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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第二鐘 飾りじゃないのよ煩悩は
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03. 汚れつちまつた悲しみに

 あんまり掘り返したくない話ではあるけれど、そして面白くない話ではあるけれど、この続きに深くかかわる避けようのない事実なので言い訳だけさせてほしい。


 俺の二回の留年は、俺の態度や学力に原因があったわけではない。

 一度目は俺が生死の境目を彷徨って入院していた。

 二度目はお袋が倒れて、険悪になって、金もなくて、俺は肉体的にも精神的に参ってしまっていた。

 そういった、ちょっとヘヴィな事情がある。


 華武吹町の無頼漢(ぶらいかん)、伝説のヒーロー――鳴滝豪。

 その息子とあってちやほやされる反面、オヤジに対する復讐を俺に差し向けてくる連中も少なくなかった。


 路地裏に引きずり込まれて何発か殴られる、たいていはそういうの。

 へらへらして相手が飽きるのを待ったり、オヤジなんてほぼ他人であることを説明したり、時にはよく知りもしないオヤジの悪口を叩きつけたり、そうやって口八丁手八丁で切り抜けてきた。


 ただ……。

 あの日の、あの時は、お互いに度が過ぎていて。

 母親のことにまで話が及んで、俺から先に手を出して、返り討ちにあった。


 助けてくれって叫んだ。

 救ってくれって願った。

 臆面もなく都合のいい言葉と、理由の無い謝罪を吐き出して、許されるのを待っていた。

 結局。

 俺は、自分の中から零れ落ちて行く血の海を這いながら、自分で救急車を呼んだ。


 治安劣悪な華武吹町では、誰も助けてくれない。

 俺は心に深く刻んだ。


 入院費は馬鹿にならず、今度はお袋の健康と精神を圧迫して俺たちはささやかな母子家庭さえ維持することが出来なくなった。


 お袋は菩薩じゃない。

 むしろ短気なほうで、俺に罵詈雑言と泣き声と中身の入ったビール缶を投げつける毎日。

 俺も何かが麻痺してしまって、無感情に掛け持ちのバイトを巡るだけの日々だった。


 ある日、俺は――限界を迎えたのか、それとも少しまともな神経が戻ってきたのかわからないが――湧き上がる汚い感情に任せて、状況に、お袋に怒り散らかした。


 ひどい事も言った。

 お袋も同じだった。


 ――産まなきゃ良かった。

 ――産んで欲しくなかった。

 整理のつかない汚い感情を、俺はぶちまけて垂れ流して、漏れ出したままで、自分でさえ傷つけていた。


 それから数日間、華武吹町から少し離れた友達の家を転々としていたが久しぶりに家に帰ると置手紙だけが残されていた。

 借金は返済した、男と台湾に行くのでもう二度と会わない……と書かれていた。


 十五のとき、オヤジは肝臓ガンで死んだ。年だし、不養生だし、仕方が無い。

 十九になってすぐ、お袋は俺を捨てた。まだ若くて綺麗だし、仕方が無い。

 オヤジのせいで酷い目に合う。仕方が無い。

 お袋がいきなりいなくなって苦労する。仕方が無い。


 仕方が無い。

 仕方が無い。

 仕方が無い!

 仕方が無い!!

 あー、仕方無い仕方無いッ!!

 ……そういうことに、しておこう。


 このクソみてえな穢土(えど)の街に残った俺に出来ることは――ちょっと安っぽいが――髪を染めてピアスをつけて……表面上だけでも武装することだった。


 まあ、そういうわけで。


 俺がこんな風体をしているのは自己防衛。

 好きでやってるわけじゃない。

 外側からも内側からも鳴滝禅に対する攻撃が押し寄せてきて、自分を偽らなければ形が保てなかった。


 だから陽子の口からお袋の名前が出たとき、胸の奥から汚い感情――行き場の無い怒りが、目を覚ましつつあるのを感じた。


 偶然差し込んだ本鈴に感謝した。

 俺はその汚い感情を見ないよう、表に漏れ出さないよう、再び強く(ふた)を閉ざした。


 *


 本日は始業式と教師からの小難しい話だけ。家に帰って昼飯、あとはだらだらする。昼飯は昨晩に引き続きカップラーメン。夕飯もたぶんカップラーメン。それからアダルト番組を見てピンクタイムがあって、寝る!


 代わり映えのない、平和な一日になるはず……だった。


 とりあえず災難その一。

 新たな担任は最悪……英語担当、ついでに生徒指導の赤羽根(あかばね)


 一見して色白眼鏡の優男だが自分の正義をゴリゴリ押し付けてくる上に人の話を聞かない、怖い、面倒くさい、超喧嘩が強い、一番関わりたくない先生だ。

 あまりの横暴に裏では「やれジャスティスは」と陰口叩かれている。


 同クラスの連中からすれば俺に加えて担任が赤羽根となると、泣きっ面に蜂に違いない。


 そして災難その二。

 やっぱり本日陽子以外の誰にも話しかけられていない。


 そのため、放課後になって再び居づらい雰囲気に呑まれて、そそくさと帰路につこうとしていた。

 親睦を深めようとファミレスに行くだのなんだのと、すでにグループが出来ており、陽子も旧知と思われるどう見てもガラの悪いグループの輪に入っている。雑談でもして存在をクラスという集団に馴染ませようとした俺の画策は見事に打ち砕かれた。


「んじゃ、やっぱ一人か……」


 内心、陽子の存在に多少期待……もはや助かったという依存さえあった俺からすればちょっとばかし裏切られた気持ちにもなったが、彼女にも友達がいるのは当たり前といえば当たり前だ。


 教室の後方出入り口を占領した陽子のグループは、彼女と同じように派手な化粧と明るい髪の女子、剃り込みの入った男子。

 中には整った髭を鼻の下に蓄えており、俺より二つも年下とは受け入れがたい生徒も含まれている。

 現役高校生か疑わしいザ・不良、個性強めな集団だった。金髪にロングスカートの陽子もまた、その個性に負けていない。


 しかしどうやら、遠目から見ても立ち位置が不穏なような。

 陽子一人に対して、他が囲んでいるように見えた。


津留岡(つるおか)さんが呼んでんだよ、屋上きてくれるよな? 陽子」


「冗談じゃねえ。アタシははっきり断ったんだ。お前らも津留岡も関係ないね」


「津留岡さんは関係したいって言ってんだよ」


 陽子の左右の肩が掴まれた瞬間、教室内の空気がシンと静まりかえった。

 周りの生徒は見て無ぬフリ、俺も……見てはいたものの入り込んでいいものか、たたらを踏む。なぜなら、陽子本人は怯えた素振りは無く、呆れて肩をすくめてさえいたからだ。


「しつこいよ、だから付き合わないって……はあ、いいぜ。これで最後だからな」


 両肩に置かれた手を払い、不良グループを引き連れながら廊下に出て行く陽子。

 おお、スケバンに相応しい堂々たる態度だ。

 彼らの足音も遠のくと、小波(さざなみ)のようにひそひそ声が戻ってくる。


「あーあ。陽子、またついて行っちゃったよ」


「あれだけ美人ならちやほやされるのも慣れてるでしょ。大丈夫、大丈夫」


「何回も芸能界のスカウト断ってるらしいよ、うらやましい!」


「陽子の性格じゃ芸能界は無理でしょ」


「でも津留岡に迫られるなんて、気の毒だよね」


「ねーっ」


 ほほう。

 ずいぶんと面倒くさいことになっているようだな。


 やがて九条陽子に関する話も流れ去って、彼らは当初の目的どおり思い思いに教室を出て行く。

 陽子にとって、あんな呼び出しはいつものことってわけか。

 確かに俺も陽子を一目見たとき、まぶしさに目が眩んだ。

 服装とメイクのせいでとっつきにくそうに見えるのに、元気良くころころと変わる表情は人を魅了するのに十分だろう。

 付き合うだとか、迫られるだとか、大変そうだ。


 俺はモテとも無縁だし、それどころか友達もいないから楽でいいや!

 ……なんて悲しくて卑屈なことを考えるくらいには無縁である。


「よーし、帰るか」


 俺もまた、薄っぺらいバッグを担いで教室を出る。


 いやあ、寂しいから一緒に帰ろうぜって言いそびれちまったなあ。

 陽子はまだ校内にいるみたいだし、探してみよっかなー。


 なんて、()()()()()()()()()を考えながら俺の足はまっすぐ屋上階段に向かっていた。

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