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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第二鐘 飾りじゃないのよ煩悩は
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12. VS 十一面観音エーカダシャムカ-(1)

 夕刻の校庭。

 野球部がノック練習をしている最中、グラウンドの端に備え付けられていた体育倉庫は――()ぜた。


 その原因を間近で見ていた俺は、両腕で身体を守ろうとしたものの薄紙のように吹き飛ばされ重力にしたがって地面に叩きつけられる。

 地上十数メートルに浮いて硬く踏み均されたグラウンドに頭から落ち、絶望的な状況――でもなかったので自分で驚いていた。


 その原因をすぐに察する。

 手足には赤黒いラバーの装備、頭には同色のメット。背中からは禍々しく燃え上がる黒炎。

 俺の意思とは無関係にヒーロースーツが発動し、ボンノウガーに変身していた。


 得意げに、きゅるきゅるとサーキュレーターが回る。

 ベルトの――意思なのか!?


「やるじゃん、ベルトちゃん!」


 以前のように返事は無いものの、俺は立ち上がるなり煩悩ベルトを誉めそやすようにしながら撫で回した。


「よーしよしよしよし!」


 ――ッんぎゅるるるるゥ……ッ!


 喜んではいないようだった。

 むしろめちゃくちゃ嫌がっていた。


 そんなことをやっていると、ひしゃげた体育倉庫の裏から黒い影がのそりと現れる。

 それは案の定、聞き覚えのある割れた声で言った。


「我が名は十一面観音エーカダシャムカ。帰依(きえ)せよ、煩悩の使徒」


 明珠(みょうじゅ)高校の女子制服を着ながらも黒い肌、黒い身体で、一見して人型に見えるが頭の上にさらに頭を飾った怪仏だ。

 ヒヤシンスのように拳大の頭が咲いた縦長の冠。

 並ぶ頭は同時に喋り、笑い、怒り、泣き、全方位をぎょろぎょろと見回している。

 一輪の蓮華(れんげ)を持っていたが、それもまた黒ずんでおり不気味さを増長していた。


 吉宗千草の面影はなく、ただその身体に寄生した観音――十一面観音エーカダシャムカの特徴を強烈に押し出しただけの怪物だ。


 ということは、チンターマニは吉宗のおっぱいに埋もれて……。

 チンターマニがおっぱいに……。

 ちん……そんなくだらない事を考えてる場合じゃない、俺!


 怪仏化(かいぶつか)が深刻になる前に倒さなければ!

 ついでに優月はここにいないし、二週間悶々とし続けた俺は溜まりに溜まっている。

 好感度なんて気にせずブッ放せる! 煩悩スペシャルなんとかビームを!


「早期発見、早期対応! こちとら青い春に忙しい! 登場早々悪いが観音様、このまま決着つけさせてもらおうか!」


 言ってる間に煩悩ベルトは唸りだして白い光の粒が集結し始めた。


 だがその向こうでエーカダシャムカの十一面が一斉に笑い出す。

 何事かと思えば、騒音は次第にうわんうわんとハウリングし始め、鼓膜を殴りつけた。

 途端に光の粒は震え始め次第に萎んでいく。


「なん、だ……これ……!」


 笑い声が原因だと、俺はおのずと察した。


如意(にょい)の扱いも知らぬとは哀れなり」


「如意……?」


 鸚鵡返しになった俺にエーカダシャムカはさらに笑う。


「哀れなり!」

「矮小なり!」

「皮肉なり!」

「愉快なり!」

「下賎なり!」

「残酷なり!」

「愚かなり!」

「稚拙なり!」

「惨めなり!」

「不憫なり!」

「浅墓なり! オン マカ キャロニキャ ソワカ!」


 ハウリングが強まる……!

 これが、攻撃!?


 もしかして観音との戦いって、エロビームの打ち合いだけじゃないのか……!?


「畜生めのハヤグリーヴァと一緒にされてはな。我もまた、貴様などに用は無い」


「な、に……?」


「より多くを救わん」


 エーカダシャムカのつま先が地上数十センチほど浮いた。

 俺が目を丸くしているうちに校舎のほうへ――校舎内へ滑り込んでいく。


 謎の黒い人型物体の挙動に、何事かと遠巻きに見ていた野球部員たちが悲鳴を上げ、あっという間に校舎窓からも騒然とした声が響いた。


「逃げやがって、待ていコラァ――っぉとッ!」


 威勢よく叫んだ俺だったが一歩踏み出して身体が浮き上がる感覚に戸惑い足を止める。


 ふと見下ろすと、両足の装備には覚えの無い黒ずんだ鉄鋼が巻かれていた。

 俺はデザインのことなんて分からないが、平たく言えばブーツからアーマーに成り代わっていたのだ。


「なにこれ……いつの間に……」


 ただでさえ《正義の》ヒーローとは言いがたい黒のヒーロースーツに、邪悪なパーツが追加。

 また、小さな変化ではあるが煩悩ベルトのサーキュレーター部分横、アンバランスにチンターマニが一つだけ埋め込まれている。


 もしかしてこれは……先日アキラが見せびらかしていたチンターマニでは。

 そんな話はしていたか?

 いや……していない。

 あいつが服を脱がない限り、俺は話を聞いているはずだ。


「そもそもあいつ自体、何者なんだよ……」


 文句を言いつつ両足でジャンプする。二週間前の調子の詳細まで明確に覚えていないが、変化があったのは瞭然だ。

 ボンノウガーのスーツの効果で筋力は数倍に跳ね上がっている。

 加えて足元はジャンプ台にでも立っているかのように軽くなっていた。

 悪くない。


 むしろこれなら――!


「ぬんぎゃあああああああッ!」


 あの品の無い悲鳴――陽子!?

 甲高い悲鳴を塗りつぶすように、エーカダシャムカから放たれる十一の笑い声が響き渡っていた。


「陽子、今――! んン"ぁッ」


 いきみすぎた一歩を踏み出した俺は想定以上に中空に舞い上がり、二階の窓に激突してガラスを撒き散らしながら教室に転がり込む。

 男女の生徒がなにやら親密そうな距離感で立ちつつも俺の姿を見て目を丸くしているが「邪魔してすまん!」と両手を合わせて廊下に飛び出した。


 皆々教室に逃げ込んでいるのか、人の気配の無い廊下の奥に黒い影が一つ、重なる笑い声を響かせていた。

 その足元には――陽子が壁に追いやられて腰を落としながら、ぽかんと目と口を開けている。


 色気も緊張感も無い面持ちだったが、突然セーラー服を着た黒い十一頭が飛んできたんだ!

 そりゃ、そうなるな!


「素体がお前を妬んでいる。お前のようになりたいのだと……今、始末をつけ、煩悩を断ち切ってやろう。 オン マカ キャロニキャ ソワカ! ははははははははははは!」


 ウィイイイイイイン……。

 金切り声のような機械音。

 聞き覚えはそれなりにあったが、ここで聞くにはあまりにも違和感の強い音だった。

 エーカダシャムカが手にした蓮華が唸り始め、その花びらはチェーンソーの刃の如く回転している。


 陽子は目の前で起きていることに頭の整理が追いつかないのか、唖然としたままだ。


 エネルギーを溜めている場合ではない。

 俺は廊下を一蹴り、天井に激突するも手で押し込んで、エーカダシャムカの連なる顔につま先を叩き込んだ。


「――!」


 トゥーキックにエーカダシャムカの身体が前のめり、チェーンソーと化した蓮華の刃は陽子の頭上、壁をえぐる。


「んぎやあぁぁぁぁああッ!」


 ようやく危機感が脳に到達したのか、陽子は四つん這いでブツブツと唱えながらも階段の踊り場へと逃げていく。


「ひ、ひいいぇええ……慌てるなアタシぃ、冷静になれえ! ここっこういうときは、押さない、駆けない、釈迦如来だかんなあ!」


 まるで冷静さなど微塵も存在せず、その途中で派手にずっこけ、短くなったスカートが見事に(まく)りあがり――ブッターさん柄のパンツが大公開となった。


 ブッターさん。

 仏陀(ぶっだ)とブタをかけた、ありがてえのか仏教をバカにしているのかわからないキャラクター。

 主に小学生低学年に人気、高学年ではそこそこ。中学生ではさすがに卒業。

 高校生の陽子がわざわざサイズを探して穿いているというのは……結構恥ずかしいものだ。


 それを見たエーカダシャムカは顔面にビキビキと筋を走らせる。


「……その畜生の絵図は仏を馬鹿にしておるのか」


 なかなかごもっともな感想だった。

 むしろ俺は同意見だったし、もしかしたら世論調査などしてみれば多数派かもしれない。


「み、見んじゃねえ!」


 陽子は顔を赤くしながらスカートを直し、しかし相手が異形のものだと理解できたのか、あうあうと口から漏らしながらただエーカダシャムカを指差す。

 対するエーカダシャムカは顔面をゆがめたまま、嘲笑った。


「我が如意に対抗とは、愚かな豚畜生娘め。貴様の幼稚な精神、稚拙な悪事、我が笑いて浄化してくれよう!」


 エーカダシャムカは反り返り、大口をあけた。

 十一の顔、それぞれが鈴のように揺れて十一倍の嘲笑が響き鳴る。


 その波動は鼓膜を鋭く叩き、頭を貫通するような痛みとなって襲い掛かってきた。

 胸の奥がざわつく。

 嫌な光景が脳裏を駆け巡る。


 お袋は――!


「禅兄ぃ、ごめん! 蝉もごめんっ! 禅兄と蝉、ごめんなさいっ!」


 蝉と同等って……! たしかに字面は似てるけどさ!


 陽子も同じか、耳を押さえて身を縮めた。

 教室からもうめき声が沸き立ってくる。


「悪の分だけ苦しむがいい、煩悩の分だけ苦しむがいい……! 貴様らの後ろめたい心、汚い感情がそうさせるのだ!」


 頭だけでなく、手足もしびれる。

 ベルトが……煩悩ベルトが震えて、ばらばらになりそうだった。


「ぐ……」


 溜まらず膝をつく。

 陽子の苦悶の声も聞こえてくる。


 煩悩ベルトに手を添えたが、静電気のように一瞬だけ小さな電光が走ってそれきりだ。

 俺の煩悩は、エーカダシャムカの笑い声に打ち消されている。

 このままじりじりと、押し切られてしまうのか……!?


 悪い想像が過ぎった、その時だった。


 バァアアン、と鞭を打ち鳴らすような音が響いたかと思うと、赤い両羽が横を通り抜けた。


 明珠高校。

 ここは、この男の独壇場。


 しかし、相手は――!

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