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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た晩春
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華武吹町の女王-(3)

 後一押し。

 焦りを抑える。


 ……ふっ、悪いなオヤジ。


「優月さん、一緒に逃げよう。逃げ切ろう。華武吹曼荼羅とか観音とかキツい事ばっかだけどさ」


 恥ずかしげもなく十歳くらいのオヤジが作ったフラグを使う――そんな器が小さい俺の考えとは打って変わって、優月は目の淵まで茜色に染めた。

 直感した。


 相変わらずのカモめ!

 ちょっと優しい言葉かければすぐに騙される!

 これは、いける……!

 お節介ベルトちゃんがそろりと回ったがさておきだ。


 少し身を乗り出しても優月は姿勢を正したまま動かない。

 ……え、マジでいけちゃうの。


「禅……私は、甘えても……」


 その吐息の熱を口元で感じる。

 不安げに見つめてくる瞳。

 ちょっと罪悪感が起きる。

 でも、我慢が出来ない。


「……いいよ」


 覗き穴が塞がれて以来、不足している優月を摂取したい……。

 濃いやつを。

 念願のあわよくばを!


 表情さえ探れなくなったところ。

 あと一歩のところ。

 わずかに床が揺れた。


「…………」


 望粋荘の床がドスドスと軋んだ。多分廊下を珍宝が歩いているのだろう。

 窓からは一陣の風に明るい光、子供達の声が入り込んでくる。


「あそこのパチンコ屋、とうとう()が消えたんだ! 見にいこうぜ!」


「うえぇ、チンコ屋かよおっ!」


「ばっかでぇ! あはははは!」


 極めつけに、


 ヒュォアァァ――。


 ヤカンが笛を吹き始めた。

 ドアの向こうから酒焼けした珍宝のダミ声が貫通する。


「優月さーん、ヤカン鳴ってるっすよー! あぶねっすよー!」


 太陽健在な時間帯を訴える音が矢継ぎ早に襲って、優月はコホンと咳払いしながら立ち上がり台所へ。


「とにかく……一蓮托生だ。頼んだぞ」


 途端に低く冴えた優月の一言に俺は歯軋りをする他無かった。


 その上、盆を持って戻ってきた優月は、さっさと配膳してさっさと大福の袋を開き小分けのパックを引き出す。

 当たり前のようにみかん大福を自分の手元に置いて、特選いちご大福を俺の前に置いた。


 いやいやいや。

 今、明らかにOKだったじゃん。

 雰囲気大事かよ!

 ――大事だなッ!

 まだ明るいもんな!

 俺が時間の選択を間違えたんだなッ!


 これ見よがしに落胆の溜息こころの血を吐いた俺を無視して、優月は両手を合わせて「いただきます」と乱暴にパッケージを開き、大福に食いついた。

 一口目で目を見開き驚いているあたり、口に合ったらしい。

 下半身が訴えるご要望を諦めて俺も特選いちご大福を開いた。


 ホワイトチョコレートや生クリームと、高級あんこに高級いちごで、牡丹のような見た目も華やか。和菓子職人がフルパワーで丁寧に作った一つ千円のまさしく珠玉。

 一口齧れば白い甘みがあんこと絶妙に絡み合い、二口齧れば中央に鎮座したフレッシュな大粒いちごの香りが解き放たれる。

 数秒前のチッスへの期待を弔うのに十分なお味だ。


「んま……優月さん、みかん大福は――」


「話しかけるな、今集中してる」


 目も閉じて情報をシャットアウト、口だけをゆっくり動かしていた。

 どれだけ真剣なんだ。


 そしてあとひと房分をもってみかん大福との邂逅も終わるというその頃に彼女は俺――の手の中に半分余っている特選いちご大福に目をつける。


「…………」


「…………」


 俺は優月の顔面に書いてあった「寄越せ」という文字を読み取ってしぶしぶ一口かじっただけの大福を差し出した。

 代わりに寄越されたのは取引と言うにはあまりにアンバランスなみかん大福……のかけらで俺はひょいっと口の中に放り込む。

 こっちはみかんの水分が多いけれど、それを餡が受け止めていて……これはこれでアリだな。惜しむらくはたったのひと欠片ってところだ。


 優月も、俺から強奪した五百円相当をのそのそ口にしていた。

 みかんの時よりゆっくりと。小口で。

 不当取引の報復に俺は一矢報いる。


「顔赤くして。もしかして間接キッス~とか思ってんだ?」


「……違う、ばか」


「ほおん。優月さんって意外とムッツリっていうかマニアックな趣味っていうか、夜中の一人コスプレだって――」


 ――。

 ドムン、と蝶番が心配になる音を立ててドアは開閉された。


 当然。

 結果的に。

 俺は湯のみを持ったまま部屋を追い出され、ドア前で茶葉が浮いてクソ渋い茶を啜る。

 お茶もまともに淹れられないとは恐れ入ったぜ、と感心していると扉の向こうから優月の罵声が聞こえてきた。


「少しはジャスティス・ウイングとかいうヤツを見習え、無神経!」


「うちはうち、よそはよそ! 我慢しなさい!」


「ッたああぁぁぁぁ! 何でお前なんかと一蓮托生なんだ! ッぶぁかぁ!」


 こうして、仲直りというか、またマイナス点からというか……何にせよ元通りになったのである。


 未だ、謎は多いけれど。


 チンターマニの出所はどこなのか。

 煩悩大迷災、具体的に何が起きたのか。


 そして今は、何より――ジャスティス・ウイング。

 俺のベルトが愛染明王のそれであるならば、ヤツのベルトは不動明王。

 対のベルトからなる変身ヒーローとして、仲良く出来るって雰囲気じゃねえけど、そんじゃ今後も他人としてヨロシクってわけにもいかねえだろう。


 来る梅雨の暗雲は、分厚く重たい。


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