14. ジジイ・ザ・タッチダウン
横を見ると、スクーターのハンドルと席にそれぞれ足を置いた状態で、威風堂々腕を組んだアキラが並走していた。
そう、立っているのである。
今度はどんな暴論が始まるんだ……。
無言で沙羅はアクセルを捻るが、スクーターはバイクの速度にぴったりと並んだ。
アキラのよくわからん技術は今に始まったことではないが。
「出た! 望粋荘の周りをうろついてた不審者!」
「うろついてた不審者はお前らだ!」
住民の俺からしてみれば、両方なんだけど。
「ねぇ、こいつ一体なんなの?」
「快楽解脱者……かな」
「そうだ! 真の解脱とはッ――」
強引に入ってきやがったな。
「――己を解り、脱ぎ放つことッ!」
例によってアキラは白いコックコートを……ですよね、宣言どおりに脱ぎ放つ。
コックコートは後方を走る剣咲組車のフロントガラスに大きく広がり、そっちはそっちで「前が見えない!」「早くどけろ!」と騒ぎを起こしていた。
「アキラ、やるじゃ――」
彫刻のような肉体が、ショッキングピンクのロープでぎっちぎちの亀甲縛りになっていた。
俺は賛辞を飲み下し、暗澹とした心持で蓋をした。
汚い十円玉二枚の上には同じくショッキングピンクの蝋が固まっており、一応乳首は制御はされているらしい。
でも視覚的ダメージは強い。
沙羅は無言で右折したが、アキラのスクーターも並走して曲がる。
スクーターなのにとか、そもそもハンドルを握ってないのに、とか色々ツッコミどころはあるが、まあその……。
そして説法は始まってしまった。いつもの感じで。
「お前は考えたことはあるか? 何故、男にまで乳首が存在するのか。これは人間が胎児だったとき、肉体形成が始まった後に性別が決定するという矛盾の名残だ。人は胎児のときから矛盾や迷いを抱えている――そう、自分が何者であるのか、それすら解らなくても命は胎動するのだとッ!」
「はあ……そすか」
「原初の煩悩、迷いを忘れぬために乳首はあるのだ。思い出せ、胎児のときからY染色体が背負った煩悩を! 全ての煩悩は乳首からッ!」
ベリバリッ、と結構な音を立ててショッキングピンクの蝋で固められていた乳首が解き放たれる。
俺と沙羅がどんな動物のような表情になっていたかは言うまでもない。
そして乳首制御装置を失った今、アキラはさらに暑苦しく説法に声を荒げた。
「今までの戦いでお前は知るがまま、あるがままあけっぴろげに脱ぎ全力で漏らした! だが、迷いを自覚し煩悩を一旦眠らせることで、より強い力を解き放つことが出来る。その名も――!」
いいところで後方から罵声が飛ぶ。
「なんだあの野郎ッ」
「撃っちまえ!」
アキラはちらりと視線を向け今度は……ですよね、下を脱ぎ放つ。
同じくして下衣はフロントガラスを襲って再び後方に沸く「見えない!」「どけろ!」の騒乱。
俺と沙羅の網膜にはショッキングピンクのビキニパンツが着弾。不愉快。
「――その名も、煩悩チャージッ!」
「煩悩チャージ……」
「煩悩チャージだ!」
だっせー……。
呆れ返って黙って聞いていた沙羅も我慢の限界か、景気の悪いトーンで口を挟む。
「何ソレ、マジだっさ。企画会議絶対落ちる」
「うるさいッ! 仕事中、一生懸命考えたんだ!」
今までのはなんだっけ。
煩悩……なんとかビーム。アレでハヤグリーヴァを倒した。
煩悩……ええと。エーカダシャムカを倒したやつ。
ここにきて、煩悩チャージ。
前二つを覚えていないにもかかわらず、これまでに比べて最強級にダサいということだけはわかった。
そして俺は「なんかダサい名前ついてた」くらいの情報を残し、技名はこのまま忘れていくのだ。
アキラには悪いが。
「つか、その眠れるなんとかでヘリをどうにかできるのか?」
「お前の役目ではないということだ。その煩悩はとっておけ」
「とっておけって言われても……」
俺がぐちぐちと続けたのを遮り、アキラは「双樹の」と古風に沙羅を呼びつけた。
「残念だが優月殿は返してもらうぞ。ヘリポートにはすでにあいつが到着している。慈悲は無く、あるのは正義の鉄槌のみだ」
「なんですって……?」
正義の鉄槌?
あいつ?
アキラの、仲間ってことは……変態の亜種!?
アキラがまともに答えるわけもなく、ドM丸出しの緊縛状態に似合わぬ気取った調子で笑った。
「ふ……風で少し乳首が冷えたな」
「だろうな」
「僕はこう見えて仕事中の身だ、先を急ぐ。乳首を見るたび思い出せッ! 僕の乳輪の紋をッ! はーっはははは、ははーははははっ、はーっはっははははははッ!」
足先の操作だけで方向転換し、スクーターはギチギチに縛られた変態を乗せて脇道へ入っていった。
三段笑いだけが尾を引いてあっという間に闇に消えていく。
あの野郎、今回は俺への説法に加え、沙羅に宣戦布告しにきたってわけか。
優月を助けてくれるのがアキラの仲間ってあたり不安しかないが……。
後方追跡車両は、ゆっくり不安がる時間さえ与えてくれないようだ。
「あの変態野郎、双樹の手のモンか!? 同じ手ぇ二度も使いやがって! 許さねぇぞ!」
「今度こそ撃ったれ!」
まずはアキラのせいでカンカンに暖まっている剣咲組。
「そいじゃ、ここらで露払いさせてもらおうか!」
バイクに後ろ向きで座っている俺は、ベルトに両手を添える。
相手はただの仕事熱心なお兄さんがた。
さすがにちょっと手加減してやろう。
であれば……っ!
「メロンッ!」
ボッ。
俺が何を力の源にしたかはさておき。
ベルトのちょっと下あたりから放たれた光。
それにて剣咲組は露払いされ、バイクは夜闇に消える、暗転――と、俺は踏んでいた。
が。
まあ、良く考えればそうなんだけど。
地面が抉られて剣咲組の車が車体を浮かせた……までは良かった。
両足を浮かせていた砲台と、その反発エネルギーをバイクが支えきれずに前のめる。
俺と沙羅は空中に投げ出された。
「あ」
奇しくも、俺が沙羅に轢かれた公園前のあの道路だった。
メロン……。
ロン……。
ン……。
スローモーションの意識の中で、俺は後方――一度は浮いた剣咲組の車が四足でしっかり着地する様を見ていた。
つまり俺の砲撃は無意味どころか自爆に終わったのだ。
「メロンがなんだってぇ?」
「ん~? そんなこと言ったかなあ?」
良かれと思って大惨事。
道路に着地した俺と沙羅は顔を見合わせて公園の中へ逃げ込んだ。
そんな俺たちをまず出迎えたのは、本日もテーブルで酒を囲んでいたグループ。
そしてベンチに座り込んでいる南無爺だった。
当然ながら、双方俺達――黒いヒーロースーツと謎の女スパイ――に身構える。
「な、なんだ!?」
「大丈夫か、お前ら! かなり高く打ちあがってたけど!」
「俺らヤクザに追われてるんだ! ここで決着つけっから、逃げてくれ!」
ホームレスたちは一拍顔を見合わせた後に「ええええええっ」と迷惑そうな声が上げる。
つったって、お前らだって不法占拠じゃねえか!
俺の知的な反論が飛び出す前に、ベンチに座っていた南無爺がすっくりと立ち上がって呟いた。
「……鬼」
それから、ちょいちょいと手招く。
「こっちじゃ!」
べったべたな英語に再び俺と沙羅は顔を見合わせ、南無爺の元へ。
彼が指した茂みの中には一本の墓標のような柱が立っていた。
そこには文字が刻まれていた文字――輝夜神社跡地。
「隠し部屋がある」
南無爺が柱の頂点を何度か撫でると、足元で石をこすり合わせるようなからくり音が響いた。
茂みがぼっかりと口を開き地下階段が現れる。
「急げ!」
突然の秘密ルート登場に俺も沙羅も呆然と立ちすくんでいたが、南無爺の声で我に返り、俺達は得体の知れない地下道へ逃げ込む。
こうして、南無爺へのタッチダウンは、俺の思いもしない形で果たされたのだった。





