02. みんなのヒーロー☆ジャスティス・ウイング!
本日の弁当。
ささみの梅しそ巻き、チーズ巻き、その他付け合せ。
健康にも良さそうだし、見た目にもバランスが良い。
何より味。
うまいっ! 最高ーっ!
そう、俺は最早当たり前のように陽子のばっちゃが作ってくれる弁当をアテにしていたのだ。
止めようと、断ろうと思った。
そりゃ精神攻撃系のババアの弁当を食うと後が怖いってわかってる。
でも、しょうがない。
俺、沙羅社長に結構な額の借金あるんだから!
机をくっつけて同じ内容の弁当を食べている陽子。
窓の外の土砂降り模様を吹き飛ばしかねない快活な笑みを浮かべ「やっぱ、ばっちゃの弁当うんめえな!」と綺麗な顔に似合わない言い草で箸を進めていた。
未だ大人の女性と言うには後一歩の陽子だが、俺のことを思い出したかのように「彼氏」と言うし、こうして昼食をとっているわけだから周囲の目もそんな感じになってくる。
これもまたばっちゃの計算だとすれば、やっぱ年の功と女の勘ってヤツは恐ろしい。
あ、いや! 俺は何も気がついていない!
わかっているのは、メシがうまい、それだけだ。
ありがたい申し出を素直に受けているだけだ。
と、己に言い聞かせ、精神攻撃タイプのババアには無自覚バリアを張ったまま状況に流されることにした。
食べ物がうまいと静かになるのは俺も陽子も一緒で夢中になって感想もそこそこに口を動かす。
そんな中、近くで机を寄せ合っている女子グループが、気の早い夏休みの計画など話しながら携帯電話の液晶を見せ合っていた。
海だ山だ川だ、まさしく青春を謳歌する女の子たちの可愛らしく爽やかな会話。
きっとそんな写真を見せ合っているのだろう。
男子の場合だとそれが水着だグラビアアイドルの谷間や太ももだ、エロでなければバカ動画になるのだから実に不思議だ。
そうこうしているうちに、とある一画面に女子グループの視線が集まったかと思うと、黄色い声が沸き上がる。
それはつい今しがた俺が想像していた爽やか青春の例を覆すものだった。
「え、やば! ジャスティス・ウイングじゃん! 超かっこいい!」
「華武吹町の方でさ、変な人に絡まれちゃって。その時に助けてくれたんだ~! 怖いとか忘れて写真とるのに必死になっちゃった!」
「いいなあ! 治安悪いけど、私も華武吹町のほうに行ってみようかな」
「銀行強盗やっつけたって話もあったよね!」
「正義の味方って感じだけど、クールでカッコイイよね! 顔見えないのにイケメンって感じ」
「ねー!」
ジャスティス・ウイングねぇ……。
梅しそによって赤く染め上げられたささみ肉の揚げ物を見つめ、いけ好かないヤツのフォルムを思い出す。
千手観音サハスラブジャとの戦いの後、突然にヤツは現れた。
赤い鳳凰のようなヒーロースーツ。
一見して、正義の味方。
俺からすれば、クールというより高圧的で、弱いヤツのことを微塵も考えられない嫌なヤツっていうのが第一印象だった。
アキラの仲間らしいが、あの人懐っこい露出狂と仲良しになれるタイプとは到底思えない。
でもあれ以来、華武吹町近辺では絵に描いたようなヤツの善行が噂になっている。
最初に現れた怪仏、馬頭観音ハヤグリーヴァもヤツが華麗にかっこ良く倒したって話さえ出回っていた。
俺としてはあれだけすったもんだした一夜の事実を書き換えられて、ただただ面白くないし、ヤツが邪魔するならこれからの観音戦にもかかわる。
「あ、あとさ。黒いやつもいるじゃん。あれヤバいよね」
お?
ヤバいくらいかっこいい?
「学校にも出たらしいね~! こっわ~!」
「あ~、華武吹町ってアレもいんのか……じゃあやめとこっかなあ」
はー?
「お騒がせ男でしょ? 気持ち悪いよね~! 早く警察に捕まればいいのにね、あの変態ビーム男」
「ジャスティス・ウイングが退治してくれるんじゃないっ!?」
「きゃ~! やっぱそうだよね!」
まさかその黒いの本人がいるとは思ってなかろう。
だからこそ遠慮の無い言葉の暴力がジャブジャブ右ストレート。
俺の心はもう冷たい雨に打たれたまま一歩も動けぬ野良犬さ。
チラッ。
女子グループに混ざっていた女子制服の吉宗 (♂)の視線が困惑と心配の視線を俺に向けたが、素知らぬフリをした。
ほっといてくれ……。
俺だって、あんな変態ヒーローには関わりあいたくないんだ。
吉宗は神妙に頷き俺の心をしっかり読み取ってくれた。さすが才女 (♂)。
一方、成績最下位から数えて二番目の陽子。
「さっきから黙って聞いてりゃあ!」
俺の願いとは裏腹に大仰な音を立てて椅子を引き立ち上がると、ベッタベタでコッテコテなフォローを入れる。
「黒いほうだってカッコいいんだぞっ!」
めちゃくちゃ漠然としている……。
言うならもう少し詳細に褒めてもらいたかったんだけど……。
案の定、女子グループたちは苦い顔で言葉を選んだ。
「……陽子ってさ……変わってるもんね、男のヒトのタイプ」
「う~ん……鳴滝くん、だもんね……彼氏」
どの道、悪口が被弾する俺。
さらに困惑する吉宗。
反論しない陽子。
二人分を一人で受けているし、それを訴える事も出来ない。
ここまできて俺は一言も喋ってないのに!
ただ黙って昼食を食べているだけなのに!
やれエロビーム、覗き魔、乳揉み、ホームレスの家を破壊、お騒がせプロレスやらなんやら数々の悪評 (全部事実)を、さらに誇張されているのだから、余程の話が出回っているのだろう。
そんなの、知りたくない。
絶対落ち込んでしまう。
「そんなこと無ぇって! だって――」
「う、うちのビーバーの動画見ますっ!? ほら! ダム作ってて可愛いですよ! これを弟がもう一度破壊するんです」
そこで吉宗が気を利かせて女子グループの間に携帯の液晶画面を割り込ませる。
一体何が映し出されていたのか心底気になるが、話題はあっさりと吉宗の携帯に集中していった。
陽子は反論を咀嚼し飲み込み、着席する。
とはいえ納得いかないのか、珍しく愚痴めいて呟いた。
「なんだよ……ジャスティス・ウイングって。最近、名前聞くけどさあ、なんだか力で解決してるっていうかさ……そりゃみんなあいつを怖がって悪さも減るだろうけど、助けてくれるヒーローって感じじゃないんだよなあ……」
それっきりで食事に戻った。
さっきまで弁当の彩りに目を輝かせていた笑みが台無しだ。
――ジャスティス・ウイング。
俺を見下すあの野郎の一挙手一等が脳裏に甦る。
確かに陽子の言うとおりだ。
助けるというよりも、敵を成敗するほうに重点がある感じ。
言っていることは正しいかもしれない。俺は未熟かもしれない。
でも敵を倒すために弱いものは見捨てるっていう考え方、俺は納得できない。
梅雨に入ったここ最近の天気の如く黒い雲が静かに雷鳴を唸らせる、そんな気分だった。
*
「禅兄、上手く言い返せなくてごめん……」
雨は朝から降り続け、下校時刻の今なお勢いは増すばかり。
ブッターさんイラストの入った傘の下から聞こえるしょぼくれた陽子の声。
身長差から陽子の傘の柄を見ることになっているしドボドボと水滴がズボンにかかっているが、学校で唯一の天使陽子に妙な距離をあけられるよりかはマシだ。
「言い返さなくていいんだぞ」
そう、噂は概ね事実だからな!
「禅兄は懐が深いな! さっすがヒーロー!」
俺をヒーロー扱いしているのは陽子くらいだ。
まあ、俺も自分が正義のために戦う街のヒーロー……だなんて思っていないんだけど。
丁字路に差し掛かる。
「あ。俺、公園寄るからこっち」
「じゃあアタシも行く!」
「小汚いホームレスのじじいと話すだけだぞ?」
「小煩い坊主のじっちゃが今日は家にいんだよお。お願いっ!」
ぱちん、と顔の前で両手を合わせた陽子。
綺麗な顔に浮かんだシワの数が、《じっちゃ》の小煩さを物語っていた。
忙しく出回っているせいで滅多に顔を合わせないが、梵能寺の住職である陽子のじっちゃ――諦淨和尚は、ばっちゃに物理攻撃を加えたような苛烈な坊主だ。
寺の果実を盗み食いしたことがバレた場合、住職から雷が落ちるのだが、俺は「禅」という名前のせいで早くも覚えられてしまい人一倍、警策 (座禅のときに修行者をブッ叩くアレ)でケツを引っぱたかれたものだ。
ばっちゃが厳しいのは陽子可愛さ故あって。
しかし、あのジジイは説法も暴論、四方八方に手厳しい。
そんな融通が利かないじっちゃが家にいるとは気の毒だ。
「んじゃまあ」
俺と陽子は連れ立って、ホームレスだらけの公園へ足を運んだ。
小煩いジジイより、小汚いジジイのがいくばくかマシだろう。