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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
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04. 君の顔に宿るもの

 再び曇天が訪れて、陽子オンステージも雨天打ち切りで帰路につく。

 わかったことを俺なりに噛み砕いて陽子にも話してやると、彼女は「うっわ……」と不快感を露にして、優月に同情的だった。


「その巫女さん、殺されたも同然じゃないか……兄貴やベルトが災厄をなんとかしてくれるって待ってたんだろうな……」


 俺も陽子も家族に恵まれたほうではなかった。

 だからこそ仲のいい兄弟には憧憬があるし、身内を贄にされたという話はゾッとするものがある。

 俺の場合だったら妹っていうと……そうだな、陽子を贄にされたようなもんなんだろう。

 頭がおかしくなっちまいそうだ。


 そして当事者の優月は、ついこの間でさえ自ら犠牲になって丸く治めようとした。

 本当は、泣きたくなるほど逃げ出したいくせに。

 もしかしたら五十年前もあんな感じで、怖くて悲しいのに、強がって一人で背負ってしまったのかもしれない。

 口先はああだし、偉そうなんだけど……それも強い責任感の裏返しっぽいし。


「……禅兄って、そういう顔するんだ」


 突然に横入りした言葉。

 傘のツバを持ち上げた陽子が仰ぎ見ていた。

 愛らしい丸みが並んだその顔を見て、自身の面の筋肉がばりばりとほぐれるのを感じた。


「あれ……どういう顔してた?」


 俺はすぐさま聞き返し、陽子は幼く口を尖らせて答える。


「おっかない顔。明王様の忿怒相(ふんぬそう)ってヤツかな」


 思わず携帯電話で検索する。

 映し出されたのはどれも恐ろしく目を見開き睨んでいる顔だった。

 概ね、それらは不動明王で、手には鍵爪の装飾がついている剣と縄。

 なかなかおっかない性癖だな。


 陽子の解説によれば、降魔の三鈷剣により悪を切り裂き、縄で悪を縛り上げる。

 武力によって仏道に導くことから、不動明王はこんな表情をしているらしい。


「忿怒相は人の為に怒ってる顔だよ。もしかして……その巫女さんの為?」


「えっ」


「それって……なんか、嫉妬しちゃうんだけどなあ……」


 ちらりと刺さる上目遣いに、一瞬だけ魔性が宿る。

 大人マン宣言後、陽子が時折見せるようになった色っぽい表情は、ギャップにとことん弱い俺の脳内アーカイブ (主に深夜用)に突き刺さった。

 そろそろチッス以上の、エロい事故が起きても良いのではないか……なんて考えてしまう。


 蠱惑的な不意打ちにか、アーカイブ保存への気まずさか、陽子と優月を今なお天秤にかけている罪悪感か、はたまたその全てか。

 俺は開口したまま体内から押し出された冷や汗をだらだらと流していた。


「そんなこと……ない、よお?」


 相も変わらず、微妙に噛み合わない言い訳をする俺。

 勝手にたじろいでいるそんな醜態を見てか、陽子の魔性は掻き消えいつものカラっとした笑顔で答える。


「なんてな、ちょっと困らせたかっただけ! 騙されてやんの! 禅兄ってば案外単純なんだな」


 陽子は話題を切り替えてついさっき開かれたリサイタルの様子を熱弁し始める。

 すっかり少女の顔で。

 だから俺も、いつもどおり()()の調子に戻ることにした。


「そしたらさ、おっさんたち、めっちゃ喜んでくれてたんだぜ! いつもばっちゃ相手だったから、アタシも嬉しいな! 注目されんのは、ちょっと恥ずかしかったけど」


「どーせ、スカートの中でも覗いてたんじゃねえの?」


「まさかあ! どっかの変態ヒーローじゃないんだから!」


「おうおう、その話まだ引っ張るのか!」


「にひひ、うそだよっ!」


 そうしてまた鼻歌が始まった。


 雨で沈んでいたホームレスたちの心を見事救い上げた陽子というヒーローは、大それた主張もせずに今度は俺を救い上げてくれる。

 太陽みたいな女の子。

 ヒーローっていうよりも、アイドルだな。

 そんなこと口にするのはちょっと気恥ずかしいけれど。


 陽子の歌謡曲や昭和アイドルへの熱弁が続く中、ふと二車線道路の向こう、本屋の軒下によく知った影が見えて俺は足を止めていた。


 目に付いたのは「LOVE&LIVE」とプリントされたダサいトートバッグ、そしてそれを肩にかけてた優月の姿だった。

 傘を持たず雨に足止めされて、右見て左見て、コース確認。


「禅兄、どしたの?」


「件の巫女さんがあそこに……」


 指差すと陽子は「あっ」と声を漏らした。

 優月はトートバッグを胸に抱え、小走りで軒先から……ヨーイ、ドンと飛び出していた。

 望粋荘までだいぶ距離があるというのに。


 何をしているんだか。

 誰かを頼るってことを知らんのか、あいつは。

 丁度目の前の横断歩道が青信号を点滅させていた。


 ああ、もうしょうがねえ!


「陽子、俺こっち行くから! お前もじっちゃ怒らせないように真っ直ぐ帰れよ!」


「ちょっと……! 禅兄!」


 陽子の声を背で聞きつつ、そのまま横断歩道を渡り、トートバッグを抱えて走る優月の横に並ぶ。

 彼女は電気でも流されたかのように身体を跳ね上がらせ警戒の眼差しを振り上げた。


 それがなんだか懐かしい気がして。

 そうだ、初めて会った夜もこんな感じだった。

 分厚く警戒していて、そのくせ騙されやすくて。


 でも今は。

 どれだけ進展があったかなんて俺にはわからないけれど、優月は胸を撫で下ろし、少なくとも安堵と言える表情を浮かべる。


「驚いた……禅か」


「こんな天気で傘持ってない人が見えたもんだから、つい」


「嫌味か?」


「滅相もない」


 気が付けば相合傘で歩き出していた。

 そもそも優月は相合傘に特別なイメージを持っていない模様。

 さすがに俺もいつもより近いというだけで――冷たい雨に叩きつけられて桃色になっている胸元を覗き込むにはいいアングルだな、これが相合傘の醍醐味か! と思うくらいで。


 何かを察知したのかちらりと鋭い視線を上げてきた優月に俺は口下手テンプレそのままに天気の話なんかを始めていた。


「ここのとこずっと雨だな。天気予報ではこれから何日も雨が降るって――」


 あれ、五十年前って天気予報あったか?

 ましてや優月は神社の巫女さんで……。

 悪いこと言っちゃったかな。


「部屋のテレビでたまに見る。今日は晴れ間に横着しただけだ」


「お、おお……そっか」


「……そういうのは、いい。大丈夫。むしろ教えて、欲しい……みんないつも使ってる、小さいやつとか」


 優月は俺や珍宝が携帯電話を取り出すたびに目をギラつかせていたな……。

 そして珍宝に「優月さんにはまだ早いっす」とあしらわれていた。

 うらやましいのかもしれない。


 ちょっと自慢してからかおう、それで空気をかえよう。

 胸ポケットから携帯電話を取り出すと同時に、赤いものがぽろりと落ちる。

 なんと、優月がそのままキャッチした。

 前々から思っていたが、なかなか運動神経が良いな。


 だが、それ――赤いお守りを見て優月の足が止め、突き出してくる。


「輝夜神社……こんなもの、何故お前が持ってる」


「えぇー?」


 おっと、この聞き方。

 優月が俺のことを、実は超心配してドキドキしながら密かに持たせてくれたモノじゃない?

 違うの?

 本当に?

 本当に……!?


 ……じゃあ、コレはまた別の誰かのものってことか。

 聞きまわって特に持ち主が見つからないようなら、先公にでも預けておくか。

 再びお守りはポケットに。


 その時だ。

 視界が明るくなり、「あっ雷か」と思ってすぐ轟音が鳴り響いていた。

 かなり近いな。

 近い。

 優月との距離も。

 というか、抱きついていた。

 いや、俺を盾にするが如く、学ランの中に入ろうとしていた。


「ええと、もしかして……雷怖い人?」


 またおちょくり甲斐のあるネタが出来た、なんて思っていた俺だが顔を上げた優月はあの夜の泣き顔と一緒だった。


 エロい。

 これは虐め甲斐が――。


「……空襲かと」


「え……」


「すまない、よく覚えていないが、こういう大きい音が苦手で……」


 そしてはらはらと頬に涙が落ちる。


 そりゃあ……まあ。

 怖いわ。

 どんぶり勘定で逆算すれば、戦争中。優月は小さかったなりに覚えているはずだ。


 蝉爆弾とか冗談半分で言っているのとはワケが違う、本物のトラウマだ。

 震える腕に締め付けられるうちにもう一つ稲光は落ちる。


「っん……すまない、悪い……ご、ごめんなさいぃ……今落ち着く、大丈夫」


「まあまあダメじゃん」


 ちらちら刺さる通行人の視線。

 あまりの気の毒さ。

 バツの悪さ。

 これはさすがに虐められねぇわ……。


 下心が差し挟まる隙もなく、背中に手を添えて三、四歳の優月をあやす様に叩いた。


 傘を上げて雲の分厚さを見やる。

 まだ唸りを上げて、雷雨はこれからが本番って雰囲気だった。


「あれ……」


 視界に見覚えのある罰当たりなブタ――ブッターさんが入り込んで、無意識にピントが合った。

 車道を挟んで向こう側、看板からちらりとはみ出したブッターさんの傘を持つセーラー服。

 首をかしげていると、その目立つ傘は小走りになって路の先を急ぐ。


「陽子……?」


 こっちの道じゃ、ないよな……?

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