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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第三鐘 「煩悩白書」をもう一度
44/209

プロローグ、っていうか今回の煩悩 Ambivalence or XXXXXXX

 俺だって、誰かを助けたいとか、救いたいって思ったことはある。

 救えたかなんて、今になってはわからないけど。


 双樹沙羅(ふたぎ さら)

 俺が十六の時に付き合っていた女だ。


 同じ明珠(みょうじゅ)高校の生徒で、俺は一年生で十六歳、沙羅は三年生で十八歳。

 両親共に美男美女の白人で、彼女自身も亜麻色(あまいろ)の長い髪とコバルトブルーの瞳、大人びたプロポーションを持つ、日本ではあまりにも幻想的な美少女だった。

 その上、大伯父さんが華武吹町(かぶぶきちょう)発祥の大企業《双樹コーポレーション》の社長、父親も幹部というお嬢様。

 もちろん、超のつく高嶺(たかね)の花。


 沙羅は、その大きな乳にもかかわらず長い足で短距離、長距離だけでなく何でもこなす陸上部のエースだった。

 俺がつるんでいたオタク男子グループも帰り際に隠れながら沙羅の揺れる乳を見学しにいったものだ。


 当時の俺はまだ黒髪短髪で、身長がデカい以外に特徴の無い地味男(じみお)くん。

 だから、まさか沙羅のほうから声をかけてくるなんて思ってもみなかった。


 それはある日、突然。


「ね、キミさ。いっつも見てるよねえ?」


 その日、友達にはそれぞれ用事があり一人だった俺に、部活の走りこみを抜けてきた沙羅が詰め寄った。

 ゴールポストで誰かを待っているフリをしながら、いつものように揺れるものを見ていた俺は面食らって、「はあ、まあ」と冴えない生返事をしたのを覚えている。


 赤信号は皆で渡れば怖くない然り、いつもなら友達と一緒だったから何とも思っていなかった。

 でも本日は一人で、かつ本人が目の前。

 途端に罪悪感が迫り上がって俺は目を逸らした。


 沙羅は流し目で笑い、腕を後ろで組んでその妖艶(ようえん)に実ったものを張り出す。

 彼女の思惑通り、俺の視線はその果実の上に座標修正された。

 汗を吸った薄手のTシャツ、ブラジャーが支え損ねた上部分だけしっとりと塗れてトーンを暗く落としている。


「ほらあ、見てる」


 彼女は嫌がるどころか主張して俺に距離を詰めてくるなり、肩を抱く亜麻色の髪をかきあげた。

 汗と、石鹸の匂い。

 女の子は本当にいい匂いがする。俺は初めて知った。


「今日、キミ一人なんだ? いっつも友達と一緒にでれでれしているのに。誰のこと見てるのかなあ?」


「あ……別に」


「私、わかっちゃうんだよねえ。ドコを見られてるのか」


「す、すみません……」


「ダメ。許してあげない! この後ヒマ?」


「え……」


「許してあげないって言ってんだから、『はい』だよね?」


「……はい」


「じゃあちょっと待っててくんない?」


 沙羅は校内一の有名人で、マドンナで、スター選手。

 そんな彼女に声をかけられ、その上どうも責められているのだから、パニックになっており俺は大人しく頷いた。


 その間に沙羅は練習に戻ってしまい、小一時間も待たされて、陽の落ちかけた頃にようやく制服に着替えた沙羅が校舎から出てくる。

 シャワーを浴びてきたのか、髪は半渇きだった。


 有名な美少女が、良く知っている高校の制服を着ている、そんなこそばゆい違和感。


「お待たせ~。つか、本当に待っててくれたんだ。マジウケる」


 まるで旧知の仲のように言われ、俺は困惑しながらまたしても生返事を返した。

 そんな俺の背中をバンバン叩き、沙羅は校門の方へ押しやる。


「先輩だからって敬語使わなくていいんだよ。沙羅だって敬語なんかわかんないんだから」


「いや、ええと……」


「パンケーキ食べにいこ! 今日カップル割りなの! 沙羅がご馳走したげる」


「カップル割り……?」


 カップルを割りに行くのか?

 すげえ趣味だな。


 そう思ってしまうくらいに沙羅の述べたソレは、俺には縁の無い世界だった。


「カップルで行くと一つ分の料金で二つ食べられるんだよ! あ、フレーバーはベリーとバナナだからね。沙羅、両方ちょっとずつ食べたいの」


 俺は、てっきり乳を見ていたことを(とが)められるのだとばっかり思っていたから、沙羅の要求には素直に従った。

 そして、本当に近場のパンケーキ屋でだべって連絡先を交換して帰っただけ。

 怒られることなんて無かった。


 それどころか、以降は沙羅からメッセージが届くようになり、放課後に度々(たびたび)だべるようになり、時には二人でアミューズメントパークに行ったり。

 振り返ってみれば自分でも驚くべきことに、いつの間にかそんな雰囲気になっていたのだ。


 意志薄弱で優柔不断な俺と、要求の多い沙羅は、うまいこと噛み合っていた。

 言い方を変えれば、俺は沙羅にリードされていただけなのだけれども。


 俺がふんわりと想像して、そんなわきゃねえわ、と脳内の隅っこにおいやった理想の高校生活。

 沙羅はそんなファンタジーをもたらした存在で、やっぱりそれは俺にとっては夢のような日々で、その幻想が続いたのは三ヶ月程度だった。


「親がさ、進路どうすんだって、うるさいんだよねえ」


 間の抜けた話だが沙羅の隣にいることが当たり前になっていた俺にとって、沙羅が三年生で卒業間近だったというのは、衝撃的な事実だった。


 自慢じゃないが、そのときの俺はまだ大人の汚さを知らなくて、スレていなかった。純朴だった。


 十六歳の純朴で素直で可愛い俺は俺なりに、男としてけじめをつけなきゃいけないと己を駆り立てて、二週間かけておよそ千文字の長文と沙羅の返事に対応するフローチャートを作成し、隣町の神社まで行って祈願した後に、初めてメールで告白をしたのだ。

 ほうら、可愛い。


 まあ、沙羅の返事はというと、俺の送信十秒もしないうちに「おっけー!」と呆気にとられるほど軽い内容だった。

 間違いなく読んでいないことに対しても、沙羅らしいなと俺は笑って流せた。


 ただ一つ、条件付だったのだが。


 ――他の人には付き合ってると言わないこと。


 沙羅は陸上選手としても大学から声がかかるほどで、その上に容姿の良さから雑誌の取材も受けており、恋愛周りの不祥事(ふしょうじ)がご法度(はっと)だったらしい。


「ほんっとゴメンなんだけど……ネームバリューあったほうが有利だからさ。ね? ぶっちゃけ、受験勉強……したくないんだよね。沙羅、(らく)したい。禅ちゃんとの時間も大事にしたいし」


 そんなこと言われて俺が首を横に振るわけがなかった。

 それからトントン拍子で仲は進展し、俺は沙羅の両親とまで顔を合わせるまでに。想像通り、青い目をした中年の美男美女だった。


 そして肌寒くなってきて十月の中間試験の最終日、テストも終わったあと。

 結果を聞くまでもなくげんなりとしていた俺に沙羅は意気揚々と声をかけてきた。


「今日さ、勉強会しない? うち……いま親いないんだよね。海外行ってて」


「何でテスト終わってから勉強しなきゃいけないんだよ」


「んもー、ニブいんだから。しよ、って言ってんの」


「……は?」


 その時の俺は、多分詳細なことを覚えていない。

 ただ、その時点で。


 実は、()()()()で悩みに悩んでいた。

 彼女が大切だったからこそ。


「さ、早くぅ。ぐずぐずしないで。沙羅が全てを受け止めてあげるから」


 沙羅の家、彼女の部屋まで行き、彼女はシャツの前を摘み上げてゆっくりと胸元を開いた。


 そんな土壇場で俺は――「無理です……」と、彼女に土下座したのである。


 彼女はへらへらとしていたがさすがに続くわけもなく、すっぱりと俺から切り出す形でお別れすることになった。

 今の俺からしたら考えられない選択をしたもんだ。


 その土下座のせいで沙羅の人生は変わったのは間違いない。

 多分悪い方向に、だ。

 彼女は望んでいた大学入学の道は絶たれた後、両親と共にロシアへ旅立ってしまった。


 助けたい、救いたい。

 その気持ちは見事に空回ったのだ。


 *


 今でも、夢に見る。


 亜麻色の髪、コバルトブルーの瞳。

 誰もが憧れる美少女。


 それから……。


 お嬢様。

 セーラー服。


 何が言いたいかというと。

 初めて優月と会った夜、セーラー服を見た俺の脳裏では強烈に、そんな双樹沙羅のことが過ぎっていた。


 彼女の思い出がなければ、俺と優月の現在は間違いなく違っていただろう。

 間違いなく、流されている。

 間違いなく、優月は俺に惚れている。

 間違いなく、今よりハッピーライフを送っている。


 何にせよ。

 十一面観音エーカダシャムカとの一件で、大きなトラウマだった母親に対する気持ちの整理がつき、俺の心には結構大きな余裕が出来た。


 俺はそこに華武吹曼荼羅(かぶぶきまんだら)の件を置き、来るゴールデンウィークには煩悩大迷災(ぼんのうだいめいさい)について調べようと静かに意気込んでいた。


 俺の煩悩が消し飛ぶほど禍々しい華武吹曼荼羅が優月の体に刻まれているのは由々しき問題だ。

 深入りするのは確かに怖いけど、何よりこのままじゃ俺は……。


 俺は、自分の家で――自分のためのピンクタイムを楽しめないんだッ!!

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