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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第三鐘 「煩悩白書」をもう一度
62/209

18. Power of XerXX-(2)

「ふふっ……捕らえた!」


 頭上からは指先を尖らせた槍手が、容赦なく降り注ぐ。

 穏和な顔をやめ、本性を現したかのようにサハスラブジャは咆哮した。


「煩悩ォオッ寂ゥ滅ウゥ――ッ!」


 ――ッ!

 病院送りじゃ済まない。

 串刺しになる。


 さすがに、死――。


 …………。

 …………。


 きぃぃ……と神経を逆撫でする振動がバイザーを擦った。


 届いたのは、サハスラブジャの腕の一本。

 中指の爪。

 それもほんの先端だけ。


 視線を上げれば、蛇のような腕に、やはり蛇のような腕が絡んでその手首を掴んでいた。


「何が千対二よ! あんたの意識は一個で、二対一ってコトを忘れてんじゃない? マジ、ウケる……!」


 ――沙羅!


 続く腕と腕の格闘。

 沙羅とサハスラブジャ、それぞれが支配した腕が奇妙に取っ絡み合っていた。


「沙羅は怖い女なのよ……っ! 彼に手ぇ出すんだったら、ねじ伏せて、やる……!」


 沙羅が押し上げてとうとう拮抗、俺もエロビームで反撃の狼煙を上げるか――というまさしくその時だった。


 視界の端が灯ったかと思うと空気が震える。

 追って爆発音が濃紺の空いっぱいに響いた。

 花火にしては分厚い衝撃波に、周囲からは悲鳴とどよめきが湧きあがる。


「双樹ビルの屋上だ! 燃えてるぞ!」


 野次馬の群れの中、誰かが指差した。


 双樹ビル、屋上、つまりヘリポートだ。

 あそこで何かが起きている、であれば優月の身に何かが……。

 俺が動揺していると同じく、沙羅も――!


「沙羅!」


 ――まずい!

 そう思った瞬間にはもう、再び全ての腕が波打って複雑な手印を結び終えていた。


「オン バザラ タラマ キリク ソワカ!」


 真言が終わったその一瞬、光の壁がサハスラブジャを包んだように見えた。

 あれが攻撃を反射している()……!

 そしてゆっくりと、そのコバルトブルーの――複眼を開き、唇の両端を吊り上げる。


「ふふ……っ! 好機はこちらに向いているようですね」


「サハスラブジャ……!」


 双樹ビルの爆発に動揺した沙羅がサハスラブジャに押されたのは想像に容易い。

 俺だって不安が込み上げている。


 だが、俺は今しがた命を救ってくれた沙羅を放っておくわけにいかない。

 アキラの仲間とやらを信じるしかない。


 そんでもって、俺はこの腹の立つ観音を……ブッ倒す!

 ブッ倒さなければならない!


「くそ、沙羅! そいつは煩悩とか欲望に弱い! 何でもいいから欲張れ、得意だろ! ヒトのモン欲しがるの得意だろ!?」


 言ってるそばからサハスラブジャの腕が伸び、今度は槍手が俺を追い回し始めた。

 煩悩で盛り返すどころか、沙羅の勢いは次第に弱まっているってのか……!?


「哀れな素体ですこと。一途に想う人に全く理解もされていないなんて。もっとも、その嘘があまりにも巧みだったようですね」


「なん……だと」


「煩悩の使徒よ。素体の欲望ただ一つ。あなたから奪ってしまった青春を、せめて別の女との綺麗な思い出を守るため、超悪い女ボスとして憎まれ役を演じきること。信用を失ったこの女にできるのは、ただそれだけ」


「は……?」


 例えば。

 優月があっさりと使命のために望粋荘を去ったのであれば俺は彼女に恨み言を言い続けるだろう。

 絶対言う。めっちゃ言い続ける。


 でも沙羅が超悪い女ボスとして割り込んできた今、優月が()()()のではなく()()()()とすれば、その矛先は沙羅に向かう。

 俺は一生、優月に憐憫(れんびん)の情を抱いて、沙羅を超悪い女ボスとして恨み続ける。


 ――沙羅にはお見通しなんだけどね。


 沙羅はそんなこと、全部お見通しで……。


 自己犠牲。

 我慢。


 俺はたしかに、沙羅を変えたくて、幸せになってほしくて、自ら悪役を選んで土下座した。

 それは伝わっていたのか。

 だからこそ、沙羅も同じように……。


「ふふ、どうせ信用もされていないこの嘘つき女に出来るのは恨み辛みを受け入れるのみ! この世の未練を晴らすため、現世の執着を(ほど)くため、その自己犠牲を成就してさしあげましょう! さあ、存分に打ち込むのですあなたの穢れ! あるいはこの女が救済されても良いのですよ……!」


 打ち込めば俺は一撃死。

 放って置けば沙羅が乗っ取られてしまう。


 どうすりゃいいのか解んねえなっ!


 ただ……。

 ただ一つ、俺がこの状況で言えることは……!


「沙羅、俺のことお見通しってんならわかってんだろ! お前を見捨てるくらいなら俺はブッ放すぞ! だからもう一度抗って、腹の立つバリアかっぱいでくれ!」


「ふん……これほどの嘘つき女に助けを乞うとは」


「俺は双樹沙羅を信用する、嘘ついてまで人の心を守ろうとした沙羅を信じる!」


「言葉尻ではなんとでも言えましょう。なんとでも嘘もつけましょう。節操の無い嘘つき女、迷える煩悩の使徒。あなた方の間に信頼など無いのです。浅はかここに極まれ――」


 突然、サハスラブジャの呼吸が一瞬止まり、うねる手の波もぴたりと停止した。

 期待の気持ちが湧き上がる中、応えるように割れた電子音にかすれながらも沙羅の声が蘇る。


「き……キミは、間違っている沙羅も信じてくれた! 変われるって信じてくれた……! 沙羅はもう裏切りたくない!」


 沙羅……!


「救って、()を……!」


 ああ、早いこと救ってやるから――


「だめッ!」


 ――いや、待て。


 でも。

 そうだ。

 これは、本当に沙羅か?


 このサハスラブジャは俺にエロビームを撃たせたい。

 バリアは……くそ、俺には見えない、解らない!


 ヤツの思惑通りに撃ってしまえば、俺は一巻の終わりだ。


 沙羅は信じる。

 サハスラブジャには騙されるな。


「散々嘘をついて穢れた体が、真に信用などされているはずがありません! いずれにせよお前にあるのは絶望! 死あるのみ!」


 サハスラブジャ。


「こいつ、結構動揺してる! く、沙羅が……押さえこんでるうちにっ!」


 沙羅。


「――今よ、バリアは消えた!」


「だめ!」


 ――っ?


「その煩悩、拒絶してやる……!」


「その救済抗って……みせましょう!」


「早く……撃って!」


「だめッ!」


「早く!」


 ――っ!?

 どっち……?


 観音は宿主の記憶を共有している。

 サハスラブジャは沙羅の過去をよく知っている。

 何か質問したところで無意味だし、そもそも主導権が拮抗して――いや、それすらサハスラブジャの嘘かもしれない。


 嘘つき観音の中の嘘つき女の真実。

 それを見破る方法は。


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