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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第二鐘 飾りじゃないのよ煩悩は
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18. Power of JXstXXe-(2)

 アキラの放った岡持ちアタックが顔面に着弾したエーカダシャムカはゆっくりとのけぞり、そのまま後ろ倒しになる。


 笑い声が停止し、俺はようやく身体を立てることができた。

 自分でもぞっとするほど全身血だらけで、身体がだるく寒かった。


「アキラ……!」


 そして、アキラは白いハーフヘルメットに……チャイナドレス、いまだに厚化粧としっちゃかめっちゃかな状態だった。


「アキラ子わよ!」


「まだそれやんのか……気に入ってんだな」


「デリバリーの注文が三割増しになったのわよ。地獄のサタデーナイトも金次第」


 そして両手で金を表すありがてえ手印を作る。

 例に漏れず華武吹町の住人だ……。


 しかし、さすがに。

 血まみれで息絶え絶えの俺にアキラは片眉を上げて首をかしげると、アキラ子というキャラクターを一端捨て置き、完全に素で尋ねてきた。


「それで……この状況で、何故ボンノウガーに変身していないのだ?」


「攻撃されて、エロ云々もどうでもよくなってきちまって……出来ねぇんだよ……」


「お前のやたら強い劣等感と性欲が、(ろう)の一瞬にして崩されるわけ――」


 アキラはいつも通り悪ふざけでもしているのか手印を双眼鏡のようにして俺を見る。

 全身ぼろぼろ、つい今しがたトドメを刺されかけた状況だというのに、余裕綽々と鼻で笑って意見を(ひるがえ)した。


「――あはん、だろうな」


「何がいけねえ……!」


「モテている」


「は?」


「優月殿、そこの娘、観音の素体、それからアキラ子。モテまくりんこッ!」


「……異物が混入している」


 俺は……。

 そうだ、ボンノウガーの力でなんとかモテないかとばかり思っていた。ハーレムを望んでいた。


 そして確かにここのところ、俺さえもびびる程にフラグは乱立。

 昨晩は幸せに煩悩が漏れ出てしまったし、優月にいたっては今夜こそというフラグを堅実に守り、あとは幸せを享受するのみ。

 そんな状況だ。

 よってエーカダシャムカの攻撃以前に、俺お得意のモテたいという欲望、煩悩は満足に近い形で……ほぼ消滅していた。


 え……。

 つまり?


 ボンノウガーってもしかして、幸せいっぱいだと変身できない。

 そういう仕組み……?

 俺は得意げに、手堅く守った優月とのフラグを……観音との戦いのために自分でクラッシュさせておくべきだったのか?

 呆然としていると、アキラはわざとらしく肩をすくめる。


「禅、思い出せ。煩悩は何も性欲だけではない。馬頭観音ハヤグリーヴァを散々苦しめていたのはお前の存在というより、竹中氏が抱き続けた煩悩だ。それを解り、脱ぎ(はら)え」


「あのときの、煩悩……」


 そうこうしているうちにエーカダシャムカは立ち上がっていた。


「うぐうぅ……ふ、ははははははははははは!」


 蓮華チェーンソーは勢いを増して回転音と笑い声を響かせる。

 俺と陽子は再び身を強張らせるが、アキラは涼しい顔をして前髪をかきあげていた。


「はん、なるほど。禅、こいつは口先だけでハヤグリーヴァ以下の雑魚だ。お前が変身さえすれば敵ではない」


 そして意外にも高圧的な態度を見せながら、悠長に岡持ちを回収する。

 こんなやつだったか……?

 ぎょっとしながらアキラの表情を覗き込む。

 暑苦しさよりも、冷ややかさを宿す眼光が薄暗がりの中で輝いていた。


「とはいえ、僕も少々君の事を甘やかしすぎていたところはある。このくらい一人で乗り切ってくれ」


「え」


「お助け料金はツケておくのわよ」


 思い出したかのように不自然な女言葉で締めくくり、がちゃがちゃと中身が悲惨なことになっているであろう岡持ちを片手にしてアキラは長い髪を翻す。

 それから、エーカダシャムカの笑い声の中、一際低く呟いた。


「禅、自らを愛さぬ者に本当の煩悩は生まれんぞ」


 その声を、意味を頼りに、ばらばらと崩れそうになる意識を繋ぎとめ、ようやく形が伴ったと思った頃にはアキラの姿は無かった。


「うぅう……禅兄……足引っ張って……ごめんなさい! 言うこときけば、よかった……」


 陽子の苦しむ声が耳に入る。


 なんだよ、アキラ!

 優しくねぇな!

 せめて陽子だけでも、引っ張って助けてくれよ……!

 そんなヤツだと思わなかったよ!


「見捨てられたな、煩悩の使徒! ははははははははははは! それでは今一度、救済を授けよう」


 俺自身は何も出来ない。

 何もかも上手くいかない!

 悔しさに、苛立ちに拳を握りこむ――と、ぐんっと煩悩ベルトが小さく唸った。


「禅兄……ごめんなさい! 子供のままで、ブッターさんのパンツで、足引っ張って……!」


「謝るな……謝るんじゃねえ……!」


 陽子の声に歯を食いしばる。さらに煩悩ベルトが何度か手ごたえを掴みかけ、遠心力を訴え始めた。

 だが噛み合わず、またしてもきゅるきゅると空回りを続ける。


「そうだ、畜生娘。お前のせいだ。お前が稚拙で幼稚、己を偽ったせいだ。愚かよの! ははははははははははは!」


「言うんじゃねえ、笑うんじゃねえ……!」


「己を偽りて悪を重ねる。それならば、はじめから生まれなければ良かったものを!」


 そうだ。


 ――産まなきゃ良かった。

 ――産んで欲しくなかった。


 俺が死んでいれば、お袋はもう少し楽に生きられたのにどうして見捨てなかったんだ。

 どうして幸せになってくれなかったんだ。

 違う。俺が伝えたかったのは。


 助けてくれて、ありがとう。


 そこに到達する前に、解らなくなって脱げなくなった――心のパンツを穿いたまま怒りを漏らしてしまった。

 俺もお袋も汚れて塗りつぶされて……ダメになっちゃったんだ。

 だからもう怒るのは、漏らすのは、怖くて――


「煩悩よ、輪廻(りんね)へ――! オン マカ キャロニキャ ソワカ! ははははははははははは!」


 ――だからこそ向き合え!


 お袋は一生を台無しにしてでも――それは結果的に重たすぎたけれど――お袋は覚悟(おれ)を背負ってくれた!

 吉宗も津留岡も陽子も、俺でさえ次に進むために覚悟(ひみつ)を背負った。

 俺がここで奮い立たなければ、その覚悟に示しがつかない!


 ――脱ぎ示せ!


「オン マカ キャロニキャ――」


 ボッ――と煩悩ベルトのあたりで爆発が起こったかのように圧が走った。

 圧は一瞬で黒く禍々しい炎となり俺の全身を飲み込む。

 俺のかすみかけた意識はようやく晴れ、その頃にはヒーロースーツが分厚く覆っていた。


 背中から上がっていた黒炎は、いまや全身から《漏》れ出す。


「は――それが、お前の煩悩……! 暗き憤怒(ふんぬ)や!」


 エーカダシャムカの笑いが刹那止まるも、さらに十一の顔が大口を開けて声を荒げた。


「ハゲ隠し! ははははははははははは!」

「偽の乳! ははははははははははは!」

「畜生パンツ! ははははははははははは!」

「子供のくせに! ははははははははははは!」

「小さな見栄の為! ははははははははははは!」

「自らの偽装の為! ははははははははははは!」

「恥ずかしや! ははははははははははは!」

「偽りは悪や! ははははははははははは!」

「悪は罪や! ははははははははははは!」

「罪は融けや! ははははははははははは!」

「笑い融かしてくれようぞ! ははははははははははは!」


「人の為は悪じゃねぇえッ!」


 さらに俺から湧き出た熱を伴わない炎は部屋の隅々まで走る。

 禍々しい黒い炎の中、笑うエーカダシャムカのみが、崇高な黄金色に包まれていた。


 言葉に出来るほど冷静ではなかった。

 でも見失うほど汚れてはいなかった。


 吉宗も津留岡も、成りたい自分(ひと)に成る為に秘密を背負った。

 それの何が悪い。

 自分と向き合った結果だろ!


「ははははははははははは!」


「人の覚悟を――笑うんじゃねえッ!」


「――オン マカ キャロニキャ ソワカ!」


 エーカダシャムカの光が強さを増したが、炎に包まれた俺の腕がその間合いに割って入る。

 ばりばりとガラスを割るような反動を分け入り、エーカダシャムカの蓮華チェーンソーを蹴り払った。

 エーカダシャムカの頭の一つが、驚嘆を呟く。


「その力、ハヤグリーヴァ――!」


 ぞんっ。

 中空でもう一発、蹴りを放つ。

 巨大な果実の如く、十一の頭のうち一つ目が地に落ちる。


 さらに頭部に飛びつき、両手で二つ目、三つ目と頭を引きちぎった。


「我が頭!」

「畜生め!」

「憤怒や!」

「過ちや!」

「汚れし感情!」

「愛されぬ者!」

()けよ!」

「オン マカ キャロニキャ ソワカ! はははははははは!」


「人の痛みを――嘲笑(わら)うんじゃねええぇぇぇぇえッ!」


 自分の中から、咆哮のような太く重い音が迸る。

 如意を打ち消し、さらに四つ目、五つ目、六つ目、七つ目をぞんざいに床に叩きつけた。


「悪鬼め!」

「やめよ!」

「た、助け――」

「救済を! はは、は――が」


 八つ目、九つ目が転がり落ち――十個目の頭は最後の正面顔の口に押し込んだ。


「黙れっつってんだ……」


 笑う事も真言を唱える事もなくなったエーカダシャムカ。

 俺はその前に立ち、悪あがきに振り上げられた拳を掴んだ。

 如意の力も丸裸となった黒い観音像が目を見開き自分の頭を口に含みながら弱々しく呟く。


「苦し、め……偽る、汚れに……」


 まだ笑うか。

 まだ融かすか。


 俺の心情を表すように黒い炎はさらに上がってとうとうエーカダシャムカを包んだ。


「憤怒の炎に、(さいな)まれよ……逃げられは、せぬ……は、ははは」


 この禍々しい炎が俺の――怒り。

 俺の中で、ずっとこんなに……燃え燻っていた。


「ああ、わかってんだよ。ああ、そうだ。俺はこの炎と向き合い続けるんだ……」


「ひひひ、はははは……お、ほほほほほ」


 気をおかしくしたように声を上げながら十一面観音エーカダシャムカが笑い融けていく。

 床に落ちた頭も、それに伴い次第にドロドロと形を失っていった。


 黒ずんだ泥の中から白い肌が見えて、俺はとっさに両腕を伸ばし吉宗の身体を胸に支える。


 同時に、ころんと儚げな音が足元に響いた。

 目で追うと、そこには黒真珠――チンターマニが転がっていた。


 俺は、それよりも――。


「吉宗、大丈夫か?」


 返事はないが、苦しそうに眉間にシワが寄る。

 観音が変形したせいで女子制服は破れ落ちてしまい、彼女は何も纏っていなかった。

 もっと言えば、その偽っていた巨大な乳の感触も無くなっていた。


「禅兄……?」


 陽子がおずおずと距離を詰めてくる。

 黒い炎は収束しつつあったが、ボンノウガーが《正義の》ヒーローなんかじゃないのは一目瞭然だ。

 その声の震えに、俺は静かにため息を吐いた。


 そうだよな、引くよな。

 怖いよな。

 性欲エロビームも相当だが、喚き散らして暴力振るうってのも大概だよな。


 こればっかりは、無明戦士ボンノウガー最大の難点、最大の設計ミス、最大のクソ仕様。

 どうなんですかね、ベルトちゃん。


 きゅるるる……。

 すっとぼけるようにベルトは回転の勢いを失った。


 そもそも俺が吸収してからベルトは一切喋らなくなってしまった。

 一応、意思表示はしてくれているみたいだけど。


 ヒーローらしくない弁解も俺の役目ってことか……。


「あの、陽子」


「す……」


「これは――」


「すっげーッ! 禅兄、すっげー強えーぢゃん! 仏恥義理(ぶっちぎり)ぢゃん!」


「……何言ってんだ?」


 忘れていた。

 陽子の精神はお子様。

 蝉爆弾は仕込んでないにしろ、悩んでいたとおり大人になりきれないのだ。


「ジョワッ!」


「陽子、陽子……いいから落ち着いて」


 身振り手振りで興奮を伝えようとする陽子を見ているとだんだんと気持ちが静まり返ってきて、俺はむしろ彼女を諌める側に回っていた。


 そうこうしているうちに俺の変身も解けて――すると、吉宗一人を支えている力も無く俺は吉宗と共に崩れ落ちる。


「――お、あ!」


 陽子は慌てて両手を目にやった。


「吉宗、すまねえ! 今――」


 俺は学ランを脱いだところで何か視界に入った気がして筋肉が硬直した。

 吉宗の胸は小さいとか、そういったレベルではなくほぼ平らで、その直線的な肩から胸にかけたラインは俺もよく知っている外形……。


 すまん、と心の中で一つ手を合わせながら視線をスライドしていく。

 白い肌、華奢な身体、そして俺が良く知っている方のチンターマニがついていた。


「…………」


「ど、どうした禅兄!」


「吉宗……吉宗千草……くん?」


「あー、禅兄知らないよな。吉宗、男だぞ」


「…………」


 多少苦い顔はしたかもしれないが、俺は学ランを吉宗に被せた。


 真っ白になった思考に、脳に酸素を送るため深呼吸する。

 そりゃあ豊胸手術がバレるはずだ。

 そもそも吉宗千草くんが女の子になりたい男の子であることは(俺以外)周知の事実だったのだろう。

 吉宗は豊胸手術をしたことではなく、どっちかっていうとタダで手術したことを秘密にしたがっていた……。


 人工物か天然か、偽物か本物かなんて俺はとってはどうでもいい。

 しかし、チンターマニはついていたし、チンターマニもついていたし、今やそこにおっぱいはない。

 だったら俺の一喜一憂は一体何だったんだ。


「何でそれを先に言ってくんねえのかな! だったら俺だってこんなに食いつかなかったのに……!」


「よくわかんないけど、禅兄と吉宗の乳……何の関係あるんだ?」


 陽子は真顔だった。

 純粋に心底わからない、という顔だった。


「いや……そそその……」


 (おおい)なるおっぱいと特別に仲良くなりたい。

 そんな俺のささやかな夢は、観音の強制救済と共に泡となって消えていった。

 俺と仲良くしてくれるおっぱいは、もうここにはいない。

 それについて語ることに何の意味があるだろう。


 気まずい沈黙の中、ネオンの乱痴気色だけが喧しく差し込む。

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