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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第二鐘 飾りじゃないのよ煩悩は
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16. フラグ立つ 帰路照らされど

 陽子が足を止めた校舎裏は、吉宗の偽告白と偽乳発覚があった場所だ。


 まさかあの乳が人工物であったとは。

 人工物とはいえ、大きな乳の方が良いと思うのであれば、俺は吉宗とはますます気が合いそうだ。特別に仲良くなれると確信している。

 だからこそ、なんとしても観音から解放してやらないと……。


「吉宗、校舎裏って言ってたよね」


「陽子……お前、考えなしに出てきちゃったのかよ」


「だってむかついちゃってさあ……! あんなこと言うヤツじゃないのに……やっぱ悪霊にとり憑かれてるんだ、吉宗。あ、秘密なんだけどさ」


 陽子はそう言いながら学校に入り込んだ黒い影の正体が吉宗であることを話した。

 俺はボンノウガーに変身して見ていたわけだけど、陽子は俺がその現場にいると思っていないわけで。

 なお、陽子の口から出たボンノウガーの説明は「覗き趣味の変態ヒーロー」だったので俺は新たに正体を隠し通すことを堅く決意した。


「その原因がこの辺にあるんじゃないかって。何かの墓とか、破れたお札とかあるかもしれないじゃん!」


「さすが寺の娘の発想だな」


 にひひ、と笑って植え込みに小柄な身体を滑り込ませては根元を見る陽子。

 しかし原因はチンターマニであるとわかっている俺はただ彼女の探索を遠巻きに見ているだけだった。


 吉宗があの調子では戦いは避けられなさそうにないし、時間も無さそうだ。かといって「覗きの変態ヒーロー」と認識されている以上、校内での戦いは最終手段としたい。

 煩悩ストリームだとか漏らせだとか言われたけれど、漏れ出す感情って……昨晩のアレっつうことでいいのだろうか。


 馬頭観音ハヤグリーヴァを倒したときに放ったエロビームによる、優月のドン引きっぷり。

 だとすれば……今回は最早オブラートに包みようがない。例えそれが本人じゃなくても、引かれるものは引かれる。


 俺はあの悲劇を、二度と繰り返したくない……。

 陽子にまで冷たい目で見られたら、俺の学校生活は確実に詰む。

 何が何でも陽子には先に帰っていてもらわなければ……!


 冷や汗が滲む中、校舎の向こうから人の気配が漂ってきた。


「へへ、吉宗。お前もえげつないことするじゃねえか」


 大勢の足音と津留岡の声。

 俺はとっさに陽子の首根っこを引っつかんで近場の茂みに飛び込み身を隠す。

 現れたのは津留岡のグループと……吉宗だった。


「指示通り鳴滝を孤立させた。ならばもう良かろう」


「あ~あ~、そうだな」


 吉宗の――エーカダシャムカの唇が動きわずかに声を漏らした。


「しがらみの煩悩から解放される……この素体はまた一つ救済に近づいた。残るは……」


 ハヤグリーヴァはパワータイプで竹中を押さえつけようとしていた。

 しかし、エーカダシャムカは悪知恵の働くタイプ。時間がかかっても吉宗の煩悩を手堅く救済していく算段らしい。

 時間の余裕はあったが、すでに着々と怪仏化(かいぶつか)が進んでいる。


 一方、不良の一人が津留岡の耳元で囁いた。

 津留岡は一瞬自分のリーゼントを見上げ、にやりと笑う。


「吉宗、鳴滝をはめてやった祝勝会でもしねぇか? 礼をさせてくれよ。いい場所を知ってるんだ」


 ハイエナたちの笑い声が続く。

 ヅラの件がバレている津留岡は口止めのために更なるネタを握りたいに違いない。


「いいだろう」


 対するエーカダシャムカも同じように笑った。

 恐らく……こいつら全員救済しちまうつもりだ。


 校舎裏をほぼ通り過ぎるように去っていき、再び静寂が訪れる。


「きな臭くなってきたなあ」


 陽子は彼らが退場した方を見て「な、禅兄追いかけようよ!」と続けた。


「お前は帰れ」


「やだよ!」


「俺は逃げ足だけは速いんだから。正義感もねえし下手に首突っ込まないよ」


「でも禅兄はすぐそうやって自分一人でどうにかしようとする!」


「第一、お前に何かあったら、俺が弁当の具にされんだよ!」


「それは……まずそう」


「可哀想とかじゃないんだな」


 無自覚に失礼なことを呟きしょんぼりとした陽子。

 少し思案すると「わかったよぉ」と口を尖らせながらようやく納得してくれた。


「まっすぐ家帰れよ、事の顛末は明日ちゃんと話すから」


「はいはーい」


 これもまたあっさりと陽子は引き下がって俺に手を振った。


 ……よしッ! これでなんとかドン引きは回避できる!


 最大の問題を解決させた俺は最早(もはや)意気揚々の足取りで、遠く小さくなっていく津留岡たちの団体を追跡する。

 学校を出ると華武吹町方面へとまっすぐ向かっていった。

 まあ、治安の関係上、後ろめたいことをするならそっちだろうな。


 そして、なんと。

 その間、俺は忘れていなかった。

 俺がやりそうなミスを、俺は想定できていた。


 残念だったな、運命!

 俺はフラグを守るぜ!


 携帯電話の履歴から管理人室に電話をかける。

 時間はかかったが優月は電話に出て「話には聞いていたが初めて使った。禅、私は上手に電話をできているか? 念が足りないなどあるか?」などと機械音痴っぷりを炸裂させた。

 念って……何で動いてると思ってるんだ。


 もちろん電話に上手いも何も無いのだが、俺は「初めて使ったとは思えない!」と一通り誉めそやしてご機嫌とりをすると本題に入る。


「優月さん、ごめん! 俺、例のヒーローに呼ばれてしまいまして……」


『あ……ああ。ヒーローか。わかった。いや、誰とかは知らないのだけれど……わかった。私に何か出来ることはあるか?』


「大丈夫。心配しないでいいし、待たなくてもいいから」


 今回のエロビームになってもらう優月には、首突っ込まれると一番困る。


『……そうか。何も役に立てなくて、す……ごめん、ね』


 俺のお下劣事情をよそに、「ごめんね」を実践した優月の声。

 それが俺の嗜虐心(しぎゃくしん)を大変、煽る。言葉攻めにしたら絶対楽しい。


「やっぱ、すっげー心配しながら待ってて!」


『え……? どういう(たぐい)のまじないなんだ、それは』


「俺にプレッシャーがかかる」


『ぷれ……? ふぅん。気が向いたらな』


 横文字に対して、このわかりやすい知ったかぶりである。

 やーい、俺がなかなか帰ってこないのをひりひりしながら待っていやがれ!


 そこに颯爽と現れる戦いを終えた俺!

 あとは想像に容易い。暗転、朝チュン。


『とにかく、わかった――ああッ鍋から!』


「え、待ってよ!」


 そう言ってドタバタと通話は一方的に切られた。


 なんだよ……。

 もうちょっとからかおうと思ったのに。


 なんにせよ、俺はしっかり未来を――Togetherを守った。

 終われば優月が待っている。

 あわよくば……じゃない。


 満ち足りた気持ちが強く背中を後押す。


 *


 五十年前。

 華武吹町を襲った人災――煩悩大迷災(ぼんのうだいめいさい)

 人々が恐慌に(おちい)り、己の欲望をむき出しにした災害は今でも原因不明だ。

 やれバイオテロだとか、カルト教団の洗脳だとか、ぶっ飛んだ話じゃ宇宙人による精神汚染だとか、そんな説までまことしやかに囁かれている。


 華武吹町はそんな災害を、吉原遊郭の遊女組合、ヤクザの剣咲組、タクシー運転手たちの風祭組、他にもいくつかの組織が協力してなんとか乗り切ったらしい。

 彼らは一枚の曼荼羅に名前を寄せて、曼荼羅条約を結び、今でも華武吹町で強い権力を握っている。


 しかし、その煽りを受けて廃れてしまったものも沢山ある。


 津留岡たちが入っていったのは、その残骸であろう、三階建ての廃ビルだった。

 元は雑居ビルで一階にはラーメン屋でも入っていたのか、カウンターの名残がある。

 連中はたまり場を作っているのか、三階の窓が薄ぼんやりと明かりが灯り、俺は廃ビルに忍び込んで階段の踊り場から様子を伺った。


「これで鬱陶しい鳴滝はおしまいだ! 陽子は俺のもんだぜ!」


「津留岡さん、おめでとうございます!」


「ひっひっひ、当然だ。今日は気分がいい。何でも奢ってやるぞ!」


「じゃあ、何か出前でもとりますか!」


 おっと、何かフラグが立った気がするのわよ。


 打ちっぱなしの壁、柱が四本、何枚かのガラス窓は割れており床に物騒な破片が散らばっている。事務所があったのか、ワークデスクがいくつか点在しており、その一つの上に津留岡が座っていた。

 光源は津留岡の足元に置いてあるキャンプ用のランタン一つだけ。あとは気の早いネオンの光が入り込んでいる。


「よく見えねえな……」


 そう呟いたのは俺ではなかった。

 俺の後ろからちょこんと顔を出して中を窺って……陽子は「にひひ」といたずらっぽく笑う。


「何やってんだよ、お前!」


 俺は音を殺しながら陽子に訴えたが彼女は「津留岡相手ならアタシがいたほうが都合いいだろ」と健気に申し出た。

 気持ちは嬉しいが、実はそうじゃないんだ陽子!


 エーカダシャムカとの戦いには巻き込めない。

 それもあるけれど、すでに一発覗きの件をぶちかましているので、正体がバレたら俺の尊厳は壊滅する。死ぬ。終了する。

 いずれにせよどうにか言いくるめて帰さなければ……。


 俺が策を考えるよりも、事態が動くほうが早かった。


 津留岡がデスクを降り、不良連中の中央で座り込んでいる吉岡千草の前にしゃがみこむ。

 彼女は腕を後ろ手に縛られており、黙って頭を垂れていた。


「さぁて、メシが到着するまでの間……この偽乳生徒会長をどうしてくれようか。俺の秘密を知った今、ただで帰れるとでも思うなよ」


 案の定、今度はヅラの件を隠蔽させたい津留岡は吉宗の新たな秘密を握りたいらしい。

 だが、その脅している相手は――。


「ふふふふふ、ははははははっ!」


 顔を上げた吉宗が途端に笑い出した。

 声は重なり、十一となる。


 金属の刃が回転する音が響くやいなや、吉宗は立ち上がり暗がりの中で……。

 それは昨日見た肌の黒ずんだ形ではなく、見上げるほどの仏像に変形していた。


 不良たちもどよめき黒い怪仏を、ただただ見上げる。

 果実ように連なった十一の小さな頭は口を開いた。


「帰依せよ。さすればその稚拙な悪事、笑い()かしてくれようぞ! ははははははははははは!」

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