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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第二鐘 飾りじゃないのよ煩悩は
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17. Power of XuXXicX-(1)

 ランタン一つの薄暗い廃墟の中で、二メートル強はあろうかという大きな観音像とその影が暴れていた。

 不良たちを掴んでは投げ、デスクをひっくり返し、蓮華チェーンソーで柱や天井を切りつけていく。


 何人かが出入り口から飛び出してきたが、俺たちを素通りして悲鳴を上げながら階段を下りていった。


「強者の前に弱者は平伏す。無常な理から救われたければ、帰依(きえ)せよ。我は救済を授けし者なり」


 十一面観音エーカダシャムカは笑う。

 始まってしまった……。

 ここは強引だが一度陽子を外に引っ張ってから戻るしかない……!


「陽子、逃げるぞ!」

「か、か……観音様が……」

「陽子!」

「……ぁ、う……うん!」


 陽子が踵を返し――同時に中から飛び出してきた不良が「邪魔だ、どけ!」と吐き捨てながら陽子を押しのけていた。

 

「わきゅ!」


 暗がりの中に突っ込まれる陽子の身体は皮肉にもブッターさん柄のパンツ全開でコンクリートの上に倒れる。

 俺も陽子も唖然としている間に、くるりとエーカダシャムカの上半身が彼女に向いた。


「豚畜生娘ではないか」


 まずい……!

 エーカダシャムカは次に足を陽子に向けてゆっくりと距離を詰め寄った。


「我が素体がお前を妬んでいるのだ。良い身体を持ちながらそれを無碍(むげ)にするお前を。帰依のために、お前の好きな畜生の如く解体してくれよう! ははははははははははは!」


 蓮華チェーンソーがさらに唸り、振り上げられる。


「陽子!」


 もう四の五の言っている場合じゃない……!

 変身だ、変身させてくれ煩悩ベルト!


 テンパりながら、煩悩ベルトのあたりを叩き変身を促す。

 しかし目に見えぬベルトは、きゅるきゅると弱々しい回転の圧を示しただけですぐに勢いが抜けるだけ……。


 俺は陽子を守らなきゃいけない。

 優月のもとに帰って安心させなきゃいけない。

 その為に、俺は観音と戦って……。


 …………。

 ――おかしい。

 いつもの俺なら、モテるだとか、Togetherだとか……圧倒的下心、圧倒的エロが勝るはずだ。


「ははははははははははは!」


 まさかこれは煩悩が、性欲が、笑い声で()かされている……!?

 俺は心から、陽子の身を案じて、優月に心配かけたくなくて――俺は今、ただの良いヤツになっている……!


 他に方法は無く、俺はそのままエーカダシャムカの胴に飛び込んで力いっぱい押しのける。

 だが黒い両足はその場から動かず、むしろ回転刃の音が俺の上から降り注いでいた。


「ふむ……貴様。煩悩の使徒にもかかわらず、煩悩の力を得られぬとは……哀れなり」


 しかし蓮華チェーンソーを振り下ろすではなく、もう一方の手で俺の首を掴むと――軽がる窓際に放り投げる。


「げ、はッ」


 ガラスの飛び散る音がするものの、俺の身体は丁度フレームに引っかかり、三階からの落下は(まぬが)れた。

 いや、エーカダシャムカがそう狙ったのかもしれない。

 俺を甚振(いたぶ)るために……!


 エーカダシャムカはガラスの上に着地した俺の前に歩み寄ると十一の顔がそれぞれに笑った。

 耳をつんざくその声に、残りの不良たちが身体に鞭を叩き引きずりながらも逃げ去っていく。


 ああ、逃げろ逃げろ!

 痛い目は誰だって見たくないもんな。

 俺を囮にすればいい……!


「ば、化け物ぉ……!」


 震えた声と立派過ぎるリーゼントの被り物を残して、津留岡も一目散に出口へ向かった。

 エーカダシャムカがその様を大笑いする。


「見栄に固執し、髪だの乳だのを偽って、無様よのう……! 愉快よのう――オン マカ キャロニキャ ソワカ! ははははははははははは!」


 反撃に立ち上がりかけていた俺は、十一の笑い声に平衡感覚を絡め取られて膝を突く。


「ぐ……っ」


 再びエーカダシャムカが俺の首を掴み上げ、今度は柱に叩きつけた。

 目の前が七色に明滅する中で、切り裂かれた痛み、打ち付けられた痛みが、俺の全身を走り回る。


「禅兄……!」

「陽、子……お前は、早く逃げろ」


 互いに言葉をひねり出すも、エーカダシャムカの笑い声に俺たちは身動きが取れなくなっていた。


「さあて、お前たちも己の悪、偽り、穢れを恥じよ。全て綺麗に笑い融かしてくれようぞ!」


 継続的に響くエーカダシャムカの嘲笑。

 偽りを炙り出され、陽子は両耳を塞ぎうわ言のように言った。


「ううぅ……ばっちゃ、いつまでも子供でごめん、ブッターさんのパンツ穿いててごめんなさい! でも……でもアタシまだ、九条の家にいたいんだよ、追い出されたくないんだよ! 大人になりたくないんだよ!」


 彼女なりの葛藤。

 歯を食いしばり、心が折れないように何度も「大人になりたくない」と唱える陽子。


 俺の頭の中でも、ぐるぐると思い出したくない、向き合いたくないものが湧いて出ていた。

 初めて髪の毛を染めたとき、ピアスの穴を開けたとき。

 似合わなくて、違和感があって、恥ずかしかった。


 それ以上に、お袋を傷つけた汚くて怖い自分と向き合いたくなくて、装って偽ることを選んだ。


「俺は……」


 あの時、怒らなければ良かったのか?

 いつもどおり笑ってへらへらしていればよかったのか?

 そしたら俺は今頃……。


「そうだ。己を恥じて、悔やめ」


 柱に背を預けることもままならず、俺の身体は膝から崩れて前のめり、顔面を打ちつける。

 咳き込みながら呼吸を整え、意識を手放さないよう歯を食いしばった。


 ――。

 くそ。

 なんでこんな。


 口の中に溢れた血。

 耳から脳、脳から心を踏みにじる笑い声。

 俺はうつ伏せた身体を持ち上げようとコンクリートの上をもがいていた。


「苦しかろう。もうよいぞ、帰依(きえ)せよ」


 十一面観音じゅういちめんかんのんエーカダシャムカの、十一の顔が放つ、十一の声が廃ビルの闇に響く。

 その黒い仏像は手印を結び次の攻撃に備えていた。


「鳴滝禅。煩悩に囚われ、煩悩に魅入られ、煩悩に惑わされる者よ。死への恐れもまた煩悩。帰依により、優しき救済を授けようぞ」


 身体の痛み。

 ふるえる肩先。

 吹っ飛ばされて割れたガラスの上に着地した、そのせいで全身ずたずただ。


 窓の外にはいつもの華武吹町。

 乱痴気(らんちき)色したネオンの光が割れた窓から入り込む。

 あの大嫌いな喧騒さえ遠く、助けてくれない他人さえここには無い。

 俺は廃墟の暗闇で、守るものも守れず……。


 助けてくれ。

 救ってくれ。

 死ぬのが怖い。


 思っているさ、思っているとも!


 じゃあ何で――それが煩悩なら、どうして煩悩ベルトは応えてくれないんだ!

 何で、変身出来ないんだ!!


「芽吹かぬものを偽り、育たぬものを偽り、心の成長まで偽る。そして己を偽りて恥じ、力にならぬ煩悩に(すが)る。くくく……ははははははははははは……! 無益よのう! 無様よのう!」


 十一の声が嘲り笑った。

 反響はさらに鼓膜に重なる。


 笑うんじゃねえ……。

 笑うんじゃねえ、それ以上……。


 言い返す気力さえ無く、俺はただ血の滲んだ歯を噛み締める。


「それでは、強制救済を実行する」


 十一面観音エーカダシャムカは、真言を唱え始めた。

 その背面の後光が強さを増し、唸りを上げながら回転し始める。


 煩悩ベルトはただきゅるきゅると空回る音を吐き出し続けていた。

 俺を説得するように。


 死ぬのは怖い。

 でも……仕方無い。

 俺が我慢すればいい。


 あの時。俺が路地裏で死にかけた時。

 自分で救急車を呼んだことを、後悔していた。

 そうすればお袋は楽になった。

 だから今更。


 俺が痛い目にあえば、その代わりに誰かが幸せになれる。

 犠牲にも、囮にも、盾になるのも……慣れっこだ。


「オン マカ キャロニキャ ソワカ

 オン マカ キャロニキャ ソワカ!」


 意識がばらばらになっていく中、俺が聞いたのは――


「――パーティーセット、お待たせしましたーッ!!」


 鉄板とガラス――創英角ポップ体で店名が刻まれた岡持ちがエーカダシャムカの顔面を直撃した、その破壊音。

 そして音質は涼やかなのに暑苦しい声だった。


「九千八百五十円だ、禅!」

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