19. Power of XXXcy-(3)
「あとはあなたへの執着を、断つだけです」
「抗って……みせる!」
「早く……撃って!」
「だめッ!」
「早く!」
ソレが嘘つき怪仏サハスラブジャなのか、それとも信用できる元カノ双樹沙羅なのか。
俺は見分ける術なく、しかし怪仏化の進行もあって選択を迫られる。
千手は抵抗か策略か、全て止まっており、俺とサハスラブジャはただ睨みあっていた。
状況を理解していないオーディエンスも痺れを切らせ、急かせるように野次を飛ばしはじめる。
焦燥ばかりが空回る……!
「くそ……っ!」
こうなったら……プランC「運任せ」だ。
確率は半々、この際やるっきゃねえ!
俺は再びベルトに手を添える。
ゆっくりではあるが白い光が次第に集中した。
「さあ、早く! ぐずぐずしないで! 私が全てを受け止めてあげる……!」
「な、どっちなんだよっ――解んねぇっ!」
それは、突然だった。
迷いを認めて口にした瞬間に、がしゃ、とベルトの遠心力がギアをあげるように重さを伴った。
解らないと、解って脱いだ、から……?
「だめ! こいつは沙羅じゃないの、私の記憶を!」
「――解らーんッ!!」
ベルトの妙な感覚にも戸惑いを覚えつつ、さらに迷いを唱えると呼応するように遠心力に重さが増す。
これは、煩悩がチャージされている! 強力になっている!
ダサいワザ名どおりに!
だがこのまま解らないばっかり、チャージし続けているだけでは何の解決にもならない!
むしろ、俺が自分のワザで消し炭になる度合いがどんどん上がっているだけなのでは……!?
これ、今一番使っちゃいけないやつなのでは……!?
解らんーッ……と、思うとまたしてもギアが上がった。俺のバカ!
内心真っ青になっていると、千手観音の、沙羅の腕が一本ずつゆっくりと胸の前に当てられた。
「大丈夫っ……沙羅は、お見通しなんだから……っ!」
身体の支配権が拮抗しているのか、ぎちぎちと腕を震わせながらコバルトブルーの羽衣を摘み上げてゆっくりと胸元を開く。
俺が土下座したあの時と同様に。
「キミが間違ってる沙羅を信じてくれたように、沙羅も……キミの迷いごとキミを信じる……っ!」
そして何故か胸元は開かれる。
「沙羅……ッ!?」
観音の罠なのか?
何かの合図なのか?
…………。
いや……待てよ?
ソレが千手観音サハスラブジャなのか、双樹沙羅なのか。
それはさておき。
千手の根元に実った二つのメロン級御御御乳の存在は変わらないわけだ。
となると、現在進行形で開かれている羽衣が完全に取り払われたらどうなるか。
羽衣が取り払われ、美しい沙羅の御御御乳がまさしく御開帳となる。
こんなオーディエンスの前で!
沙羅の乳輪の紋がッ!
「こぼれるッ!」
――よって、あまりの解らなさに半ば思考停止さえして沙羅を信じるのみになっていた俺がとったのは、極めて反射的かつ生理的行動だった。
「あ、掴んだ」
「揉んだ」
「さすが変態ヒーロー」
反射壁、そして外周の視線、社会的体裁など意に介さず、全力で飛び込んだ俺の手が二つの柔らかメロンを受け止める。
埋もれる指、温かく柔らかい至福の感触。
そう、俺は受け止めた。
千も手が余っている相手の乳を。
……あ、いや。
否、千の手を驚くべき精神力で支配し返し、反射壁も槍の手も押さえつけた信頼できる女、沙羅の意図をッ!
「もう、だめっ! 我慢できない!」
「沙羅ぁっ!」
「早くぅう!」
エロビームのために煩悩を構えるには時間がかかる時間は無い――はずだったが、煩悩ベルトはすでに白い光を携えながら重く回転し続けている。
迷いはまだ、俺の中で停滞し続けていた。
そこで千手がぎちぎちと、甲殻類の手足のように不気味に蠢く。
黄金色の後光が増して、異様な方向に間接を曲げながら手印を構えた。
「くおぉのおおおッ! 汚らわしいぃいいッ! オン バザラ タラマ キリク――」
ギンギンに煌めいた白い光。
原初の煩悩――迷いは欲望と共に解って脱ぎ放たれるのを待っている。
零秒零距離射出。
崇高な黄金色の壁の真言。
どちらが早いか。
「俺が沙羅の御御御乳を守るんだあああぁぁぁぁアアアっ!」
「――ソワカ! 煩悩寂滅ゥッ!」
――。
視界が光に塗りつぶされる。
その奥からサハスラブジャの断末魔が響いた。
「ん、なああああんっ! なんて、すごいっ! そんなっ、そんなああああんっ!」
もしかしたら沙羅?
やっぱりサハスラブジャ?
解らん……!
解らあぁぁあぁん……ッ!
光の中、サハスラブジャの手がかき消されていく。
奇妙な手の茂みの中に沙羅が見えて、剥がれ飛んでいくソレと何本か取り間違えながらも彼女の腕を掴んで抱き寄せた。
「ほんとに反射的かつ生理的だったんだ……そりゃ最低って言われちゃうな……」
力無い声。
どんな表情をしていたのか俺にはよく見えなかったけれど、呆れて笑っていたはずだ。
「でも、沙羅も信じてた」
その確信があって、沙羅は自ら羽衣を開いたのだから。
やっぱり沙羅は俺のことなんてお見通し……いや、ずっと理解して信じてくれていたのだろう。
申し訳ないことに、俺は沙羅の気持ち、女心なんて全く解らないままなんだけど。
わざわざご報告するまでもないが。
強化版エロビームの白い矢が夜天の向こうへ消え去った頃。
やっぱり状況をわかっていないままオーディエンスは一瞬だけ景気良く喝采をあげ、そして見世物が終わったからと早々に解散していく。
ホームレスたちはささやかな家が吹っ飛ばされた怯えもあって、まだ遊具の中で身を潜めている。
華武吹町は相変わらず、他人に感心がない。
「ん、ううぅ……げ、ほッ」
腕の中で沙羅がえづく声に気がつき視線を落とす。
素っ裸にもかかわらず、自分の胸をどんどんと叩いてずいぶんと気丈である。
大丈夫……だな。
「げほっ、ごっ……えっ」
その末、ころんっと硬質な感触が足元に落ちた。
沙羅が吐き出したものは、滑らかな光沢で真珠にしては大きな宝珠――チンターマニだった。
「沙羅……この丸っこいの、どこで……誰に!」
「うぅ……う」
唸りながら首をふる彼女の力が抜けていく。
とにかく人目をかいくぐって御御御乳の尊厳を守るべくどこかに……。
服の無い女性。
追われる身。
であれば、ラブホテルという場所が適任だろうか……。
「んン!?」
安全に、紳士的に送り届ける方法を思案している俺の視界がピシャリと覆われて、なんだなんだとやっているうちに「やはり貴様はその程度か」と冷え冷えした声がかかった。
俺の頭上から降ってきた布は沙羅のラバースーツだった。
まずは膝元に寝かせた彼女の身体に被せて、きょろきょろと見回す。
声は、誰のものともピンとこなかった。
溜息交じりにもう一度――降って来る。
「上だ」
公園の中央の時計を据える柱。
その上に俺のよく知っている、だが見慣れないフォルムが立っていた。
衝撃に、痛いほど心臓が拍動し、次第に緩やかな眩暈を覚える。
「あれは……」
ボンノウガーとよく似た――しかし鳥を模したデザインのスーツだった。
燃え盛る背面の炎。
鳳凰。
赤い、翼、まさしく。
正義の――ヒーロースーツ!?