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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第三鐘 「煩悩白書」をもう一度
59/209

15. 隠された道、隠された慈悲

 ピン、シュボッ。


 ジッポライターの音と同時に暗闇が拓かれる。

 南無爺が持ったそれを中心に光が広がるも、二メートル先さえ見えなかった。


 なお、沙羅の乳の陰影が大げさに刻まれて、その果実の巨大さをさらに雄弁に物語っている。

 エロいライダースーツじゃないことが惜しまれた……。


 秘密の地下、狭い通路。

 白塗りの壁に朱塗りの柱。

 和様式であるが塗装はずいぶんとぼろぼろで、幽霊か妖怪でも出そうだ。

 長居したいとは思えない。


「おじいさん、ここ……何? 防空壕とか、そういうものでもなさそうだし……結構立派な和風建築に見えるけど」


 沙羅は興味津々、遠慮なく埃まみれの壁や柱に手を添えている。


「ここは輝夜神社じゃった」


「神社……? 華武吹町に神社ってあったんだ」


「いえすじゃ」


「歴史資料には無かったのに……なんで隠してるんだろ。地下施設とか怪しすぎでしょ」


 五十年前の災厄、煩悩大迷災を機に華武吹町は何かを隠している。

 それを掘り返してベルトだ華武吹曼荼羅だってのをはっきりさせるのが俺の目的でもあるのだけれど……アキラの言うとおり、いささか話が大きくなっている。

 なんというか、五十年前のいざこざが終わっていないというか。


「そんでこんなところ知ってるなんて、お爺さんタダモンじゃないんでしょ?」


「それは――」


 南無爺は言葉を打ち切って顔の前に人差し指を立てた。

 丁度頭上で野太い男達の声が響いき始める。


「あいつらどこいった……!」


 俺達は沈黙を噛み締めやり過ごす。


「公園逃げ込んだんは見たんだがな!」


「抜けて病院のほう行ったんじゃないか?」


「いや、ここでジジイとこそこそしてやがったんだ……どっかのダンボールに隠れてんじゃねえのか?」


「オラァ、出てこいや!」


 音を聞くに、ダンボールハウスは次々に襲撃され、隠れていたホームレスたちが引きずり出されていた。

 一方的な騒ぎの後でようやく足音が去り、安堵の溜息を落とせたのは数分後だった。


 ホームレスのおっさんたち、大丈夫だろうか。

 早いこと外を確認したい。

 そして双樹ビルに……。


 俺の思惑とは真逆に、沙羅は余程興味があったのか、ぎらついた目で南無爺の両肩を掴んだ。

 この姿勢で一瞬たりとも視線が乳に向かないとはなかなかやるぞ、この爺さん。


「ねえ、この先って何があるの? ちょっと見せてよ」


「い、言えん」


「減るもんじゃ無し、教えてくれたっていいじゃん!」


「言えん!」


「こんなに可愛い女の子がお願いしているんだからちょっとくらいサービスしてよ」


「い、言えんもんは言えん!」


「けちぃ。そんなことじゃ――」


 言葉が止まったかと思うと沙羅は突然に咳き込んだ。

 確かに空気が淀んでいるしカビ臭い。


 次第に咳は深さを増して沙羅は壁にもたれ身体を大げさに折り曲げた。


「沙羅、大丈夫か?」


「なんだか息苦しい……出ましょう、こんなところから」


 南無爺は突然の咳嗽(がいそう)に怯えるように頷いて、出口の石扉に手を添えた。

 上蓋を操作すると、それは再び石の擦り合わさる音を立ててゆっくりと開く。

 現代文明代表と言わんばかりの無機質色、街頭の光が射す。


 輝夜神社跡地の地下空間、謎の原理で開閉する出入り口。

 輝夜神社がロクなもんじゃないってことだけは俺にだってよーっくわかった。

 沙羅が食いつくのも頷ける。

 それにしては、食いついたわりにずいぶんあっさり諦めたもんだ……。


 沙羅は強欲だ。知識欲だってそうだ。

 ゲホゲホいいながら南無爺を抱えてでも奥に突撃するのではないかと、俺はひやひやしていたくらいだ。


 それだけ身体の不調が重いのか、逃げるように、這いつくばるように、階段を上がった沙羅。

 双樹ビルに急ぎたいけれど、こんな沙羅をほったらかしにしておくわけにもいかないし……。


 もう沙羅を連れて双樹ビルに乗り込むしかない……いっそ人質になってもらおうか、沙羅!


「早くここから離れるぞ」


 ゲスな作戦を隠しつつ、沙羅に手を貸したつもりだった。

 だが彼女は手首を掴むなり立ち上がるではなく、むしろ俺に片膝をつかせる。


 カッと見開いたコバルトブルーの瞳は異常事態を知らせるが如く眼振していた。

 とっさに、身構える。


「禅ちゃん……よく聞いてっ」


 沙羅はこめかみに脂汗を浮かべ、呼吸を深く、不規則に刻んでいた。


「おいおい、全然大丈夫じゃないだろ!」


「いいから!」


 苦しげに声を絞り出す。

 同時にワンピースの前を、ボタンを引きちぎって開く。

 窮屈に締め付けられていたメロンが呼吸と重力にしたがってゆったりと揺れた。

 さらに鬱陶しげにウィッグもずりおろして沙羅は胸元を押さえる。


「何だか、変なの。地下に入った時から……声が這い上がってくる……」


「は……?」


「聞こえる……救済してくれるって言ってる……《邪悪な進化》から……! 沙羅は、優月様とお別れするなんて禅ちゃんには辛いことだと思って、割り込んだの! それに、沙羅は禅ちゃんが……まだ……! だからせめて嫌われてでも悲しませたくなくて……っ、恩返しを叶えたくて」


「え……?」


 声にノイズが走る。

 割れた電子音。


「ぐぅ……あんた、誰なの……おかしなものです。愛ゆえに嫌われ、自らが悪であると思い込ませようとした。あなたが示した自己犠牲のように……やめて……優月様を恨まないで、沙羅が全部悪いの……いいえ。自己犠牲は美徳……その身体、使ってさしあげましょう」


 さらに(むせ)る。


 俺の脳裏に、吉宗千草が怪仏化したときのシーンが甦った。

 彼女も咳き込み、胸元を押さえて……。


「身体を……呼吸を、奪われて……っ救済を、与えっ、与えましょう……さあ、満たされ、望みを絶ち、心を無にするのです!」


 救済……。

 観音……。

 沙羅に……!?

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