアキラお母さんは、愛想尽かして出ていっちゃったんじゃない?」


「何か面白いことでも言ったつもりか、自堕落猿」


「やさぐれてる暇があったら、自分の家の掃除くらいやれば?」


 まだ色々とぶつける言葉は残っていたがママの拳がぎちぎちと音を立てて握られ、俺は何事も無かったように居住まいを正した。


「やめてやめて。喧嘩は外でやんなさい。ここは中立地帯よ。男も女も、老も若も関係なく仲良くする場所よ」


 一方、赤羽根も元師匠の介入に愛想悪く鼻笑い。そのくせ錆び付いたブリキ人形みたいにぎくしゃくした動きで食事を再開する。

 物理的にも社会的にも、ママの逆鱗が一番怖い。


 俺も両手を合わせて「いただきま~す」とオムライスにありついた。


 ったく……。

 アキラがいれば、こんなギスギスした空気にもならないんだろうな……。

 ほんと、どこほっつき歩いてんだか。


 ……そんな面白シーンとは裏腹に、俺の脳裏には暗い憶測がちらついていた。


 何故かやたらと怪仏観音、そしてその技術に詳しく、俺と赤羽根を水面下で導いていたアキラ。

 風祭さんが追っても尻尾を掴むことが出来ない、神出鬼没、華武吹町の異端分子であるアキラ。

 俺たちが煩悩大迷災の核心に迫ったタイミングで、居なくなったアキラ・アイゼン。

 赤羽根はアキラのことを()()()王だと思っているようだが、だとしたら俺のベルトに宿っている老婆心溢れるお節介ベルトちゃんが愛染明王であるという話に辻褄が合わなくなる。


 たとえば――本当の愛染明王が俺のベルトで、アキラの名前は赤羽根を騙すための壮大なウソで、真実に近づいた俺たちを恐れて身を隠す必要が出てしまった。なぜなら、その正体が怪仏観音の、その一人……と過程すると、全て辻褄が合ってしまう。


 口をオムライスで塞いでいるが、暗い考えが過ぎっているのは俺だけじゃないだろう。

 むしろアキラに近かった赤羽根のほうが……。


 俺の視線から考えを読んだわけではあるまい。

 赤羽根はまたしても、心を分厚く鎧って表情と声を堅くした。


「アキラが居ようが居まいが、俺たちがやるべきことはヒーローとして名を立て、華武吹町の意思的エネルギーの主導権(イニシチアブ)を握り、怪仏を倒す。それだけだ」


「……ま、そりゃあそうなんだけどさ」


 現状維持。待ちの姿勢。

 出来ること、目標を失ってしまった俺たちがやれることなんて、やっぱりそのくらい……か。


 俺たちのテーブルには重油のような雰囲気が圧し掛かっていた。

 対照的に、正面入り口近くの席からは笑い声と安っぽい電子音が沸き立つ。


「なんだなんだ、あっちは景気いいな」


 何事かと目を向けた俺の目の前では、ツラい光景が広がっていた。


「フォルムチェーンジ! ギュインギュインギュインッ!」


「白澤ちゃん、素敵ーッ!」


「さすがイケメン医師ーッ!」


「今は通りすがりのヒーローだよッ!」


 白澤光太郎、三十二歳。職業外科医。

 俺の命の恩人で、俺だけではなく華武吹町のみんなを医療で救っている本物のヒーロー――もとい狂気のヒーロー厨だった。


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