20. もう一人のベルトホルダー
「あれは……」
ボンノウガーとよく似た――しかし鳥を模したデザインのスーツだった。
燃え盛る背面の炎。
鳳凰。
赤い、翼、まさしく。
正義の――ヒーロースーツ!?
俺以外にも、いるっていうのか……?
ベルト所持者が!
そもそもベルトがもう一つあるっていうのか……!?
そいつはやはり、正義の味方という見てくれには不似合いな冷たいトーンで言葉を落としてくる。
「敵の力も見切れぬ、如意もまともに扱えぬ、一人で解らず戦えず、助けるべき宿主に頼る。あまつさえ、ベルトが持つ真の目的も知らぬ……か。お前なぞに華武吹曼荼羅を預けるとは……アキラの酔狂には付き合いきれんな」
アキラ……?
優月を助けてくれるっていうアキラの仲間ってのはこいつか……!
「優月はどこだ! 無事なのか!?」
「俺はお前のように軟弱な迷いは無い。目的は必ず遂行する」
当たり前、と言わんばかりに。
高圧的に。
「これ以上ベルトの力を貶めたいわけでないのなら、観音に乗っ取られた意志薄弱な者を救おうなど甘い考えはやめておけ。もっともお前は、決め手も解らぬまま意志薄弱に助けられた。弱者以下のようだがな」
「はぁ? 見捨てろっつうのかよ!」
「弱者は糧となり、強い者こそ生き残る。自然淘汰だ」
「冗談じゃねえ、俺は現に助けてきてんだ……!」
「恥ずかしい勘違いはよせ。観音を追い詰めるだけでも多くの被害を出し、偶然にアキラや他者の力を借りられた、運良くトドメの瞬間が回ってきた……だけだろう? 不確定要素をこうも自慢げに掲げるとは……サル以下だな」
あからさまな嫌味に心臓が早鐘を打ち、急に喉が渇いてひりつく。
やっとのこと脳に酸素が回ったようで、それが怒りだと自覚する。
見捨てろ。
そう言った。
こいつは、ヒーローのなりをしているが、典型的な弱者の気持ちがわかんねーヤツだ!
だからこそ俺は根本的なことを尋ねた。
「偉そうな口を利くわりに自己紹介がまだなんじゃねえのか?」
ヤツはこれ見よがしにやれやれと肩をすくめた。
「ジャスティス・ウイング。そう名乗っている」
淡々と、躊躇いなく必要最低限のみを答え、その間、俺を値踏みするように視線を巡らせたようだった。
一挙手一投足、本当に腹の立つヤツだ。
「ずいぶん露骨に見下してくれんな。ならてめぇは何もかも知ってて、それはそれは高尚な目的とやらを抱えているわけだ? そいつぁ、ちょっと気になるな! 首突っ込まずにはいらんねぇな!」
「足を引っ張られるのはごめんだ。口を噤んで平穏を享受していろ。何も知らぬ羊の群れの中で静かに眠っていればいい」
「んだと……ならここで勝負つけてもいいんだぜ! そしたらその偉そうな口を割ってもらおうか!」
ジャスティス・ウイングは肩をすくめ少し姿勢を低くしたかと思うと、しかしそれも一瞬――跳躍。
「勝負するまでもない。お前に俺は倒せない」
俺の目は夜空の中、再びその赤を見つけることさえ出来ず、ただ……。
首の横に添えられた赤く輝く刀身に息を詰まらせた。
ヤツの唸るような声が背中を撫でる。
「煩悩に翻弄される悪鬼め。愚かさ、弱さに引きずられるお前にヒーローが、即身明王が務まるはずがない……!」
「――ッ!?」
体を捻るも、赤い輪郭が舞い上がる軌道を追うのがやっとだった。
高く、朧月の中に炎の翼が広がる。
応じるように俺の背の炎は燃え上がり漏れて広がる。
治まる気がせず、焦げつきそうな気持ちを心に刻んだ。
ジャスティス・ウイング――あいつは、ブッ倒さなきゃいけねえ。
ヒーローとして。
*
腹の立つジャスティス・ウイングとやらを追っていたのか、公園の騒ぎを聞きつけた双樹の黒服たちが沙羅を引き取っていき俺は逃げるようにしてその場を去った。
正義のヒーローのほうには、興味本位の女の子が何人かついていったみたいだけど。
一方、俺は誰にも感謝なんてされないし、興味本位で追われたりもしない。
華武吹町からすれば、さしずめ怪仏とドタバタやってるお騒がせ野郎ってところだろう。その通りでもある。
俺だって別に、華武吹町や知らない誰かのために戦ってるわけじゃないし……本当はちょっとだけ僻んでるけれど。
そんなことは二の次だ。
結局のところ千手観音サハスラブジャとの戦いは、俺が沙羅を助けるのではなく、沙羅がパニクってる俺を助けてくれた形での辛勝だった。
いいや、今回だけじゃない。
以前もママや街の皆に、優月に、助けてもらったんだった。
俺は最初から一人で戦えてなんかいない。
――恥ずかしい勘違いはよせ。多くの被害を出し、偶然に他者の力を借りられた……だけだろう?
ジャスティス・ウイング……。
野郎の言うとおりだった。
あの言い草だ、一人で優月を救い出したんだろう。双樹の傭兵達相手に。
あいつなら一人で守れる。
俺は一人じゃ出来ない。
だけど野郎が言ってる自然淘汰を鵜呑みにする気はさらさら無い。
暗い道を苛立ちと焦りで早足で行きながら望粋荘に辿り着く。
時間は十二時回っていたが建物全体の明かりは灯っていた。
優月の部屋も、いつも通り静かに。
いるんだ。
良かった。
…………良かった。
他の住人も寝ているだろうとドアが鳴らないようにゆっくりと開く。
それでも多少は蝶番が軋み、その音で階段にしゃがみこんでいた彼女は目を覚ましたようだった。
今日一日が嘘みたいに、いつものダサい普段着で。
「優月さん――」
他の住人を起こすまいという気遣いがまるで無駄になるような足音を立てて、優月は俺の胸に飛び込んできて――ああ、感動の再会だもんな、ここは抱きしめて……と思ったが違うようだった。
襟首を掴んで内ポケットから茶封筒を引っ張り出すと、不格好な二段飛ばしで階段を駆け上がり乱暴なドアの開閉音を響かせた。
「……マジかよ」
そんだけ?
俺どんだけ心配したと思ってんの?
まあ……予想していたけどね!
アホ優月が気まずくなって手紙を回収しようとすることくらい。
そして俺は何事も無かったように寝支度を整えて横になる。
案の定、覗き穴は塞がれていた。チラシか何かの紙という強度も防音性もゼロの素材で。
「あーあ! 優月さんが意地張って信頼してくんねぇから余計ややこしくなって、エラい目にあったなあーっ!」
そこから聞こえ始めるすすり泣きの声。
当然俺の嫌味も届いただろうし、封筒の中を検めたのだろう。
「……ざまあみろだよ」
彼女が見ているのはきっと、くしゃくしゃに折りたたまれた皺。滲んだ文字。オヤジの墓から手折って失敬した菖蒲。
――明日読んで下さい。
封筒に書かれたその注意書きを、俺は一瞬たりとも守ることがなかった。
そういう言われたことを聞かない、相変わらず最低なヤツだと、俺は数々の証拠の上に証明してしまっただろう。
そんな俺を信頼しろって言うのはちょっと都合良過ぎるのかな。
俺は確かに人の話聞かないし、気持ちのほうを優先させちゃうけどさ。
いずれにせよ。
またしても。
凝りもせず。
たとえ、華武吹曼荼羅なんて運命もなく、ただ弱くて傷ついているだけだとしても、変わらずに。
だから、この先もずっと俺はあなたを――