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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
77/209

06. Tokyo OIRAN Parade

 即身明王。

 結局、ジャスティス・ウイングの正体はわからなかったものの、代わりに手に入れた情報。


 何日かその言葉を信用どころに聞いて回ったものの、沙羅はあっさり「お金にならなさそう。興味ない」と言うし、白澤先生は「それ何話のフォルム?」と会話にならないし。

 アキラは最近見ないがこっちから捕まえることが出来ないようなのでさておきで、風祭さんは前回の忠告である好奇心猫を殺すをさらに強めて「猫が死んじゃうねえ」と釘をさしてきた。


 最有力候補のママとは後のバイトで会う予定がある。

 それ以外であれば……。


「あとはお蝶さんくらいか……」


 二丁目の花魁クラブへ向かっていけば、さんざめく()()()()の音とテクノロックの曲。

 通りに出てみれば、花魁クラブ名物の花魁道中パレードが始まっていた。

 いわゆる観光客向けにクラブのキャバ嬢や店員が吉原文化を再現、現代風アレンジした宣伝だ。


 本物のそれよりもずっと騒がしいサイバーカラーで彩られているが、夜の華武吹町、乱痴気色のネオンにはギラついているくらいが丁度良い。


 通りの両脇ではカメラを構えて歓声を上げる人々。

 中央には一本花魁道中の並び。

 彼らをとりまく銀紙のひらめきに、華武吹町が照り返す。


 先頭を行くは錫杖(しゃくじょう)を鳴らす箱提灯持ち、それから禿(かむろ)と呼ばれるおかっぱの娘たち、そして列の中央には三本歯の高い黒塗り下駄で、ゆるやかに足を進める天女さながらの花魁――お蝶さん。


 今の六月は花札でいう猪鹿蝶の《蝶》の季節。

 お蝶さんの髪には豪奢な飾りも花は耀(かがよ)う牡丹、櫛は黄金蝶が絢爛に飾られていた。


 さすが売れっ子キャバ嬢だ。

 店の裏口でタバコをプカプカやりながらダベっている姿なんて想像が出来ない優美なお姿だ。

 今日はそんな風に話を聞ける状況じゃないだろう。


 背伸びしながら覗き込んでいた俺の前、まさしく障害物だった中年男が外国人の女に自慢げに言う。


「見てごらん、ジェニー。あの髪飾りは本物のルビーと金で出来ているんだよ」


「スゴいネ、シャッチョサン! ワタシにも買てヨ!」


 青赤緑と飴玉のような宝石が鎮座した指輪をぎらつかせたシャッチョサンは、女の肩を抱きながら「あ、あ……い、いつか、な!」と言葉を濁した。


 オモチャみたいな指輪まとめて売っても届かない。

 あの《牡丹に蝶》はそれほどの値……か。


 にも関わらず警備の類などは無い。

 物々しい雰囲気を醸さないためだろう。

 これだけ人の目もあるし……。


「ま、大丈夫か」


 と思った矢先だった。


 ゥゥーン……。

 動物の唸り声にしては平坦な音が、花魁道中の後ろから響いてきていた。

 黒いハイエースカーだった。


 ――。


 ざわめきが走ったとき、事態は起こっていた。


 後方の人垣や新造役を引き倒しながらハイエースは花魁道中に突っ込んでくる。

 悲鳴が上がる。

 お蝶さんが手を置いていた若い男を轢き飛ばしてスピードを緩めたと思うと、扉が開いて二本の腕がお蝶さんに伸びる。


「へっ!? きゃああああッ!」


 高い下駄を履いていたお蝶さんは抵抗するべくもなく車に吸い込まれ、ドアが閉まる。

 ナンバーを隠したハイエースはそのまま路地を登っていった。


 お蝶さんを誘拐!?

 髪飾り目当てか……!

 そういうことなんで、ベルトちゃん!


 きゅるきゅると返事があり、ワンツーステップで人目のない裏路地の暗がりに入る。

 一瞬でヒーロースーツ装着し、花魁道中の中に躍り出た。

 ボンノウガーの登場にどよめきと、都合の良い安堵の感嘆、それからシャッチョさんの声が投げ込まれる。


「は、早くおいかけろ! 車が花魁を誘拐して――」


「わかってるっつーの、やるっつの」


「シャッチョさん、ソノヒト、チマキで有名(うーめー)なセクシャルブッダキラー、ボンノウガーね!」


「うっせ! 変なあだ名つけるな!」


 通りの先には暴走しながら一本道を走っているハイエースが見えた。

 当然、ヒーロースーツの力で、だけど。


 走れば追いつきそうだがもっと速く止めるなら何かブン投げて……。

 何か、何か……。


「これ貸して!」


「えっ」


 先頭の男が持っていた錫杖を半ば強引に奪って、方向を定めながら手の中で回し重さや長さを確かめる。

 タイヤをやられるとどれだけドライブが楽しくなくなるか身をもって勉強させてもらったばかりだ。


 指先、腕、肩、上半身、下半身。

 綿密な体重移動の末に発射された錫杖は人の間を縫い、件のハイエース右後輪に――着弾。

 車体は大きく揺れ、やがて自動販売機に激突、横倒しになった。


 おお、と見物人から声が上がって俺は、一件落着といい気になっていた。


 しかし、いまや天井となったドアが開いて黒尽くめの男が出てくる。

 口に赤い牡丹の髪飾りを咥えて。

 この期に及んで足で逃げるとは――!


 車に距離を詰めた俺は黒尽くめの男に身体を向けていたが――車から上がる白い煙が目に入って咄嗟に方向転換。

 もう一人、運転手役だろう同じく黒尽くめの男が車内から這い出てくるのを横目に、後部座席を覗き込む。


「お蝶さん!」


 窓の上で重そうな着物を引きずり上体を起こした乱れ髪の花魁に手を伸ばした。


「う……ぃってえ……」


「手、掴んで!」


「ん……? アンタ……」


 目を丸くしたお蝶さん。

 しかし運転席から迫る白煙に気がついて「ひいぃ」と声を漏らしながら、すぐに引き上げてくれと言わんばかりに両手を突き出した。


 両手を掴んで難なく引き上げたが、彼女自身の体重に着物まで含まれてそれなりの重さ。

 これ着て街を練り歩くのか。そりゃ重労働だ。

 車内には他に人影は無く、お蝶さんを路上に下ろして、今度こそ一件落着――


「アンタ、髪飾り! 《牡丹に蝶》を!」


 あ、そうだった!

 確かすぐそこの路地裏に入っていったはずで……!


「……っ!」


 顔を向けたときには決着がついていた。


 暗がりの中、ネオンの光の下に出てくる赤い影。

 沸き立つ黄色い声と拍手。

 片手には《牡丹に蝶》、もう片手で脱力した黒尽くめの犯人を引きずっている。

 ――ジャスティス・ウイング!


「見物させてもらったが、お前のやり方は随分と手荒だな」


 相変わらず高慢な言い草だった。


 《牡丹に蝶》はジャスティス・ウイングの手から緩やかな弧を描きするりとお蝶さんの両手の中へ。

 一方、男は地面に叩きつけられる。

 その視線は鷹のように、逃亡経路を人垣に阻まれていたもう一人の誘拐犯を次の獲物として捕らえた。


「てっめー……! 車から煙出てたのに、人の命ほったらかして見てやがったのか……!」


「モノは言い様だな、悪鬼め。その事故はお前のせいだろ」


「何を偉そうな――」


 ボッ。

 ドラムのような音が一つ、内臓を震わせる。

 振り向いてみれば、ハイエースが赤々と炎を上げていた。


「そういうことだ」


「く……」


 確かに事故は俺のせいかもしんないけど……!

 けど……!


 くそ、言葉も理屈も出てこなくて上手に言い返せねぇ……!


「で、お前はどうするんだ」


 ジャスティス・ウイングの声は俺ではなく、遠く投げかけられた。

 もう一人の黒尽くめ犯人はマスクとサングラスで顔はわからないが女子供ではないのは明らかだ。


 刃先が震える小さなナイフを突き出した男の周りだけが、さーっと開いていく。


「ち、近づくんじゃねえ……! 道をあけろ!」


 男がナイフを振り回すとさらに間が開く。

 ……が、引いた人の波にぽつんと取り残された小さな輪郭を見て俺はぎょっとした。


 あの子だ。

 梵能寺や南無爺のところに現れた黒いワンピースの女の子。

 十歳くらいでボリュームたっぷりの黒いストレートヘアに白い肌。日本人形みたいな……。


 そんな回想のうちに男は女の子に腕を絡め彼女の喉元にナイフを当てていた。


「お前らも近づくと……このガキの首にブッ刺すぞ!」


 女の子は状況を飲み込めていないのか……正直俺にはまるで彼女にとってどうとでもないことのように感じられているのかと思えたが、ともかく表情一つ変えず抵抗するでもない。それこそ人形のように無表情無抵抗だった。


 それも含めて、はてさてどうしたものか。

 俺は押し殺した声で、高慢なヒーロー様にご意見をお伺いする。


「おい、どうすんだよ……!」


 俺の問いに、ジャスティス・ウイングはこう答え、俺はさらに判断に戸惑う。


「正義に犠牲はつきものだ」


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