表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第三鐘 「煩悩白書」をもう一度
60/209

16. VS 千手観音サハスラブジャ

「身体を……呼吸を、奪われて……っ救済を、与えっ、与えましょう……さあ、満たされ、望みを絶ち、心を無にするのです!」


 救済……。

 観音……。

 沙羅に……!?


「沙羅!」


「こ、この素体……強情な! 抵抗を、や、やめな……さい……! ()は……沙羅(・・)は、どうなってもいいの……! 今のうちに、早く逃げて!」


「んなわけにいくかよ!」


「沙羅は悪い女ボスなんだから、嘘つき女なんだから、助ける必要なんて無いッ! いろんな人を傷つけた罰があたったのよ!」


 沙羅の中で、戦いが起きている。

 彼女はらしくもなく歯を食いしばり整えられた爪で砂を(えぐ)った。


「いたぞ、あそこだ!」


 剣咲組!

 こんなときに!


「じいさん! 隠れてろ!」


 むしろ俺の大声に飛び上がった南無爺は、きょろきょろと見回すと他のホームレスたちが手招くドーム型遊具の中に身を隠す。


 沙羅にも俺や剣咲組の慌しい声が聞こえたのか――そしてその隙に付け入られたのか呻き声は止み、代わりにバリッと布の裂ける音が、異様に響き渡った。


 四つんばいになって頭を垂らした沙羅の背中、白いワンピースが割けた音……。

 いや、沙羅の背が盛り上がり、そこからひび割れた音だった。

 さらに、ひび割れた黒い空間から肌色の芋虫のようなものがもぞもぞと這い上がり……。


 それは、多数の指……否。

 多数の手……否。

 多数の腕が、夜天を掴むように突き上げられた。


「な、なんだ!?」


 冬虫夏草のように背から何本もの腕を伸ばした沙羅の口から――やはり、電子音の声が落ちる。


「私は千手観音サハスラブジャ。あなたに救済を与えましょう」


 怪仏化。

 こんな急激に……!?

 こんな突然に……!?


 両腕は左右に広がり一つ二つと羽ばたく。

 白いワンピースのサナギから抜け出しながら、沙羅は――千手観音サハスラブジャは面を上げた。


 静かに目を閉じて両手を合わせる。

 腕に絡む黄金の装飾が、しゃんっと小気味よく鳴る。

 色白で均整のとれた裸体に、柔らかな曲線を描くコバルトブルーの羽衣を纏い、大小無数の手を背負った姿。

 崇高……というより扇情的であったが、これまでの怪仏に比べれば高尚で美しいフォルムだった。


 あんなに手があったら……すげぇプレイが出来るんじゃないのか!?

 プレイというのはもちろん、そっちの意味で。

 そういう意味でも、美しいフォルムだった。


「なんだ、あの金ピカ!」


「女狐じゃねえか!」


「双樹の新兵器か!?」


 とうとう駆けつけた剣咲組だが、俺よりもビカビカ輝く千手観音サハスラブジャに目が行く。

 中央に沙羅を添えた観音をそのまま彼女だと思っているのか鉄パイプやらバットやらを持って五、六人が囲み、じりじりと距離を詰める。


「やっちまえ!」


 とうとう威勢の良い掛け声と共にそれぞれの武器を振り上げ――たが、やはり惨敗だった。


 蛇のように伸びた腕に押さえ込まれて地面に貼り付けにされる。

 ぱきぱき、めりめりという不穏なカルシウム系の音を立てて。


「オン バザラ タラマ キリク ソワカ!」


 真言によって形成されたのか、決死の一撃も、銃弾さえも、目に見えぬ壁に阻まれ届かなかった。


 こいつの能力はバリアか……。

 怪仏化完了まで篭城されてはたまらない。


「化け物だぁ! 双樹が化け物になっちまった!」


 相手と状況を理解したか、剣咲組の面々が情けない声を上げていた。


「さあ、怯え、憎み、恨むのです! 全ての憎悪を許し、希望を絶ち、無に還しましょう」


 サハスラブジャの腕がしゃん、とまた一つ鳴って複雑に手印を結ぶ。


 トドメを刺す気か!?

 であればそろそろ、ヒーローがかっこよく前に登場ってタイミングだろう。

 俺がカッコよく全てを解決して――


「引け!」


 ――意気揚々、それっぽいヒーローポーズをとっていた俺は、外野から飛んできた声と発砲音に出鼻を挫かれ前につんのめるだけだった。


 聞き覚えのある声。

 髑髏の柄シャツは……氷川さん!


「そいつぁ、竹中の暴れ馬と似たようなモンだ! お前らは手ぇ出すな! そこの変態(・・)にやらせとけ、ずらかるぞ!」


「う、うっす!」


 銃の発砲音に腕の拘束が解かれたせいか、剣咲組は蜘蛛の子を散らすように、しかし身体を引きずりながらそれぞれ退場していった。

 期せずして相手の能力がわかるなんて儲けモンだ!


 しかし一体、変態とは? どこにそんなヤツが……。


 思い描いていた変態――主にアキラ――の姿は見当たらず、俺は自分がぽつんと取り残されていることに気がつく。


 ……ひどい。

 氷川さんまで俺のこと変身ヒーロー――ってか、変態 (ヒーローですらない) って認識してんの?


「ああ、無念。恐怖も拒絶も受け止めましょう。救済はまた今度に。ではそこのあなた」


「えっ、ああっ」


 タイミングを逃した俺は、こうしてサハスラブジャの前にポツンと取り残された形で登場。

 極めてかっこ悪い、頼りない感じになってしまった。


 にもかかわらず、だ。


 遊具の中のホームレスたち。

 我関せずの面白半分で遠目から見るオーディエンス。

 やんや、やんやと、と遠巻きに声だけは聞こえる。

 味方はいない。


 どうせ、どっちがヒドい目にあっても自分とは関係ないって思っているんだ。

 そりゃあそうだ!

 ここは花の大江戸、華武吹町!

 クソみてぇな大穢土(おおえど)、華武吹町だ!


 助けなんか期待できない。

 俺だって期待してない。


 …………。

 ま、いいや。


 俺が助けるのは街や住人なんかじゃない。

 双樹沙羅という少々腹の立つ超悪い女ボス、ただ一人。


「さあ、煩悩の化身よ。あなたの煩悩も見せていただきましょう。私が全て浄化して差し上げます」


「今更、上っ面の綺麗事に騙されるかってんだよ!」


 こいつの魂胆は見えている。

 バリアに篭城、沙羅を支配したあとで暴れようって話だろう。


「沙羅! 俺が助けてやっからな!」


 あのバリアをブチ抜きゃいいんだろ、シンプルだ!

 今回は超解りやすい!


「私は千手観音サハスラブジャ! 全てを受け止め、あなたに救済を与える者です……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ↓ Clickで作品を応援 ↓
小説家になろう 勝手にランキング
小説家になろうSNSシェアツール

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ