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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
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07. 正しい街

「さっさと道をあけろ!」


 ネオン街の通りが張り詰めていた。

 髪飾りを強奪し損ねた犯人の男は、女の子にナイフを突きつけ興奮状態で叫んでいる。


 女の子――俺の目の前にちょくちょく現れるあの黒いワンピースの子だ。

 南無爺の前に立ち、彼を怯えさせていたあの……。

 人質にされている今でさえ眉一つ動かさず人形のようにじっとしている。


 だからこそ俺は、どちらかというとその女の子と睨み合っている状態だった。


「聞こえねえのか!」


 そりゃあ、犯人が声を荒げるわけだ。


 答えたのはジャスティス・ウイングのほうだった。


限定解除(アンシール)三鈷剣(ヴァジュラソード)


 ふいに腕を掲げたかと思うと、空を切る音を立てて振り下ろす。

 その手には炎が揺らめく剣が握られていた。


 見たことがある形状。

 三つの鍵爪――まさしく先日画像検索で見た、不動明王が掲げるような燃える三鈷剣だった。

 それが犯人への回答、ということらしい。


「ぐ、ぐぬうおおお! このガキがどうなってもいいんだな!」


「お、おい! あんま刺激すんな!」


 ジャスティス・ウイングは俺なんて視界に入っていないと言わんばかりに剣を構えにじり寄る。

 やれるものならやってみろ、そのあと切り刻んでやる、そんな風に。

 対する犯人、どんどんと唸りを大きくして興奮と混乱状態だ。


 ええい、どうしてくれんだ!


「ぬ、うううぅ!」


 男の手が震え、少女の首に銀色の光が密着する。


 やる気だ!

 もうあいつにまかせてらんねえ!

 頭に血が上って、身体が熱くなって、その熱がそのまま放出された。

 刹那、黒い炎が破裂するように周囲を包み。衝撃波に男のみならず、周囲の野次馬達にも圧は叩きつけられよろめいた。


 隙を見たかジャスティス・ウイングが男の間合いに飛び込み、それを見て俺は、やるじゃねえか! なんて……連携に多少の親近感を覚えていた。

 すぐさま間違いだったと気づかされる。


 一閃。


「んぐはっ!」


 二閃。


「うぅッ!」


 少女が解放され、ナイフが男の手から離れ――ばらばらと小さな塊が降っていた。

 なんだこりゃ。


「二度と悪事は働かせん」


 よく見慣れた肌色で指先ほどの……指先。

 男の、親指以外の指がそれぞれ赤い軌道を描いて無残に転がっていた。


 斬った。

 斬ったのか、こいつ。

 ……マジかよ。


「ぎゃあああああああぁぁぁッ! 俺の、俺の指いぃいーッ!」


 つんざくような悲鳴が上がり、野次馬達から……喝采が起こった。

 男は血だまりに膝をついて絶叫し、まわりはやんやと楽しそうに盛り上がる。


「さすがジャスティス・ウイングだ!」


「きゃーっ! かっこいい!」


「悪を挫く正義のヒーローだ!」


 なんで……。

 痛みに苦しんでいる人間を囲んで笑っていられるんだ。


 そりゃ、この男は犯罪に手を染めただろうけれど。

 その様を見て安心したり、ましてやにこにこ喜ぶって……。


「おい、おっさん! 救急車呼ぶからな! しっかり傷口押さえてろよ!」


 蹲る男に駆け寄ると、一瞬静まり返って、俺さえ軽蔑の目が降り注ぐ。


「ジャスティス・ウイングの足引っ張ってるよ」


「騒ぎを大きくするだけだよなあ」


「……あいつ、悪者の味方なんじゃない?」


 ジャスティス・ウイングへの賞賛に混ざって、ひそひそとボンノウガーに対する侮蔑の言葉が這い回っていた。

 これだから華武吹町は……。

 これだから……こんな街……!


「どきな!」


 そう思っているうちにド派手な色合いが視界に飛び込んできて俺は突き飛ばされていた。


 なんだなんだ、暴力か!?

 頭を上げるとお蝶さんが胸元から御簾紙を引き出し、男の手に押し当てているところだった。


「運がよければくっつくよ、頑張りな! あんた、指拾って!」


「あ、はい!」


 言われるがままさらにあちこちにちらばった指を拾い集める。

 お蝶さんはびびることもなく、それらも御簾紙の中に包んだ。


 遠くからサイレンが近づいてくる。

 残念ながら救急車ではなく、俺がアレルギーを持っているパトカーの方だ。


 早くずらからなければ。

 自分に出来ることは他に……。


 目に付いたのは、俺を恨みがましそうに見上げていた黒いワンピースの女の子。

 首には一筋の赤い線が。

 もしかして、俺が衝撃波を飛ばしたときに男のナイフが当たっちゃったとか!?


「あ、大丈夫!? ご、ごめんなっ!」


 女の子は首を押さえ、その指先を確かめる。

 普通だったらパニックになってもおかしくない状況で、彼女はつまらなさそうに溜息をついて、なんと何事もなかったかのように人垣の間に入っていった。

 付き添いの大人を探すでもなく。


 あの女の子はネオンが輝く歓楽街を、ひとりでうろうろしていたというのだろうか。

 いつもあんな感じだけど、親は何やってんだ?

 危なくないのか?


 疑問が沸き立つも、すぐ後ろでサイレンの音が響いたのを聞いて俺はバックステップで路地裏にフェードアウトした。

 あとはお蝶さんが何とかしてくれんだろ。


「――おい」


 同じく警察沙汰に巻き込まれたくないのだろう。

 ジャスティス・ウイングは路地の暗がりで腕を組み、背中を壁に預けていた。

 ちっ、気障な姿勢が似合いやがる。


「悪党に情けをかけるとは……簡単に情けを見せ軟弱な貴様に即身明王は勤まらん」


「またそれ? 即身明王だかなんだか知らねぇけど、苦しんでるヤツを見て楽しい気分にゃなれねぇんだよ!」


「悪事を働けなくしてやったまでだ。そもそも如意の制御も大雑把なお前には出来ない芸当だろう。悪の消滅、心の安寧、真の救済。それをもたらす者こそが法であり正義。現に俺への期待や信仰のエネルギーは日々高まっている」


 事実がどうだなんて、静かに怒りがモヤつき続けていた俺の頭には浸透しなかった。

 ただ、そのモヤった感情を言葉に乗っけてぶつけるしか出来なかった。


「期待も信仰も正義も関係あるか! ヒーローってのはな――!」


「やかましい、ヒーローとは――!」


 俺とジャスティス・ウイングの言葉が重なる。


「助けを求めてるヤツを救うことだ!」

「完膚なきまでに悪を挫くことだ!」


 互い視線上で火花が散ったような気がした。

 現に、気迫が赤と黒の炎となってぶつかり合い、相殺しあい、背後の壁に亀裂を走らせた。


「……度し難い阿呆が適合者となってしまったようだな」


 ジャスティス・ウイングはそう吐き捨て冷めた様子で肩をすくめたかと思うと、熱のこもった速さで俺に指を突きつける。


「これ以上、余計な手出しをされてはかなわない。今週末、土曜の夜に……そうだな、明珠高校の校庭に来い。貴様には力の差を教えてやる」


 それはそれは、見事な宣戦布告、決闘の申し込みであった。


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