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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第三鐘 「煩悩白書」をもう一度
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13. 続・メロン狩りカーチェイス

 再びの逢魔が時。

 濃紺と黄金がひしめき合う空を横目にビルの間を飛び越えた。


「あっ、見て!」

「黒いヤツじゃない? あれ」

「変態ヒーローだ!」


 指差され言われている噂なんてどうでもいい。


 新たに増えた感覚が、遠くヘリのプロペラ音と――聞き慣れない騒乱を捕らえたのは繁華街、一丁目大通り。

 馬頭観音ハヤグリーヴァを倒した場所だった。


 俺が登場する前から、クラクションが高らかに鳴り響き、人の声は騒然としていた。

 パチンコ屋のガラスを、双樹のものだろう黒い車が突き破っている。

 それを見覚えのある――先日俺と沙羅を追い回していた白い車が囲んだところだった。


「双樹の女狐さんよぉ! こっちぁ、この街のことよーっくわかってんだ! お前らが妙な女、匿ってる事もな!」


 道路には黒いタイヤ痕、カーチェイスの跡があった。

 バイクで追い掛け回されたとき同様、地の利を上回った剣咲組にしてやられたようだ。


 柄シャツの男達が車を降りていく中で、俺の目は髑髏の柄シャツを捉えた。


「……!」


 氷川さん。


 優月が華武吹曼荼羅。

 それを氷川さんに知られれば……望粋荘に居場所はなくなり結局は双樹を頼ることに……。

 嫌なシナリオが頭の中を走っている間に、剣咲組の面々は黒い車から白いワンピースの人影を引きずり出した。

 何だ何だと携帯電話のカメラを向ける通行人たち。


 そこに優月がいるという証拠を残されるのは――まずい!


 持たざる者の俺が出来ることは、唯一持っているものを投げ出すことだった。


 そして、新たな感覚が精巧に導き出す軌道をなぞるようにして、俺はビルから身を躍らせる。


「見て!」


 天を指すオーディエンス。

 その先が示したのは、俺ではなく――俺が景気よくバラ撒いた一万円札の雨。


 黒い車に着地して破壊音を巻き上げた赤黒いヒーロースーツ。

 しかしそんな一銭にもならないモノには目もくれず、通行人たちは取りつかれたように両手と視線を天に向けふらふら近づいてくる。


「ほらよ! 華武吹町の皆さん!」


 さらに分けておいた札束をぶち撒けると、素人もヤクザも関係なく上か下かに目を向けた。


「何してやがる! 仕事だ! おい、そんなもん――」


 あとは簡単。

 仕事熱心なヤの字のお兄さんを数人殴って一旦優月の身の安全は確保。

 ちらりと遠巻きに様子を見ていた氷川さんと目が合うが、彼は眉間に皺を作って状況を冷静に見ているだけだった。

 もしかしたら……それはそれで恐ろしいのだけど、氷川さんまさか……ちょっと偉い人なのかもしれない。


 今は、さておき。

 黒髪を垂らした白いワンピース姿を肩に背負った。


「沙羅には悪いがここは逃げるぞ! あいつぁ、自業自得みたいなもんだから!」


「はあ? 沙羅のことはほったらかすの? マジウケんだけど」


 ――えっ?


 背中の後ろから聞こえた声に俺は恐る恐る彼女を担ぎなおして見上げた。

 確かに、優月にしては立派なバストをお持ちだ。

 そして、俺をニヤニヤと……しかし面白くなさそうな調子で見下ろしているコバルトブルーの目。


「ささ、さ……沙羅……っ」


「ほんっと、妬いちゃう」


 華麗な体のひねりで唖然呆然の俺から降りると、沙羅は黒髪ウィッグを揺らし一目散にわき道に走った。

 そしてヘルメットを装着した若者が這い回りながら万札争奪戦に参加するのを横目に、恐らく彼のものであろう鍵のついたままのバイクに跨り派手にエンジンを唸らせる。


「沙羅、どうなってんだよ!」


 俺は言いながら発進するバイクの後ろに、逆向きになって着座。

 ふぅ、間に合った――って。


「お……おい、女が逃げたぞ!」


「車ん中、運転手もあっち逃げちまったぞ!」


「女だ、追え! ネコババ野郎も一緒だ!」


 剣咲組連中も怒号を上げながら再び白い車を走りだし……。


 これじゃ、昨日と同じ展開じゃないか!

 すでに上手く逃げ切れる予感がまったくしない!


「こうなるだろうと思って、ボス自ら囮になってあげたの。ヒーローちゃん。沙羅は己の犠牲もいとわず任務を遂行する女なのよ。惚れちゃった?」


「……てっめー」


 とは言ったものの。

 そういうのとは別で。


 黒髪沙羅のワンピースも、可憐なお嬢様って感じで可愛い……。

 こう、エロスを無理やり清楚の中に押し込んでいるというか。

 それはそれでマジえっち。


 待てよ。

 ってことは今、優月はピチピチライダースーツを着てるってことで……。

 清楚がエロスを纏っている!?


「そのマジえっちな優月はどこだ!?」


「まだ引きずってんの、ソレ」


 沙羅は渋い顔をしながら、すっかり濃紺の帳が下りた空を指した。


 ババババババババババババ……。

 ヘリがプロペラ音を地上に叩きつけている。

 ババババババババババババ……。

 ヘリ。

 ババババババババババババ……。

 ヘリコプター。

 そうだ、双樹のビルにはヘリポートがある。

 ババババババババババババ……。

 プロペラ音、うるせえ……。


 距離は? 届くか!?

 エーカダシャムカの精緻な視覚情報が、ハヤグリーヴァの跳躍力が、訴えかける。

 無理! と。


 間に合わない。

 優月が――。


「なんだ、その様子じゃ手紙見ちゃったんだ。てっきり沙羅のこと助けにきてくれたのかと思ったのに」


 沙羅の声はプロペラ音と、走行のせいで風に押さえつけられていたが、それに加えて意地の悪く歪んでいた。


「お前、知ってたんだな!? 騙したんだな!? 優月は一生出て来れないし会えないって! 今すぐ、あのヘリに連絡してくれ!」


「残念だけど、さっきので沙羅のシーバー壊れちゃって、連絡つかないんだよね」


「ぐっ……」


「だいたい、そういうわけにいかないな。沙羅はお姫様をさらって閉じ込めるのが目的なんだから。まさかヒーローが助けに来ちゃうんだもん。あー、やっぱり入れ替わっていて良かった!」


 沙羅にも事情があるのはわかっている。

 でも煽るような言い草に、俺は素直に腹が立っていた。


「沙羅、どうして――」


「どうしてもこうしても、解き放たれた災いをもう一度封じる。それの何が不服?」


 やり場のない苛立ちに歯を食いしばっていた俺の横から、


「望め! 欲せよ! 煩悩を絶やすな、無明戦士ボンノウガーよ!」


 暑苦しい調子が刺し挟まってきた。


「ああん?」


「…………」


 横を見ると、スクーターのハンドルと席にそれぞれ足を置いた状態で、威風堂々腕を組んだアキラが並走していた。

 そう、立っているのである。


 今度はどんな暴論が始まるんだ……。

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