04. あなたとTogether!
『我とTogetherせよ……』
一連の回想が終わったところで、俺は自分がどこかで眠っていたわけでも頭を打ったわけでもなく、時系列どおりに今に至るという事実を確認しただけだった。
そして今もなお、変身ベルトはしつこく語りかけている。
『お前こそ、我が力を手にするのに相応しい』
力……?
もしかして、ピンチになったときに光り輝いて「力が欲しいか」って語りかけてくる少年誌系のベルトなのか?
『我とTogetherせよ……優月は適合者を探している。我を装備することによってお前の煩悩は余すところなく解放されるであろう。念のため紙袋にはそこのMachineを入れておくが良い。さあ、我を身に付けよ!』
俺がぐずぐずしているせいもあってか、情緒もなく説明しよった……。
それにしても、煩悩を解放ってどういう意味だ?
つまるところ優月と穏便にTogetherできるって事か!?
『微妙……』
「…………」
ともあれ、事情はわかった。
このベルトは普通じゃない。
そして優月が追われているのはこのベルトのせいだ。
そういうのはノーサンキューなので見なかったことに――しようとしたところ。
キュッとシャワーを止める音に驚いた俺の手の中からベルトは零れ落ち――もしかしたらベルトの意思であったかもしれない――動転した俺はベルトの言う通りに枕元にあったマシーン、電動マッサージャーを紙袋に入れる。
「この大きい手ぬぐいを使ってよいのか?」
出てくるのはまだ先のようだ。
しかし手ぬぐいとはまた古風な。
「どうぞー! 手以外もどんどん拭ってくださーい」
俺は白々しいほどに軽快な声をかけた。
シャワールームの開閉音がして、耳慣れたシャワー音も止み、本当の静けさがやってきた。
胸をなでおろしながら足元に落ちたベルトを膝の上に置いて、思考の歯車を再び動かす。
優月はいいところのお嬢様で、家からこの妙な変身ベルトを持ち出し黒服に追われている。
適合者を探すため。
それが――
『我とTogetherせよ!』
――五月蝿いな、今考えてるんだから黙っていてくれよ!
膝の上を通じて声が響く声に俺も思念で語り返し、ふとベルトに目を降ろす。
くぱぁ。
ベルトの姿は変貌していた。
帯状のベルトの内側にはびっしりと、イソギンチャクのような触手が大小不規則に突き出して、それぞれうねっている。
じゅるじゅる、くちゃくちゃと不愉快な音を立てて俺の膝の上で蠢いていた。
「……いぃっ!?」
両端から一際太い触手が伸びて俺の腰に巻きつく。
あうあうと情けなく喉から音を垂れ流しながらも、俺は触手を掴み、ベルトを掴み、引き剥がそうとする。
だが抵抗むなしく触手が背中を一周して身体に固定されると今度はへその前で謎のサーキュレーターがわんわん唸り始めた。
丹田の辺りがぐっと熱くなる。
稲妻を放ち、身体を駆け抜ける。
反動で俺は上体をベッドに投げ出し、もがき苦しんだ。
身体中が無理を強いられている。
心臓が破裂しそうなほど跳ね上がる。
そんなピンチを上書きするように、シャワールームの開閉音が響き、濡れ髪にバスローブ姿の優月が登場。
困惑した表情でベッドに仰向けになっている俺を見下ろしていた。
ごめんなさい! 助けてください!
俺、勝手に変身ベルトを……!
「これ、動かない」
「え?」
何を言って……というか、怒ってはいない?
腰に手をやる。
そこにはよく知っている学生服の凹凸だけ。ベルトはない。
身体の異変も消え去っており、心臓だけがバクバクと早鐘を打っていた。
そして優月は何かに気がついた様子もなく、これ見よがしに電源コードは纏まり先端は刺さらぬままのドライヤーを片手にぶら下げていた。
「へやーどらいやくらい、私も知っている」
イントネーションが怪しくて知っていると主張するのもまた危ういのだが。
駆けつけて電源を挿してやり、動かして見せると優月は「おお」と感嘆の声を漏らして洗面台の前に立つ。
絹のような長い黒髪に当てる様もどこか不慣れで、彼女が自分で髪を乾かしたことすら無いのは一目瞭然だった。
それでもどこか楽しそうに、どこか物憂げに髪に熱風を当てている。
彼女は不自由の無い生活をしていて世の中のことを良く知らないくせに、何か背負ったものの為に出てきてしまった。
そんなストーリーを勝手に想像して俺は――「紙袋勝手に覗いたら、変身ベルトが無くなっちゃった!」なんて軽率なことを死んでも言える気がせず、背筋に寒いものを走らせた。
マズい。
マズすぎる。
優月が鏡に向かっている隙を見て、俺はベッドの下、トイレ、シャワールーム、ついには廊下まで探し回る。
「どこいったんだ~? Together、返事してくれ~」
無い。
無い!
どこにも無い!!
こうなったら次の策を講じなければならない。
電動マッサージャーなんて世の中のどこにでもある。
ご家庭、学校、公共施設、道端、路地裏、火の中、水の中。どこにでも、ある!
だから、逃げ回っているその拍子に変身ベルトはいつの間にか電動マッサージャーと入れ替わっていたのだ。
その作戦で――無理だろ!! 何言ってんだよ!
廊下の絨毯の上で両手両足をつき打ちひしがれている俺を、何組かのカップルが目撃したようだが、そんなことは全く気にならなかった。
こっちはそれどころじゃないんだ。
廊下の探索を諦め、恐る恐る部屋のドアノブを握る。
あれだけ紙袋を大事そうにしていた優月のことだ。
もしかしたら中身を再確認しており、俺の小さな下心から来る些細な悪事が露呈しているかもしれない。
ならば、俺が出来ることはただ一つ。この身をもってして誠心誠意、心を込めてご奉仕するだけだ。
ドアを押し開くと、俺が想像していたようなぎすぎすムードではなく、むしろ夢のような光景が広がっていた。
セーラー服姿の優月お姉さんが、大きなベッドの端にちょこんと腰掛けて所在なさそうにあちこちを見回し、俺に気がつくなり唇を噛み締めて視線を落とす。
「置いてあったから……着た。おかしく、ないか……?」
優月はやっぱり女学生というには少しお姉さんで、着させられているという事実がそこにあって――。
「大変良いです! ありがとうございますっ!」
俺は思わず彼女の前に跪いて両手を合わせた。
これがメイド服だったらと思うと悔いが残るが、セーラー服も悪くない。
頭を上げると彼女は丁度、俺の目の高さにあるスカートの裾を握って引き伸ばした。
そうだ、そう。
彼女が今不自然に素足であるのと同時に、不自然にノーパンなのである。
コンビニボックスには下着も売っているのに。世の中は不思議で不自然だ。
「私こそ……お前には助けられた。感謝する」
存外素直に礼を述べて優月はちらちらと俺に視線を差し向けてくる。
だがそれよりも大事なことがある。
十九年間、スカートを穿いた女性の前に跪くだけで心躍るだなんて知らなかった。
「お前だけだ、助けようとしてくれたのは……誰も話を聞いてくれなくて、私は……もう自分さえも捨てるしかないと思っていた」
白い太ももと布地が作り出している深淵に目を凝らす。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている然り、俺はその闇の奥深くに存在するであろう何者かの呼び声を聞き入れようと神経を尖らせていた。
「金も工面してくれて……どうも学生に見えるお前には随分な大金だったろう。私とて奴等に捕まればただでは済まないことだけはわかる。だから……」
闇よ、闇を応えてくれ!
「せめて礼になるのなら、その……臥所を共にしても、よいぞ。ここはそういった施設なのだろう」
よいぞ。
何が?
俺は今、闇との交信に忙しくて……。
「はい?」
「…………」
俺は携帯電話を取り出して「ふしど」とやらを検索した。
ふし‐ど【臥所】
[意味] 夜寝る所。寝所。寝床。ねや。ふしどころ。
そしてのろのろと携帯電話を学ランの胸ポケットに収めた。
「一緒に、ベッドで……っつーと」
「……忘れてくれ」
顔を上げると、優月は白い肌を桃の様に染め上げ、古典的に咳払いを一つ。
そして俺は、またかよと思われるような生唾を飲み下し、一旦冷静になることにした。
鳴滝禅、十九歳。童貞。
その肩書きも今日まで。
なんにせよ、まずは誠実さが大事。
というところまで考えたはずだったが、気がつくと優月をベッドに組み敷いていた。
「ゆ、優月さんっ! もう少しご自分を大事にしたほうがいいんじゃないかな!」
「お、お前は言っていることとやっていることがまるで噛み合っていない自覚はあるのか!」
誠実さを取り繕うとする精神は、口先だけに残っていたらしい。
優月は顔を逸らしながらも俺が掴んだ両方の手首に力を込めなかった。
シーツの上に投げ出された半乾きの髪からは甘い香りが湧き上がってくる。
「一つ、言っておかなければならないことがあるのだが……」
何を言われてもこれ以上の脳内麻薬は出ないと高を括っていた。
「初めてなので、手ほどきを頼む……」
この女、ブチ込んできやがる……。
この短時間で、優月の無自覚ヒットアンドアウェイにどれだけしてやられたことか……。
だがそれももうおしまいだ。俺はこうして優月を捕まえた。
「そ、そっか……優月さん、は、初めtなnd」
言葉が蹴躓いた。
優月の目に不安の色が過ぎる。
それでも俺はカッコつけと勢い余って経験者のふりを慣行することにした。
「名前……お前の……」
優月の果実のような唇が小さく動く。
不覚だった。
俺は彼女に名乗っていない。
改めて、こんな状態で自己紹介なんて気恥ずかしさが込み上げてくる。
下の名前で呼んでもらいたくて、俺はあえてそちらだけを答えた。
「……禅、です」
彼女は音を吟味するように口にして、呼んだ。
「ぜ、ん……」
「はい……」
会話が続かない。
何だコレ。
めちゃくちゃ甘酸っぱいヤツじゃん。
でも。
ちゃらちゃらした風体を取り繕っているが、セーラー服を着せられたお姉さんを押し倒してなお気の利く言葉が出てこないほどのピュアボーイ。
この先どうしたらいいかわからない。
恐らく、優月も同じだ。
気の利く言葉が出てこないほどのピュアボーイであるが故に、彼女がそろえた膝に跨り胴体を沿わせることで意思表示をした。
「……あの」
それにしても優月の身体は温かくていい匂いがして……。
たまんねえ……。
力の加減を間違えたら壊れてしまうんじゃないかと不安になるくらい華奢で柔らかそうで、こんな綺麗で弱っちそうで現に騙されやすい生き物、よく今まで生きてきたなと感動さえした。
それから、俺が守らないと死んじゃうかもしれない女なのだ、とも。
そう、これはもう俺のだ。
俺の。
大事に、します。
そう脳に焼きつくのは一瞬だった。
「禅、くん」
俺をくん付けで呼ぶセーラー服の優月は先輩女子を想起させ、過去と日常の光景をちらつかる。
その過剰な生々しさに戸惑いながら、甘く温い脳の中で次の手を考え泳がせていると、優月の膝が俺の股間に押し当てられた。
もしかして、俺があまりにぐずぐずしているからじれったく思って積極的に……。
「おい」
「はい」
この姿勢にもかかわらず、反射的にかしこまった声色で返事してしまうくらい、突然に降り注いだ優月の声は凍てついていた。
顔を上げると、彼女の顔はベッドの隅、ビニール袋に納められた紙袋――中は彼女が大事にしている変身ベルトではなく電動マッサージャー――に向いていた。
「貴様、あれに触ったのか」
禅くんから貴様への降格。
「い、ひっ……いいえ! 袋ぼろぼろだったし」
「つけたのかつけてないのか、はっきりしろ」
ぐんっと優月の膝が股間に食い込んでくる。
「ぐ、お……っ」
しかし人質となった新米兵士はその状況をむしろ嬉々としてるし、そもそも平静さなんて存在しないし――俺は混乱して誘導尋問に引っかかりこの場にこれ以上とない程の失言をした。
「つけてない!」
「ほう、中身を知っているな」
その瞬間だった。
ぞぶん、と股間から劈くような熱がせりあがり、一拍遅れて新米兵士がいきり立ったままかなぐり上げられた衝撃の余震だと知る。
続いて本震となる痛みが全身を掻き分けて脳天まで貫通し、俺は悲鳴を上げることなく全身の力を失った。
優月の身体の上に遠慮なく押し乗った俺を、彼女は荷物のように押しのけた末に踏み台にしてベッドの隅の袋を掴み上げる。
やっと首だけを起こした俺の目の前で、優月は濡れているはずのコートさえ必死に抱いて出口に向かいながら一瞥くれる。
「ベルトは適合者にしか囁かない。残念だが貴様はその器ではないということだ、諦めろ」
彼女もまた冷静さを欠いていたのか、その目元が赤く腫れ上がり輝いていることを隠すなどしていなかった。
次の捨て台詞も震えて搾り出すような声。
「もう……もう、お前の助けなど必要ない! 二度と私の前に現れるな、詐欺師!」
ドカン、バタン。
彼女の感情を代弁するようにドアが音を立てながら開閉する。
しばらく何が起こったのか頭がついていかず、それはもう呆然とした後、まずは一つの事実を受け入れることにした。
俺は、彼女が必死に守り抜こうとしている変身ベルトを、ほんの些細な下心によって紛失した上に……現在進行形で中身を入れ替え騙しているのだ。