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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
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05. ながめせしまに魔に降られ

 翌日は水滴が窓を叩く音と冷え込みで気だるく目覚める、そんな豪雨の朝だった。


「よりによって一時限目が赤羽根だっつーのに!」


 寝坊してびしょ濡れのまま廊下に小さな水溜りを作りながら走る。

 なんとか授業開始の本鈴終了に着席できるだろうと希望を見出し、角を曲がったその先だった。

 くたびれたシャツの上に赤いジャージ、正眼に構えた竹刀。

 赤羽根……ッ!


「げェッ!」


「廊下を走るな、鳴滝」


 選択肢、一。急停止してご挨拶。

 その前にやられる。


 選択肢、二。スライディング土下座。

 その前にやられる。


 選択肢、三。こちらも物理攻撃で応戦。

 その前にやられる。


 今の俺に出来るのは全力の回避ッ!

 致命傷の回避だ!

 俺はそのまま横を通り抜けようと赤羽根に向かいながら、天井に当たる覚悟で廊下を思い切り蹴り――竹刀の一閃を通り抜けた。


 身体にインパクトは走ったが、ダメージは――無いっ!


 いつもは冷たい赤羽根の眼光がはっと見開いた。

 してやったりだ。


「へへ、ざまあ見ろ暴力教師!」


 チャイムの最後の一音が消えゆくと同時に教室後方のスライドドアを開け――俺の足はもつれて勢い良く頭から教室に滑り込む。

 なんだなんだと振り返り見れば、俺のズボンはずり落ちて尻にはパンダパンダと可愛い柄が全開となっていた。


「きゃああああぁぁァアアアッ!」


 ちなみに、これは俺の悲鳴。

 クラスメイトは男子も女子もいつも通り顔面いっぱいに「またか」と書いてすぐに姿勢を正面向きに正した。

 赤ジャージが教壇に立つ。


「そこのバカ以外はホームルームに引き続き全員いるな。そこのバカ以外は出席とする」


「『そこの』の時点で居るって認識してんじゃんかよッ!」


 慌ててズボンを持ち上げるも、ズボンを押さえているほうのベルトバックルの金具が壊れていて、よちよちと席に辿り着く。

 そんな可哀想な被害者の俺に、加害者の赤羽根が呆れた眼差しを向けていた。


「何をやってるんだ、鳴滝」


「てめぇがピンポイントで大事な金具をブッ壊したんだろ!」


「どうりで想像以上にピンピンしているわけだ。じゃあ手が滑った」


「てめえ、ベルトのバックルが壊れる威力で俺に竹刀振り回したってこと!? その上、じゃあって何だよ、じゃあって――」


 ――ん?

 手が滑った?

 赤羽根が俺を仕留め損なった?


 俺含めて教室内の空気がギクシャクと錆付いた。

 当の本人はその空気に気が付かずか――それも妙なのだが――出席簿にチェックを入れると、早速チョークを構える。


「また異端分子のせいで時間を無駄にした。教科書を開け、二十六ページだ」


 錆付く中でさわさわ、と紙の捲くれる音がする。

 遅れて、ざわざわ、と声が波打つ。


「あ、間違えた。三十ページだ」


 さらにざわめく教室。


 間違えた?

 完璧超人の赤羽根が……?

 ロボット説さえ浮上している精密機械並みの赤羽根・ジャスティス・正義が?


 だが赤羽根はそれ以上言葉を差し挟むことなくいつも通りに黒板にチョークを打ち鳴らした。

 そのチョーク、赤で見づらいんだけど。


 異常事態だ。

 赤羽根の後頭部を睨みつける。


「湿気で壊れちゃったのか……?」


 いつもの赤羽根なら、俺の嫌味にも耳ざとく反応してチョークが打ち込んでもおかしくないはずだった。

 だがそれも貫禄のスルー。

 文字色はともかくパソコンフォントのように精密な文字で英語の文法を書き連ねていく。


 よく見ればジャージの下からワイシャツの裾もはみ出ているし、頭もボサついてだらしない印象。

 沸点も低く、俺に対する攻撃も初手にしてはいささか強烈、手加減が出来ていなかった。

 具体的にどうおかしいのかはわからない。

 雰囲気が、変だ。劣化している。

 陽子が前を見たまま俺のほうに傾き、耳打ちする。


「赤羽根、元気ないな。悩み事でもあるんのかな」


「むしろ出力間違ってるっつうか……金属を破壊するレベルで竹刀振り回すかよ、普通」


 股間の辺りを押さえながら着座。

 両手を机の上に置けば前はだらしなく開かれるのだが幸いにして、俺はパンツを露出し慣れている。

 大丈夫だ、全く問題ない。


「もしかしてさ彼女とか嫁さんに出て行かれちゃったのかな……」


「そもそもあんな人間に女が寄ってくるわけないだろ。万が一いたとして、それで動揺するようなヤツじゃねえよ」


「でも……寺に女のヒト逃げてくるんだけど、その人追っかけてくる『うちの誰ソレが世話になってませんか』ってぼろぼろになった男のヒトと……同じ気配がする」


「江戸時代か」


 今は昔、夫を選べぬ妻が尼になることで嫁ぎ先との縁を切ることから、駆け込み寺という言葉があったとかなんとか。

 現代でそれが起きているなんて、男女の縺れが日常茶飯事な華武吹町ならではだろう、多分。そうだといいけど。


 ただ一つ言えることは。

 学力学年最下位の陽子ですら赤羽根の変調を感じている、それすなわち誰とて異常事態に気が付いているということだ。

 本人以外は。

 つまり、今の赤羽根は陽子以下……ということになる。


 機械(あかばね)の故障。

 予報ではしばらく続くらしい土砂降り。

 窓の外では暗雲は鉛色、遠雷が響いている。


 初夏の訪れと言うにはあまりにもおどろおどろしい。

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