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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第四鐘 真赤な煩悩
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03. 即身明王計画

 俺達が公園につく頃には空に大きな切れ間が出来ており、美空を覗かせていた。


 ふと、陽子は上機嫌に歌っていた鼻歌を中断した。公園の様子を見てだろう。


 丁度、ダンボールの家からボロをまとった男たちが出てきたところで、公園遊具にそれぞれの洗濯物を干しなおしたりブルーシートの雨水を掃ったりと、公園風景は活気付きながらも落胆の声に溢れていた。


 同じく顔を出した南無爺。

 俺の顔を見て表情を変えずに溜息だか鼻息だかを一つ、顎をしゃくっていつものベンチを示した。

 近くの自販機で買ったお茶のペットボトルを南無爺に渡し、言われるがままベンチに横並びに座る。

 俺は炭酸ジュースの蓋を開く。


 何度かこうして足を運んでいたが、核心に迫る話は心の整理がつくまでもう少し待ってくれと断られてしまった。

 のらりくらりと断られているような気もしないでもないが、俺はしつこく通い続けている。


 クレバーな俺がそこまで執着するのにはワケがある。

 現代社会では絶滅したと想われていた巫女属性を優月が隠し持っていたという事実に俺が夜な夜などんなにフィーバーしているか、最早説明不要。

 ことの全貌を掘り返せば、お宝情報もあるのではないかと期待は募るばかり。


 そんな俺の内心を知る由も無く、最初は遠慮していた南無爺もこうしてベンチに並んで世間話する程度には心を開いてくれた。


「雨、すごかったなあ」


「ワシらには死活問題じゃ……」


 陽子はというと最初は好奇と警戒の目で見られていたものの、人懐っこい性格と快活な笑顔からすぐに心の荒んだおっさんたちのハートを鷲掴みしたようで、いつもは三人組がカップ酒を傾けていたテーブルにオンステージ。

 間違いなくばっちゃの趣味で仕込まれたであろう陽子の歌謡曲は花の女子高生十七歳とは思えないこぶしを利かせており、古い曲を知っていることもあって、あっという間におっさんたちのアイドルだ。


「お嬢ちゃん、次はひばりちゃん歌ってくれよ!」


「いいぜ、たくさん知ってるよ!」


 水滴が太陽光を跳ね返す煌きの中に沸き立つ、陽子と野太い声の合唱を遠目に、南無爺は首を振りながら開口する。


(オウガ)よ、因果は人を束縛するものだ」


「人のことオウガオウガって悪者みたいに言いやがって……人の世の因果に縛られてないと、それこそ人じゃなくなっちゃうじゃん」


「そうか……だからこそ愛染はお前を選んで……」


 そこで言葉を切り上げた南無爺。

 なんか今日は弱腰だな。

 ジジイに無理させんのも粋じゃないから話題でも変えてやろう、そう思っていた矢先だった。


 南無爺は意を決したかのように一段と明瞭に言った。


「この街はお前が思っているよりも恐ろしい。覚悟はあるのか」


「ある! ありまくり! 教えてくれ、華武吹町の陰部を……!」


「暗部じゃ」


 優月並みにキレの良い訂正だった。


 南無爺はぼさぼさの白い髪と髭の間からしかめた顔を見せる。

 まずい、今の一発で確実に疑われている。


「というか……お前はそもそも、どうやってベルトに遭遇し適合したんじゃ……? 優月は持っていなかったのか? 騙して奪ったのか?」


「あ、え……いやっ、偶然っていうか……? 本当に何も知らなくて適合しちゃったみたいで? 騙してないっす!」


 ――ベルト目当てではッ!


 悲劇の運命を背負って生贄になった巫女を、ようやく目を覚ました彼女を、ラブホテルに連れ込んでメイドのコスプレ服を買ってそれがセーラー服で逆に俺が触手プレイを受け……なんて話を口の中で砕きながら、歯の隙間からすーすー呼吸している間にもどんどんと南無爺は目を見開いていく。

 少なくとも「なんか適当な言い訳」をすればいいものの、そのなんか適当なシチュエーションも浮かばず、俺は表情筋の運動を激しくさせるだけだった。


 変顔を次々に披露する俺から目を離さぬまま南無爺はお茶の蓋を開き、一口。

 息を吐くと「うむ、そうか」とひとりでに納得してくれた。

 助かった。


「すらすらと整合性のつく話が出てくるほうが怪しいわい。それにお前が適合しているのはまぎれもない事実じゃろうて」


「そう、事実だから!」


 こうして俺はまた優月を騙してラブホテルに連れ込んだ件に土を被せた。

 ふー、危ない危ない。


 閑話休題。


 追及の手が緩み、内心安堵でいっぱいな俺を他所に、南無爺は観念したのか軍手の両手を祈るように組んだ。


「丹田帯についてはすぐに話してやれそうじゃ。ジャスティス・ウイング……といったかのう。赤い(おおとり)……フェニックスの」


 俺が知りたいのは優月の弱み――もとい、俺がカッコつけるための材料だったが、まあどこかで繋がっているだろう。

 軽く相槌した。


「あやつこそ、不動明王の力を得た者じゃ」


「ま、十中八九そうだろうな」


 輝夜(かぐや)雪舟(せっしゅう)は梵能寺の愛染明王像と不動明王像で二つの変身ベルトを作った。

 愛染明王像は俺が持っているベルト、ボンノウガー。

 そして不動明王像は、ボンノウガーに似て非なるフォルムの――ジャスティス・ウイングとして装着者に変身能力を与える。


「で、あいつはどこの何者なんだ? あいつが言ってた即身明王ってなんだ?」


 渋く唸り「素性はわからん」と呟いた後、南無爺は「じゃが」と続けた。


「……即身明王というのは」


 そして、何度か口ごもりながらの長い説明に入った。


「戦後に作られた華武吹町じゃったが当時は行政が行き届かず、治安は最悪じゃった。明日を生き、飢えた子を養うため男は暴力で奪い、女は身体を売り、それもかなわず道端では大小新旧の死体も珍しくなく、誰もが懐に刃物を携えて歩く……そんな無法地帯となっていた。それでも表通りだけは賑やかでな。天国と地獄の背中合わせじゃった。そんな街だ、あらゆる欲求や欲望、負の意思的エネルギー――すなわち煩悩に塗れていたのは言うまでもない。まるで旧約聖書のソドムとゴモラじゃ」


 が、長いので要約するとこうだ。


 煩悩の過多に危機感を覚えていたオカルト神主の輝夜雪舟は、明王像を依代(よりしろ)として、呪具を作った。

 期待や欲求、時には信仰といったあらゆる意思的エネルギーを受け止め、意のままに操る神仏の力――《如意》を人間に授ける丹田帯だ。


 如意の力で街を守り、人を助けてくれてくれる明王様……そりゃあまさしく正義のヒーローを作ろうって話だ。


「即身明王……丹田帯は生きた明王を作り出す呪具じゃ」


 だが既に意思的エネルギー圧は重く、適合者が見つからぬまま煩悩大迷災は起こってしまい、鎮めるために優月が贄に選ばれた。


 ……と、同時に重大問題が発生する。

 そう、俺が出会ったとき既に優月と煩悩ベルトは()()()()()のだ。


「失態じゃった。愛染明王のベルトは誰にも適合反応を見せなかった。故に、雪舟は失敗作と思い込み、人目から隠すため妹巫女に預けていたが――共に封印されてしまった」


 優月は警戒心が強いくせに人の言うことを鵜呑みにする、あの性格だ。

 恐らく、雪舟(あに)の言いつけどおりベルトを手放さなかったのだろう。


 こうして煩悩大迷災は一時的に収束したが、根本的な問題――意思的エネルギー過多の解決になっておらず、ベルトの適合者探しは続く。

 その上……。


「一方のベルトが封印されてしまったゆえに、本来二人分であった使命は不動明王の適合者一人に背負わされることとなった」


 単純計算、二倍。

 その負荷を受け入れられるよう、ベルトは調整された。


「ただでさえワリに合わないのに、ノルマが倍は……キツすぎんだろ」


「そうじゃ。如意の制御は並みの精神と肉体ではかなわん。最終的には行き場を失った浮浪者が小金欲しさに名乗りを上げることになった……」


 不動明王のベルトは簡単に適合を許すも、その苛烈な意思的エネルギーの取り込みに人体がもたず、約三十年間で死者数十名、数え切れぬほどの廃人を出す。

 そんな中、選ばれたのが身寄りの無い一人の少年だった。


 少年は華武吹町出身の猛者に預けられ、即身明王としての修行に入った。


「そやつのその先は……ワシにはわからん」


「結局、正体は謎ってことか……」


 それがジャスティス・ウイング。

 正真正銘の即身明王。

 正真正銘のヒーロー。

 あのスカした鳥野郎が。


「あ、じゃが――」


 珍しく南無爺が顔をあげて声色を明るくした。

 長く暗い話は終わりだと思って休憩がてらにペットボトルのジュースを口にする。


「――その師匠は、荒ぶる猛牛を素手で殺したなぞとの逸話があったほどの猛者だったそうじゃ」


「ぐブッ」


 炭酸の液体を鼻から零し悶え咽る俺の横で、まったく心配する様子なく南無爺は寂しげに言葉を落とした。


「因果に縛られた者はこの地から離れることが出来ん……探してみてはどうじゃ」


「――オゥエッ! ゲェッほっ、がっは!」


 探すまでもない。

 俺は知っている。


 その男……いや、女はかつて《猛牛殺しの源三》と呼ばれていた。


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