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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第三鐘 「煩悩白書」をもう一度
51/209

07. 軽いお姉さん、重いお姉さん

 見事、優月の前に並べられたお好み焼きの生地どんぶりを、俺、沙羅、珍宝がそれぞれ自分の手前に回収しかき混ぜ始める。


 俺たちが近所のお好み焼き屋チェーン店に流れ着いたのは、沙羅が「日本のジャンクっぽいものが食べたい」と言い出したからだ。

 多少、ステーキとか寿司とかを期待した俺からしたら肩透かしではあったわけだけどカップラーメンを回避しているので良しとする。


「最近、フレンチとかイタリアンとか多くてさ。どうして男の人ってホテルの高いレストランに連れていこうとするんだろうねえ。ま、下心がわかりやすいほうがマシって場合もあるけど。そゆわけで、沙羅、モテちゃうから高いもの逆に食べ飽きてるの」


 ついでに嫌味をぶっ放したが、春休みにダイレクト連れ込みをかましている俺は素知らぬ顔をしたし、幸いにも優月は意味がわからず首をかしげただけだった。


 そして奇妙な人員について。

 珍宝は通りすがったところを沙羅のおごりと聞いて自ら巻き込まれ、断ったはずの優月は奢りの条件とされた為に俺と珍宝の安い土下座で渋々同行してくれたというわけだ。


 四人がけの席、俺の正面は珍宝、隣は沙羅、最も遠い対角線上の奥まった席に優月。

 にもかかわらず、生地どんぶりが次々に彼女の前に置かれたのは他三人のビジュアル的な問題だろう。

 金髪ヤンキー、覆面レスラー、女スパイ(CEO)、である。

 残念ながら最も一般人らしい優月が、最も世間を知らないのだが。


 きょろきょろしながら優月も彼女なりに空気を読んだか余ったどんぶりに手を伸ばす。

 だがそこは珍宝が「優月さんはやらなくていいっす!」とナイスブロック。

 カレーの一件を知っていることもあって、内臓破壊を恐れたに違いない。


「何で」


「優月さん、免許持ってます? 焼き免許」


「焼き免許……ない」


「じゃ、ダメっす。警察きちゃいますよ」


「そうか……わかった」


 若干しょんぼりする優月は箸を割ったり、備え付けの青海苔やらかつおぶしやら一味やらのフタをぱかぱかとあけたり、所在なさそうにしていた。


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃっ!

 沙羅は俺に対してにやにやとしながらものすごい勢いで生地をかき回し、その音に紛れて囁く。


「禅ちゃん、沙羅もゆづきちで遊びたい!」


「おもちゃじゃないッ!」


 気持ちはわかるよ。


 優月は自分が無知蒙昧、無防備であるということを無自覚に露呈する。

 まるで自分は虎だと言い張っているトラ柄の子猫だ。

 沙羅の性格ならいじめたくもなるだろう。

 その点は俺も同類なのだけど。


 それから、珍宝お母さんが焼き免許持ちとして見事な手腕を見せつつ優月の面倒を見る。

 俺は沙羅、そして自らのドS心を抑える。

 そんな感じで何とかお好み焼きが口に入った。


 案の定、沙羅は言いたい放題、わがまま放題。

 アレが食べたい、コレが食べたいと注文しておきながら一口だけ。メイン食材部分だけが消えた小麦粉を焼いたものを俺と珍宝は黙々と処理した。

 俺たちの貧乏は味云々をとっくに凌駕しているし、沙羅が金を払うというのだから文句はないけど。

 これ全部同じ味だ……。


「ゆづきちぃ~、飲めよぉ。沙羅はCEOだぞぉ! CEOの酒を断るのかよぉ。負けたのかよお!」


「負けてないっ!」


 俺達以上に可哀想なのは優月だった。


 悪質なCEOの絡み酒の末、優月は結構な量のビールを飲むことに。

 試合前の珍宝、ぎりぎり未成年の俺が尻尾を巻いて逃げたのもまた彼女にとって不幸だった。


「おまたせしました! こちら、フルーツあんみつです」


 そしてようやく、炭水化物による脅威が終了。

 同じデザートが四つやって来て沙羅の暴走が止まったところだ。


 それとなく配られたあんみつ。

 つついてから気がつくが、俺のカップは眩しい黄色に華やぎ、みかんが集中していた。

 一方、優月のカップは寒天が幅を利かせており、みかん不在。


 彼女の据わった目がじーっと俺に訴えかけていた。


 みかん、好きって言ってたな……。


 俺はスプーンで黄色を掬い上げて優月に差し出す。

 この程度で機嫌が直ってくれるならいいけど。


「優月さん、ほら鉄板熱いから早くカップ出して」


「スプーン、使ってただろ。やだ」


 小学生かよ。

 さすがの俺も眉間にシワを寄せる。


「じゃあ沙羅がもらう~」


「あ」


 宣言どおり、ばぐっ、とスプーンは強襲されて匙山盛り贅沢みかんはCEOの口へ。

 あーあ……。


「おいしい! 沙羅もみかん好きなんだよねえ」


「な……」


 また始まった。


「なあに、ゆづきちぃ。嫌なんでしょ? いらないんでしょ? 欲しがってなかったもんね? いらないもんね?」


「そ、そんなことは……言って、ない」


「ええー? じゃあ間接キッス~とか思ってたの?」


「思ってないっ!」


「じゃあなんなの? 沙羅は欲しいから欲しいって言うし、もらうし、もっと欲しかったら奪っちゃうもん。もの欲しそうにして待ってるなんて、イヤな女のすることだもん。あれれえ? ゆづきちはイヤな女なのお?」


 優月が沙羅に言い返せるわけもなく。

 代わりに、目の前に置いてあった中ジョッキを持ち上げたかと思うと、一気に傾けて突然立ち上がった。


「ちょっと……お手洗い……!」


 お絞りを握って鼻を啜っていた優月。

 みかんを獲られたくらいでいい大人が……。


「あ、私は電話だ。もしもーし! え? なにそれ、マジウケるぅー!」


 一方、沙羅は上機嫌な様子で電話の先と話しながら店を出て行く。

 ピリっとした空気が緩み、俺と珍宝は安堵の溜息を吐いた。


 女の言い争いって怖いな。


 優月、沙羅の二人が完全に距離をとったところで珍宝は「それで」と身を乗り出す。


「沙羅さん元カノって、マジっすか。何で別れちゃったんすか! 女社長であんなにエロいのに!」


 ったく……こっちはこっちで下世話な話が飛び出したな。


 沙羅が昔話をべらべらと喋るものだから、俺はいずれ突っ込まれると思っていた。

 そして恐れていた。

 テンションが下がっていた。

 とはいえ、さすがは望粋荘の良心、珍宝はタイミングを見計らい被害を最小限に抑えてくれたようだ。


 俺は長く逡巡し、沙羅の名誉のために言葉を選んだ。


「超ヤリ手でフットワークが軽すぎたというか……」


「CEOっすからね、仕事も出来る超いい女じゃないっすか」


「んー……ヤリ手過ぎちゃったし、フットより上のヒップが軽かったというか……」


「ヒップ……尻……あ、あーあぁ」


 察した珍宝はいそいそと鉄板に残ったお好み焼きを俺と自分の皿に取り分けた。

 ドン引きじゃねえか。


 早い話。

 沙羅は当時、俺が知っているだけでも十四又をしていたのである。

 間違いはない。十四だ。


 クラスメイト、同学年、後輩、先生、部活のコーチ、家庭教師、警備員、清掃員、購買員、あまつさえ女子生徒。

 ちょっと突けば出るわ出るわ、信憑性の高い痴情の数々。


 沙羅の友人と名乗る女子からその発端を聞いたが、結局その女も沙羅と関係があったと聞くハメになる。

 幻想的な超美少女は、それに比例して超ビッチだったのだ。


 そこまで行けば何が真実で何が嘘なのか、俺には判断が出来なくなっていた。


 当時の俺はまだ純粋さが残っていた。

 女性に対する幻想も残っていた。

 その上で、貞操の問題はどうでもよかった。


 俺まで沙羅に流されちゃいけない。

 救わなきゃいけない。

 十五歳の俺は、十五歳なりに悩みに悩んで……なんでも手に入ると思いあがっていた彼女の目を覚まそうと土下座を選んだ。

 沙羅は「バレちまっちゃしょうがねえ」とへらへら笑っていた。


 その後、何が起きたかというと。

 俺が駆けずり回り波風を立てたせいで、沙羅のことは明るみになり、推薦入学どころか体裁上華武吹町にいられなくなり、海外へ引っ越していった。

 彼女は手に入らないものがあると思い知るどころか、何もかも失ったのだ。


 俺の気持ちが伝わっていたか。

 それは……今でも強欲な沙羅の様子を見るに、だいぶ望み薄だろう。

 逆に、俺を恨んでいる様子も無い。

 全く、何も、変わっていない。


 ま、どんな切実な気持ちがあろうと、土下座一つで人間は変わらない。

 そんな感じで俺はまた一つ、世の中に対してスレることにしたってわけだ。


「十四かあ……そりゃスケジュール管理、上手くなりそうっすね」


「無理やり褒めるなよ」


 薄汚い話題の途中、幸いにして先に戻ってきたのは優月の方だった。

 足取りは怪しげ、目は赤く据わっている。


 俺たちの微妙な空気に気がつくことはない。

 むしろ、彼女のほうが……。


「優月さん、大丈夫っすか?」


「マジ平気じゃ」


 嘘をつけ。

 何の説得力もない。


「禅」


「はい……」


「ばーか」


 この有様だった。

 何が望みかわからない酔っ払いが出来上がってしまった。


 電話を終えた沙羅は良い知らせでも受けたのか、いっそう上機嫌になって引き続き優月に絡み酒を飲ませる。


 そして珍宝と俺は、チベットスナギツネのような顔を見合わせて優月の身体をべたべたと触る沙羅に神経を尖らせていた。


 そう、前述したとおり。

 沙羅はとにかく強欲。

 欲しいと思ったら何でも手を出す。

 それが女性だろうと。


 何か起こる。

 俺たちは予感し、それを危機として防ぐか、期待と呼びその時を待つか、判断しかねていた。

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