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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
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15. 潮垂るる罪人を誰れかとがめじ-(1)

 結果的に。


 俺も赤羽根もボロボロで、優月に引きずられる形で仲良く三瀬川病院。

 白澤スイッチ光太郎先生は「バイク? ねえ、バイク? 禅くん、そのバイクを呼び寄せる能力でヒーローの乗ったバイクとか呼べない!?」と勝手に盛り上がりながら治療の手を進めてくれた。

 そんな能力あってたまるか。


 なお、俺はまだ限定版ディスクゥとやらを見ていないことをせっつかれ「義務教育だよォ!」と急かされるオマケ付きだった。


 翌、日曜は嫌味なほどの晴天。

 軋む身体を引きずり、南無爺の居る公園へ向かった。


 勝利の報告……というか、正直ボッコボコのボコにされるかと思っていた俺は「やった~! 勝っちゃった~っ!」なんて心持で、スキップを抑えながら赴いたのである。


「なんじゃ、(オウガ)……ニヤつきおってからに」


 表情は隠しきれなかったようだけど。


「俺の拳が唸ったわけだよ、爺さん!」


 俺はいつも通り自販機で買ったお茶を南無爺に。

 さて、ベンチで俺の勇姿を語ろう、と思っていたが南無爺はお茶をポケットに入れるなりベンチから離れた。

 向かうは公園の端、「輝夜神社跡地」と掘られた石の柱だった。


「そうか」


 たった三文字の感想を口にしながら柱を倒し、現れた暗闇に身を沈めていく南無爺。

 今日は懐中電灯の光を灯すと、ぼっ立ちで眉ハの字の俺に「ついて来い」と手招きした。


 謎の通路は相変わらず埃臭く、懐中電灯の光の中は濁っている。


「なんかご褒美でもあんの?」


 沈黙できなかった俺の茶化しに「ああ、そうだな」と南無爺は穏やかに返した。

 それにしては物々しい雰囲気であるが。


 百メートルは歩いただろうか。

 鉄の両扉が見えて、南無爺はその中心の南京錠を難なく開いた。


 光が照らすその先から、封じられていたであろう鼻を突き刺す科学の臭いが鼻だけでなく眼球さえ突き刺した。

 瞬かせながら照らされた品々を一つ一つ確認する。


 胎児の標本や薬品ビン、虫の羽を持った小さな人型ミイラ。

 半分中身がはみ出した木目色のアンティークラジオ、古めかしい表紙が並ぶ本棚に木彫りの像、机の上に開かれたページは魔法陣などが描かれていた。


 南無爺は怪しげな物品でところ狭しとなっている部屋、唯一のデスクから懐かしげに椅子を引き出し、ゆったりと腰をすえた。


「すまんかった……ワシが、輝夜雪舟じゃ」


「まあ、そうだろうなとは思ってたけど。爺さんは色々と詳しすぎるし……」


 五十年前の神社跡、延いては優月に今なお手を合わせる人間なんて、事情を知った身内くらいだろうし。

 驚きはなかった。

 むしろ驚いたのは南無爺のほうで、やや力の抜けた声で「そうか、そうか」とどこか胸を撫で下ろしたようだった。


 埃だらけのデスクから本を取り上げると中身を検めて俺に差し出す。


「これ、持っていけ。お前さんにやろう」


 受け取った本の表紙は西洋式のハードカバーで、凹凸はあるもののインクが剥げ落ちて読み取れなかった。相当古い。

 懐中電灯を借りて中を開くと、かろうじて読める日本語が書き連ねられていた。

 日記、だろうか。


「これは……?」


「煩悩大迷災の真実じゃ」


 南無爺――輝夜雪舟が身を縮める気配を感じながらも俺は流し読みする。


 輝夜家は古くから続く神社だったが、戦争で当主を失う。

 倒壊寸前の神社と、欲望に荒れた華武吹町の祭政を優月が押し付けられたのが、十五のとき。

 当然、義務教育さえ受けていない少女にそんな能力はなく、悪い大人達に利用され、評判は地に落ち、輝夜は次々に蝕まれていった。


 しばらくは胡散の香りに満ちた文字列が続いたが、ようやくその日が近づいて俺は文字を目で追い始めた。


 *


 一九六四年の夏。約五十年、正確には五十四年前。

 輝夜雪舟は、戦後復興に賑わう華武吹町で、人の欲望――意思的エネルギーが異常膨張していることを探知した。


 雪舟は人々に警鐘を鳴らすも、優月(いもうと)に祭政を押し付けた道楽神主として知られていた彼の話を信じる者はいなかった。

 ただ一人、梵能寺の純粋な若い坊主を除いて。


 若坊主は説法にて人の心を変えようと華武吹町住人に訴えたものの、人々は明日を生きることにさえ必死。

 聞く耳を持たずこれもまた成果は無かった。


 彼は一縷の望みをかけて寺から盗んだ明王像を雪舟に引き渡す。

 そして雪舟が作った怪しげな呪具『明王丹田帯』に一時は希望が見出されたが、そちらも適合者が見つからず。


 八方塞で二人が途方にくれる中、そいつ()は現れた。

 今まで俺が戦ってきた怪仏観音と同じく、突然に。


 その災厄。

 煩悩大迷災の真実。

 それは――怪仏観音の大量発生。


 つまり。

 馬頭観音ハヤグリーヴァ。

 十一面観音エーカダシャムカ。

 千手観音サハスラブジャ。

 その他にも観音が複数体、華武吹町に同時に出現していたという。


 故に、多くの人間は何があったのか……誤魔化しているのではなく、事実覚えていない。


 知ってのとおり、観音たちは救済を口にしながら破壊と暴力を繰り返し、絶望に塗りつぶしていった。

 まさしく地獄の沙汰が数週間続く。

 人々は欲望を、言い換えれば生きる気力を失いつつあった。


 その有様に、剣咲組、吉原遊郭、風祭タクシー、三瀬川病院、双葉コーポレーションは……とうとう音を上げた。


 そう、耐え忍んだのではない。

 屈したのだ。

 観音に。


 観音連中との間にどういった取引があったのかは、この手記からは定かではない。

 街の権限を握っていた優月に責任を押し付け、華武吹曼荼羅を刻み、閉じ込めた。

 そうやって、彼女が賢明に守ってきたものを全て奪った。


 観音に屈服し、優月を陥れ、権力者に成り代わった。


 その証が華武吹曼荼羅。

 その横暴が曼荼羅条約の本性である。


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