《archive:RED》Burn up Black Sky ※別視点
『双樹の怪仏化が始まってしまったようだ。優月殿は君に任せる』
「了解した」
アキラからの追加注文が入る前に俺は通信機の電源を切った。
ふざけた話だ。
まさかこの俺……即身明王たるジャスティス・ウイングが尻拭いに駆り出されるとは。
いままさにヘリポートに黒いタンデムローターのヘリが到着しようとしていた。
見晴らしの良い摩天楼の最上部であるが故に足元から湧いた下卑たネオンの光は程遠い。
華武吹町の豪族、双樹正宗。その権力の象徴でもある双樹コーポレーションのビルは直属のエージェントの厳重警備が張り巡らされ、だからこそ慢心に溺れたか、いとも容易く俺の侵入を許した。
犠牲を出さなかっただけ、連中にとっても幸運と言って良いかもしれない。
物影から見て聞けば、杖を携えた老執事が臨時で指揮をとっているらしい。
下界でも《愛染ベルト》の阿呆が騒ぎを起こしているのだから、こいつらにもトラブルがあったのだろう。
その阿呆の尻拭いを命じるのだからアキラにもほとほと呆れたものだ。ごねた結果、一週間は食事に一品増えるということで不本意を飲み込んでやったが。
腰の辺りに手を添える。
従順にシステムが応えた。
『Are you ready?』
「もちろんだ」
全身に赤々とした炎と焼かれるような痛みが走り、スーツにコーティングされる。
他はどうだか知ったことではないが、全身火傷の上から外骨格を被せられている、そんな感覚だ。
いつも通り、問題ない。痛むだけだ。もう煩わしさは無い。
ジャスティス・ウイング。
アキラが勝手につけた名前を掲げてまだ日は浅いが、そのヒーロースーツは俺の身体に十分馴染んでいた。
ヘリのブレード音が止まり、中から例の女が降ろされる。
女の状況は護衛に囲まれている。
ある程度硬いもの……例えばアタッシュケースにでも入っているブツならば、かっぱらってそれで終わりだ。
だがオーダーは女の救出、無論無傷が好ましい。特に護衛を丁寧に引き離すのにはひと手間かかりそうだ。であればその前に周囲を囲んでいるエージェント数人も相手しなければならない。
つまるところ制圧というプロセスが挟まっていた。
億劫だ。
「限定解除、三鈷剣」
三鈷剣を携えると同時に光の下に身を転がすと、黒服でお揃いの双樹のエージェントたち十数人の銃口が一斉に向いた。
容赦なく撃ち放たれた銃弾は俺がいた足元を抉るのみ。その集中砲火の最中、鉄と血と指が舞い飛び、絶叫が上がる。
残りはさすがに竦んだのだろう、その程度ならば手早く解決する方法がある。
ヘリのドアを串刺しにしてこじ開ける。
中からパイロットが素っ頓狂な声を上げかけたが、ドアごと蹴り抜いて降機させてやった。
ようやく全員が俺の介入に気がついたようだ。
構えられた銃は先ほど刻んだ装備と同じだろう。万が一スーツに着弾しても致命傷には至らない。
残り半数以上、懐に手を入れたエージェントたちの腕の曲げ具合からして俺にはまだ時間がある。
その頃には内側からヘリの胴体を刻み、落ちた頭の隙間から上空に跳ね上がった。
結果、銃弾が打ち抜いたのは燃料だったのだろう。
俺の足下では赤い巨大な烈火と悲鳴が咲いていた。
ふと、違和感を覚えて視界に集中する。
周りのエージェントが軒並み倒れているという中で、女を伏せさせた老執事だけが俺を見上げていた。
動きを追えているとは、ただの老体ではないらしい。
俺の着地と同時に老体の抜き放った仕込杖が三鈷剣を抑えた。
それも一瞬、仕込み杖は真っ二つに。
だが、身を翻したのは俺のほうで、飛び込んだ老体が放った銃撃を避けたのは反射的なものだった。
ヘリの爆破を冷静に対応した老体が、そのヘリを刻んだ人類未知の武器に華奢な仕込杖で向かってこようなどというのはあまりにも浅知恵。
何かあるのは読めていた。
老執事と背中合わせとなり、その老体を投げる。
思った以上に詰まった重さの肉体、やはり只者ではなかったようだ。
老執事が両手に構えた武器を足で蹴り掃い、シーバーを取り上げる。
「コイツがあれば救急隊をすぐに呼べるだろう。あるいは、無駄な抵抗をして老後の苦労を増やすか? 手首から先が無いというのは不便だぞ」
周りの連中が起き上がるまで時間が無い。
ごねるつもりなら多少痛い目は見てもらう、つもりだったが老執事は長年の勘からか大人しく両手を上げた。
「それは困りますな。わたくしはまだまだ、お嬢様に御遣えしなければならぬ身ですので」
「ふン」
シーバーを放り返し、転がっていた女の首根っこを掴む。
反射的に表を向いた女は多少ばたつきながら警戒の眼差しを向けたが、すぐに怪訝に変えた。
「お前……どこかで……」
輝夜優月とかいったか。
女はこめかみに手を当てて記憶を探っているようだったが、そんな悠長な状況ではないことくらい察して欲しい。
「説明している時間はない。大人しくしていろ」
これ以上の無賃労働はこりごりだ。
俺は女の首根っこをそのまま引き上げて抱えるなり、外枠のフェンスに足をかけた。
さすがに次に何が起こるのか察したのか、途端に女は大人しくなり半ば締め上げるように腕を絡ませると、何故か息を止める。
軟弱そうに見えて覚悟がつくのは早いようだ。
どの道、ヘリを爆破した以上、悠長に階段を下りてはいられないのだが。
似合わないライダースーツも空気抵抗が少なく、こいつにとってはツイていたと言えよう。
俺は身を乗り出して、光が灯る下界へ一直線に下っていった。
数秒の落下時間。
適当にビルの壁を蹴り、ホテルの屋上に着地をとる。
品の無いピンク色のネオン看板のすぐ裏手だった。
硬直した女を降ろしてやると早速、失礼に俺を指差し何かぶつくさ言っていたが、全く理解できなかったし、してやるつもりもない。
一応、見当違いにも「高い」「怖い」と俺に文句を言っているようだ。高いビルを建てたのは双樹なので、見当違いも甚だしい。
とりあえず黙って欲しくて言葉を被せる。
「勝手な真似をするな。目覚めさせた意味がない」
「目覚め……?」
……覚えていないのか。
億劫だな。
三瀬川病院の地下施設からこいつを起こしたとき、妙な装置に収められていた彼女は何も纏っていなかった。
致し方なく着ていたコートを着せ、意識朦朧とした女を背負って脱出を試みたものの結局は黒服と戦闘となり、気がついたらいなくなっていた。
目を覚ましたら物騒な音が暗闇から聞こえてくるような状況で、一人で逃げた根性は見上げたものだ。
そのせいで色々と計画が崩れて非常に迷惑している、とこの我の強そうな女に理解させるのにどれだけ時間が必要だろうか。
どう考えてもコストとリターンが釣り合わなので、反論するなら殴ったほうが早そうとしか思えない。
だが女は意外にもその話題に関心が無かったのかさておいて、今度は俺のスーツのベルトに目をつけた。
「適合者……それが不動ベルト」
ほう。一応は当事者。悲劇の巫女様とやらだ。
正しい名称を知っているらしい。
そして少し表情を明るく灯し、(俺のと言うべきか)ヒーロースーツの胸のプレートに手を当て、質感を確かめるようにゆっくりと撫でた。
女の表情に浮いたものは、恐らく安堵というやつだろう。
さらにじろじろと興味の視線を投げかけ、女は言葉を続けた。
「このスーツが――梵の鳳!」
「あー……」
久々に耳にした野暮ったい名前だった。その上、語呂が悪い。ダサい。ピンとこない。
正直、スーツの名称やら他人から呼ばれる名前なんてどうでもいいと思っている俺ですら勘弁願いたい。
やれやれと首を振る。
「ジャスティス・ウイングでいい」
だったらまだこっちのほうがマシというものだ。
下界で馬鹿騒ぎをしている阿呆がなんと名乗っているかなんて知らんが。
「じゃすてぃ……すいんぐ?」
「…………」
わざわざ訂正するのも間抜けなので俺は誤解を放置した。
五十年前の地主ご令嬢だ、カタカナ語に弱いのだろう。興味ない。
俺が呆れているのを察せぬまま女は、はっとして声を大きくした。
「あいつは……!?」
下界の阿呆か。
俺は簡潔に「双樹のほうが大事になっている」と回答したが、女は大事の意味を取り違えたようでわかり易く不貞腐れた。無視して話を進める。
「現場に向かう、もう少し大人しく――」
「結構だ、私は帰る」
「……は?」
「あいつが双樹を優先させたように、私もあいつのことなんて知らん。望粋荘に帰る。送っていけ」
……勘違いの上に嫉妬深いとは扱いづらいな。
あてつけに肩をすくめて見せたが動じない様子に辟易する。
二度手間のデメリットよりもこの女を説得するほうが時間もカロリーも無駄になりそうだ。俺も腹が減っている。
このわがまま女が煩悩大迷災で贄とされた悲劇の巫女様とは……笑わせる。





