10. マジえっちじゃん-(2)
四方八方から銃口を向けられている状況で、硬直しながら考えても一向に打開策は浮かんでこない。
それどころか、あーあ、なんでこんなことになっちまったんだツイてねえ……とか、どさくさに紛れて優月のマジえっちな下着を確認することは出来ないだろうか、とか。
それに、沙羅は……わがまま放題で気まぐれで欲深くて周りを振り回すけれど、そこまで悪いヤツじゃなかったはずなのに、まさか俺のせいで変わっちまったのか、とか……。
現実と向き合えていない考えばかりが頭の中で右往左往している。
とにかく、そっちがその気なら俺だって。
バックルのあたりを叩こうと腕を上げるも「妙な真似しないこと」と沙羅が釘を刺した。
そうだ、沙羅は俺がボンノウガーだって知っている。
「禅ちゃんのベルトほど強力じゃないけど、こっちのが武力として現実的でしょ? 大人しく、引き渡してくれる?」
「お前ら、優月さんをさらってどうすんだよ。この人がなんかしたのかよ」
優月と出会った夜、彼女を追っていた黒服たち。
俺は勝手なストーリーを組み上げて、彼女は金持ちの実家から煩悩ベルトを盗んで家出でもしたお嬢様だとばかり思っていた。
でも、それは見当違いだったんだ。
何もピンときていない俺の顔をまじまじ見つめ、やがて沙羅は静かに息を吐く。
それが落胆か、安堵かは曖昧だった。
「その様子じゃ……本当に、禅ちゃんには何も言っていないんだ。健気なんだねえ、優月様は。だったらなおのこと話が露呈する前に来て頂かないと、だね」
優月がはっと視線を上げ、身を離そうとしたが俺は腕に力を込めた。
「優月。今更、蚊帳の外ってのは無いよな? 仲間に入れてくれって言ってんじゃん」
「禅……」
精一杯の虚勢だった。
沙羅はこんなことをするヤツじゃない。きっとただの脅しだ。
何度もそう頭の中で唱えても、向けられている銃口が一つでも何かの間違いで火を噴けば、病院どころか墓場送りになるかもしれない。
そんな言い知れない、物理的な恐怖が体中を痺れさせていた。
優月を抱える腕に力が入ったのも、ただ単に俺自身が怖くて震えていたってのが八割だ。
沙羅は厚ぼったい唇の両端を、少々無理やりに吊り上げる。
「禅ちゃん、沙羅は教えてあげたよお? 女の秘密はそう簡単に背負わない、聞いたら引き返せなくなるって。知らないほうがいいこともあるって、わかってるでしょ?」
彼女が言いたいのは、きっと沙羅自身のことだろう。
さすがに俺は確信をもって首を振った。
「後悔してない。そりゃ、おっぱい揉み損ねたのは惜しかったけど」
「よく真顔でそんなこと言えるわね」
「むしろここで大人しく引き渡したら、俺はこれから罪悪感で、優月をネタにピンクタイムが楽しめなくなる」
「最っ低」
あっちからもこっちからも静かな罵声が飛んできた。
この状況で高尚な言い草吐いたって信用してくれないくせに!
「とにかく、頭がスッキリしねえと身体がスッキリできねえだろ! みそっかすにすんな!」
俺の返答に、沙羅は盛大に呆れ額をこさえて手をあてる。
「ったく、本当にこの男は……」
そして手を顔の前でひらひらと泳がせて「予定変更」と溜息混じり。
重い金属音を立て一斉に銃口を下げた黒服の男たちは、多少不満と戸惑いがあれど、忠実に沙羅の指示を待っていた。
「一旦、ここはいいや。周囲を警戒して」
「沙羅様。先の双樹会長からは、すぐにでもというご命令で……」
「彼はベルト所持者よ。暴れられても困るから、きちんと説得する」
それで納得したのか、黒服たちはぞろぞろと階段を降り、玄関を出て、壊れた蝶番を形だけ直して退散していった。
正確には撤退したわけではなく、沙羅の指令通りに周囲を巡回しているのだろう。
顔をしかめながら廊下を見ていると、その先の二○三号室から珍宝が恐る恐る顔を出す。
「一体何があったんすか……? 今度は何の騒ぎなんすか!? 禅くん、また何かやらかしたんすか!?」
「だから、何で毎回俺が原因みたいな言い方すんだよ! これは――」
このおっかねえ女ボスが部下に招集をかけて……と説明する前に「禅ちゃん、野暮は言わないでね」と、明るく取り繕った沙羅が俺の腕を引っ張る。
なすがまま俺は優月を抱え、暗い二○一号室――彼女の部屋へ吸い込まれてしまった。
優月の部屋は何の事もない。
個室にトイレとシャワールームがついており、家具が多いだけで俺たちの部屋とほぼ同じ間取り。
小さなタンスに卓袱台が立てかけられて、中央に真新しい布団が敷かれていた。
先ほどまで優月が横になっていたという生々しいシワが残っている。
などと観察している間に、
「沙羅たち、三人で秘密のイイコトするから!」
「ああ~ッ!? 禅くん、三人でなんてうらやま――不潔っすよ! 大家さんに言いつけるっすよ!」
珍宝をはぐらかして容赦なくドアを閉めた沙羅は再び女ボスの顔に戻る。
廊下には引き続き珍宝の罵倒が響いていた。
「さあて。秘密のお話しよっか。優月様だけじゃない。この華武吹町の根幹に関わる話だから、覚悟してね」
珍宝には色々と申し訳ないが、秘密ではあるものの全く楽しくないよくもないコトが始まりそうだ。
優月は突然、俺を押しのけて皺だらけの布団の上に着座する。
あの禍々しい曼荼羅。
その他にも知られたくないことがあって、それを隠していたのだろう。
俺は覚悟を決めて真剣そのものであることを示すために、表情を引き締めて腕を組んだ。
だが沙羅は俺の風体を疑いのまなざしで見つめている。
「禅ちゃん。重たい話になるけれど、ソレでちゃんと話聞けるの?」
わかる、わかってる。
これから凄く重くてシリアスな話をする雰囲気なんだって。
「大丈夫だ、聞かせてもらおう。この街の、秘部ってやつを――!」
「暗部」
「…………」
見事、優月の三文字によって論破、訂正された俺は膝から崩れ落ちる。
百合プレイ(誤解)から始まる度重なるご褒美に俺の血液が、元気が、煩悩が、どこに行くのかは明白で、沙羅はソレのことを言っていた。
それもわかってた。
絶対的にわかりきっていた!
絶好調にいきり勃っていた!
「もう生態系としてしょうがないじゃん……! 健康なんだから……!」
そんな無実で可哀想な子羊を、ほらな、やっぱり……と四本の視線が槍のように突き刺さしていた。
「何の進歩もなく最低」
優月……。
この女ァ……。
誰のせいでこんな状況になっていると思って……!
「そんなに言うんだったら、先にどんなマジえっちな下着だったのか、教えてよおぉおッ!」
敗北を認め床についた両手の拳を握り締め、目いっぱいに吠えたが――煩悩ベルトが元気良く空回るだけだった。