09. マジえっちじゃん-(1)
戦闘待機状態の股間に直接ゲロをぶっ掛けられるという人生初のプレイを味わい、俺は放心状態のまま望粋荘の風呂に辿り着いた。
到着するなり沙羅は珍しく、自分が飲ませすぎたせいだと真摯な態度を見せ優月の部屋で看病につく。
なんとか思考の歯車が動きを取り戻して、ゲロまみれのズボンとパンツ、ゲタニーカーを洗い、状況にさらにげんなり。
寝巻きはTシャツにパンツだからいいものの、明日までに乾くのだろうか。
やっとのこと自分の部屋、いつもの薄い布団で横になったのは一時過ぎだった。
今日、俺の予定では。
病院でちょっとした用事を済ませて、公園に行き南無爺から色々聞き出し、優月と甘い感じになるはずだった。
それが……沙羅にバイクで轢かれて病院へ戻され、ヤクザとカーチェイス。ホッとしたのも束の間、女の戦いを見せ付けられて、優月にゲロをぶっかけられる。
もう、めちゃくちゃだ。
明日こそ、南無爺に会いに行く。そして、優月にはゲロの件も含めて強気に出る。
ヤクザに追われてる沙羅は……まあ放っておいても大丈夫だろう。自業自得っぽいし。
電気を消そうと天井を見上げる。
今朝、アキラが宙吊りになっていたロープもろもろは消えていた。
ドギツいことしやがって……。
てか、監視カメラとか片付けたのか、あいつ……。
いっか。
別に誰かに見られて困るようなこと……出来る気分じゃないし。
潔く電気を消した。
「あ~ぁ……疲れたぁ……もうダメだぁ……もう……」
思わず声に出るほどの、久々の疲労困憊。
これはするりと夢の中へ沈めそうだ。
蝉爆弾に続くトラウマにならなければいいけれど。
下半身的な意味で。
…………。
暗闇の中、身体と布団の温度が馴染んで意識がふわふわとたゆたい始めた頃だった。
「――」
沙羅?
「――」
優月?
「――だぁめ。おっきい声出しちゃうと、禅ちゃんに聞こえちゃうよぉ? 抵抗しないで。ちょっとだけだからぁ」
「ん……痛いっ、そんなにキツく縛らないで……」
…………ッ!
一瞬にして覚醒した俺は例の如く覗き穴に飛びついた。
しかし、そこには銀色のカード――CEO、沙羅の名刺が張り付いている。
クソォ!
沙羅のやつ、早速覗き穴に気がつきやがったのかッ!
「はい、ゆづきちぃ、脱ぎ脱ぎしようね~。沙羅が、してあげる」
「だ……めっ、や……解いて」
忘れてた、というか俺はそれどころではなかった。
沙羅は両刀使い。
やたら優月にベタベタしていたし、看病するといっていたのも二人きりになるのが目的だったと考えればあの不自然な真摯さも頷ける。
一緒にするべきじゃなかった。
いや、一緒にして良かった。
いやいや、ダメだろ!
でも……一緒にしなきゃこうはならなかったッ!
ごちそうさまですっ!
「ふぅん……初心そうな顔してこういう下着を着ちゃうコなんだぁ。マジえっちじゃん。じゃあ次は、こっち見せてね」
な、にッ!?
百戦錬磨、エロのプロフェッショナル――エロフェッショナルである沙羅に「マジえっち」と言わせるほどの布地!?
そんな凶器を優月が仕込んでいる、だと!?
「お願い……そこはっダメ! やめて!」
「こらぁ、禅ちゃんにバレたくなかったら静かに、ね。んっわぁー……すっごいことになってるぅ。大変だよ、ゆづきち。どんな感じか自分で見たくない?」
「……ひっ、ぐ……そんなところ……触っちゃ……っ」
「今、ソコのお写真とってあげるね。ほら、動いちゃだめ」
「んぅっ……ぐっ、禅には……言わないで……」
「上手に出来たらねぇ。ほらぁ、そのままじっとして……ゆづきち、いい子だねえ」
沙羅。
沙羅様。
ぜひ後ほどその、すごいことになってる画像を俺にも恵んでください。
出来ればマジえっちな下着の詳細も。
とてつもなく、仲間に入れて欲しいが俺はそこに入り込めないことを自分でよくわかっている。
それは無粋だ。花園が壊れてしまう。
だからこそ、俺は網膜がダメなら鼓膜に焼き付けようと壁に耳を張り付けそばだてた。
きゅるきゅる、と出番を問いかけるようにベルトに遠心力がかかる――が違うんだ、大人しくしてくれ。
俺は俺で静かに狂乱が始まって、これからという頃、沙羅が妙に冷めた声を上げた。
「んー、おかしいなぁ……歪んでカメラに映らない?」
まさか……。
自動モザイク処理……!?
「この曼荼羅、見た目通り普通じゃないのね……」
違う!
優月の背中に刻まれた、あの異様な――華武吹曼荼羅!
百合じゃない、だと!?
ならば話は違ってくる。
俺は壁を叩いて声を張り上げた。
「おい! 沙羅! 何やってんだッ! 百合じゃないのか!?」
「あれ? 禅ちゃん。起こしちゃった? んふふ、仲間に入れて欲しいの? ゆづきちがいいんだったら、沙羅はいいよお」
部屋を飛び出して優月の部屋のドアノブをひねった。
当然と言っちゃ当然だが鍵がかかっている。
「優月ッ! 仲間に入れてくれぇーッ!!」
――訂正。
本音が出てしまった。
「優月! 中に入れてくれ!」
「禅……っ! 来るな、見せたくない……」
やっぱり優月は曼荼羅のことを一人で背負おうとしている。
そうはさせない……。
なんせ俺はもう!
「曼荼羅のことなら前から知ってる!」
俺の言葉に、ドアの向こうで優月も沙羅も息を呑んだ様子だった。
張り詰めた沈黙。
「……禅、何で知ってるんだ?」
先ほどまで怯えて震えていた優月の声が途端に冷静さを取り戻していた。
「あ……」
覗き穴で知りました。
一言では片付けられない深い事情を俺がドアの前で言い淀んでいる間に、ドアの向こうからの言葉が流れ止める術もなく話が転がっていく。
「ゆづきち、ここにな。覗き穴があったよ。この……名刺のところ」
「え?」
「こぉこ。これを剥がすと、ここに穴があってね。向こう側が……」
やめて。
「…………は?」
俺には優月の脳内で起きていることはよくわかった。
優月は俺に、曼荼羅に関わらせないよう健気にもその秘密を一人で背負おうとした。
そして一ヶ月近く俺と妙な距離感を保ち、抱え込み、イライラギスギスしていた。
思いつめ、煽られるままヤケ酒を起こし、臆面もなく泣き……吐いた。
なお、その秘密を俺はとーっくに知っており、何故ならエロ目当てで覗き穴を作っていた、という次第で……。
「禅……」
「ひゃい……」
すりつぶされる。
もみじおろしにされる。
さすがにR-18Gになる。
後に言われるんだ。
人肉ハンバーグ回(笑)って……!
「逃げるか……俺、逃げるわ! じゃあな! あばよ!」
逃亡という十八番を使おうと思った瞬間、優月の部屋のドアが開いた。
やはりというか、しっかり着衣した優月は真っ青な顔、真っ赤な目をしながら俺を睨みつけている。
両手首には、想像はしていたが今朝アキラを縛っていたロープが巻かれていた。
なるほどあいつは全く片付けて無かったということか。
「待て……」
そう言いながら、Tシャツにパンツのみの俺に遠慮なくしなだれかかって脱力した優月。
いつもなら「ズボン穿けバカ」くらい言うはずだが、まだ相当酒が残っているのか苦しそうに呼吸をする彼女の体を支えつつ、がんじがらめになった両手のロープを外す。
一息吐いて、「どういうことだ」と、薄暗い部屋の中にたたずむ沙羅に目を向けた。
沙羅は背中を向けつつ肩越しに振り返る。
そして、冷たい表情と堅い口調で――耳元に装着した小型のインカムに囁いた。
「トラブル発生。作戦変更する。銃器使用を許可、望粋荘を制圧。優月様を回収する」
「優月、様……」
その呼び方は……。
数秒もしないうちに、ドンと玄関扉が蹴破られる音がするや否や、俺の脳裏に浮かんでいた黒服の男たちがマシンガンやらショットガンを持って階段を駆け上がってくる。
数名はドアを蹴破りそれぞれの部屋に入っていき、珍宝の部屋からは「なんなんすか、あんたら!」と驚愕の声が響いた。
こんなに近くに黒服連中が……!?
そうだ、アキラは望粋荘に黒服が迫っていることを忠告していた。
いや、今はそれよりも!
「沙羅……お前、こいつらの仲間だったのか……?」
「んふ、バレちまっちゃしょうがねえ」
沙羅は振り返りドアの淵に寄りかかりながら指を鳴らす。
すると黒服たちは一斉に銃口を、廊下で縮こまる俺と優月に向けた。
「でも仲間……というのはちょっと違うかも」
男と女の修羅場というのはここ最近連続したが、こっちのタイプ、それもこれ程の修羅場経験は無い。
俺は引きつり笑いさえ出来ず、優月を抱えたまま硬直する。
「この人たちは双樹コーポレーションの傭兵部隊。そして、私は双樹コーポレーションCEO」
「しー、いー、おー……」
「超、イーヴィルな、女ボスって意味よ」
――俺の元カノは、悪い組織の女ボス。





