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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
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14. Fight or Flight-(3)

 赤羽根。


 明珠高校の暴力教師。

 俺の天敵。

 赤羽根・ジャスティス・正義。


「赤羽根えぇぇえッ!」


 ()()()()、てめぇか!

 

「てめぇか、てめぇか……てめぇかぁぁッ!」


 ロックオン、だ!


 俺はもう一度、右の拳を握り直し――たが、力がするりと抜けた。


 何で。

 身体が浮いている。

 ヤツの肘が鳩尾に食い込んでいた。


「がっ、は……!」


 錐もみ状態、顔面も打ちつけながら俺は再び泥水に塗れた。

 一方、ジャスティス・ウイング――赤羽根の背面には炎の両翼が燃え盛る。


「これ以上立ちはだかるのなら、俺は即身明王としてお前も……悪と見做すッ!」


「今更、即身明王だ、悪だ、よく言えるぜぇ……このザマでよ! 脳内麻薬どばどば垂らして、お前も真っ赤に燃やしてんだろ! なあ! 解りかけてんだろ、本心ってヤツをよ! てめえが何を着込もうが、何を名乗ろうが、一匹の男だってよおッ!」


 立ち上がった俺に包み隠さず舌打ちして、トドメを刺そうと近づいてくる。


 俺は、それに。

 起き上がりざま、またしてもブン投げた。

 地中に埋まっていた鉄の筒――スプリンクラーを。

 顔面に。


 ドッと重い音と共に赤い影が地面を背に倒れるのを見て、俺はなけなしの力でガッツポーズをとった。

 が、それも束の間、鉄の筒が投げ返され、これは紙一重でかわす。


「貴様ぁ……くだらないにも程がある……!」


「やっと泥つけてやれたぜ……」


 スプリンクラーが効いたのか、赤羽根のヒーロースーツの肩口も亀裂が入ってぼろぼろと崩れかけていた。

 歯を食いしばりながら、雨垂れに呼吸さえ苦しむ赤羽根。

 俺が思っていたよりも相当ガタがきていると見える。


「貴様のような一人でまっとうに戦うこともできずイカサマや偶然に縋る下賎には、即身明王の使命、重すぎる!」


「確かに俺は一人で怪仏に勝ったことは無ぇ! いっつも助けてもらってばっかりだ! だが一度背負ったモンを、誰かに押し付けたくはねぇ!」


 いや、俺のヒーロースーツの足元も同じく泥の中に溶け落ちていた。

 ガタ付き具合は……赤羽根のソレより厳しいだろう。


「お前が背負う必要はない! 何も知らぬ羊の群れに戻るがいい、そして平和を享受していろ!」


「わからず屋だな! 半分いいカッコさせろっつってんだよ……!」


 歩くたび、間合いが小さくなるたび、そして拳を突き出すたびに、ぼろぼろとパーツが失われていく。

 むき出しになる。

 脱げていく。


 半ばから、もはやいつもの俺と赤羽根、ただの殴り合いだった。


「一人で戦えたことすらないお前に、この宿命を背負わせるわけにいかないッ!」

「独りでしか戦ったことのねぇお前に、これ以上背負わせるわけにいかないッ!」


 刹那、赤羽根の表情に薄暗い、けれど柔らかいものが宿った。

 そして、それがヤツの核心だった。


「即身明王なんて……クソで拷問じみた宿命は、俺一人で十分だッ!」


 たぶん、これは俺の妄想で。

 後付なんだけれど。


 俺みたいに華武吹町が大嫌いなんだ。

 だけど、優月みたいに華武吹町を守りたいんだ、こいつ。

 それが「救ってくれ」と叫んでる。


 そんな気がした。


「解って脱げたじゃねえか、自己犠牲野郎ッ!」


 残るヒーロースーツは互いに右ストレートの、指先の、燃えカスの、残照のみ!

 俺も、赤羽根も、目を見開いて。


 脳内麻薬に踊らされるがままに、打ち放った。


「俺はお前を助けるためにここにいるんだ、倒れるわけにいかねえ!」


 それがどっちの言葉だったのか。


 意識が吹っ飛んでいた。

 時間も。


 気がついたら、雨の中で大の字になっていた。

 倒れたような気もする。

 というか倒れてる。

 それで大の字になっている。


 思考もぼんやり、ふわふわと揺蕩(たゆた)う。


 母さんは独りで辛い生活と戦ったのだろうか。

 オヤジは独りで何と戦ったのだろうか。


 俺は……独りじゃダメっぽいから、誰かの手を借りるよ。

 誰かを助けて、誰かに助けられることを選ぶよ。

 そうやって、一緒に生きていくことを選ぶよ。


 汚い部分も許して、受け入れて、混ざり合って……一緒に。


「禅……ッ!」


「ダメよ、手を出しちゃ……! まだ決着はついてないわ」


 優月とママの声。

 決着が、ついてない。


 そうか、赤羽根も同じ状態か。


 頭がくらくらする。

 全身が腫れぼったい。

 寒いし、気持ち悪い。

 でも、身体は動かせた。


 うつ伏せになって、腕を地面に立てて、足を伸ばして。

 必然的に、赤羽根が倒れながら雨に打たれているのを見下ろした。


 ハッキリしない頭の中、俺は赤羽根を悔しがらせるための勝利宣言をした、つもりだった。


「俺は弱っちくてやられっぱなしだからよ……立ち上がるのは慣れてんだ」


「そうかよ」


 それは、明珠高校の教師というにはあまりにもぶっきらぼうな返答だった。

 俺は手を伸ばす。


「お前を、助けにきた。俺は正義のヒーローじゃないけど」


「そうかよ」


 もう一度、同じように。

 あまりにもぶっきらぼうな、赤羽根・ジャスティス・正義としての返答だった。


 俺は掴んだ腕を、引き上げる。


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