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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第二鐘 飾りじゃないのよ煩悩は
24/209

01. 朝からチンターマニ!

挿絵(By みてみん)

――煩悩。


 性欲、怒り、迷い、無知……ありとあらゆる心の(けが)れ。

 十九歳の健全男子である俺、そしてネオン街の華武吹町(かぶぶきちょう)とは切っても切り離せない概念だ。


 ほど二週間前、春休みの終わり。

 可愛いのは見た目だけで口先がドぎつい女――優月と出会い、煩悩ベルトを手に入れ、俺はボンノウガーに変身。

 華武吹町で「力ずくでも救済を(もたら)す」とか言って暴れていた馬頭観音ハヤグリーヴァ様をブッ倒した。

 その経緯も顛末も、残念ながらかっこいいって言えたもんじゃないのだけれど。


 なぁにが、無明戦士ボンノウガー、煩悩ベルト、煩悩スーパーなんとかビームだよ。

 あんなの、ただの性欲エロビームじゃねえか。


 だせぇし、面倒くせえし、危ねぇし、オマケにワンナイトを狙ってた優月には「最低」呼ばわりされるし……。

 こんなモン、寄越されても迷惑だっつーの!


 ……と、言いたいところではあるけれど。

 色々込み入った事情があり結局、俺は煩悩ベルトを解除出来ないでいる。


 薄ぼんやりとした意識の中、耳慣れた携帯のアラーム音が騒ぎ立て始め、俺は反射的に目を開いた。


 朝の光が差し込む和室の六畳一間。

 薄い布団を跳ね除け、伸びを一つ。

 寝巻きにしていたTシャツを脱ぎながら廊下に出て、共同洗濯機の中にぽいっと放り込む。


 パンツ一枚だが、これが望粋荘公式ユニフォーム。

 なんせ望粋荘の中は家の延長線上だ。

 野郎とばあさんだけの空間で、ちょっと洗面台を使うのに、トイレに行くのに、風呂に入って脱ぐのに、わざわざ服を着るなんて馬鹿馬鹿しいからな。


 俺の住んでいる望粋荘――だから「もういきそう」じゃなくて「のぞみそう」だっつーの――は今日稀に見る施設共同アパート。

 築六十年超、木造、和室の六畳一間、エアコン無し、風呂トイレ共同。

 住人の民度は最悪で数ヶ月前に、とうとう大家のばあさんの方が出て行ったほどの不良物件である。


 そのばあさんに騙されて代わりに管理人を勤めることになってしまったのが――


「おはよう、優月さーん!」


「……おはよう」


 ――二週間前の事件で出会ったちょっと年上の綺麗なお姉さん、優月。


 彼女は俺を一瞥するなり、背中を向けた中腰でせっせと(ほうき)とちりとりを動かし始めた。


 薄手の白いセーターに黒髪を垂らし、いかにも儚げな日本美人という印象は俺の好みドンピシャだが、口は悪いし、暴力も容赦がない。


「禅……服くらい着ろ」


 あの夜は、俺自身も明日のことなんてわからなくなるほどドタバタの連続だった。


 煩悩ベルトを持って華武吹町を逃げ回っていた優月は、警戒心と怯えや諦めに揺れていて……だから助けを求められて俺はぐっときてしまったし、そこからくる煩悩(・・)は未だに抱えている。


 何はともあれ、ゴミ虫以下となった俺の信頼は人間扱いされる程度に回復し、二週間の穏やかな日々は流れていった。

 意気地がなくて彼女の身の上にまつわる難しい話が出来ず、優月は相変わらず《謎の女》ではあるのだけれど。


「聞いているのか、禅。風邪引いても知らな――」


 とまあ、それらしい回想をしつつ優月の背後にしゃがみこんでスキニージーンズのラインをチェック。その下の布地の境目はこのあたりだろうか……と、指を這わせてしまった。思わず、故意に。


「…………」


「…………」


 スキニージーンズの下がきゅっと引き締まる。

 この流れであれば攻撃が――蹴りが飛んでくるだろう。

 二週間の攻防によって蓄積されたデータからすでに予想がついており、俺は優月が胴をひねる方向を見て冷静にその回し蹴りを腕でブロックした。

 煩悩ベルトの力か、最近になって身体が軽く動体視力も実感するほどに上がっている。よって、今の俺には優月の暴力など可愛いものだ!


「な……ッ」


 渾身の蹴りを受け止められ優月は目を見開く。

 足の間に入った状態の俺も、彼女の下肢が描く曲線と凹凸(おうとつ)を楽しむために目を見開く。

 スカートでないことは受け入れがたいが、そもそもこんな角度は滅多にお目にかかれない。


「良い角度、良いパンツライン、ありがとうございま――」


 俺が調子をぶっこいているうちに優月はガードされた足を高々と上げ――


「あ」


 振り下ろした。

 姿勢を崩して床に倒れた俺に優月はまさしく捨て台詞を吐き付ける。


「……喋るゴミの廃棄日はいつだったかな」


 そして老朽化した木造建築に配慮のない足取りで階段を下りていった。


 ――とまあ、こんな感じで優月は無事に新生活を始め、俺は文句を言いつつ煩悩ベルトとは違和感なく共生していた。


 さて、優月との朝の挨拶も済んだことだし、小便して制服着て、学校行って。

 ……学校。


「……気まずい。気まずさに満ち満ちている……」


 鳴滝禅、十九歳。

 留年生の俺のすさんだ心には、爽やかな春の空気ですら――からこそチクチク痛む。


 なんのこともないタイル張りの共同トイレに入るなり、俺は見覚えのある影を視界に収めたものの存在を認めず小便器に向かった。

 二系統の汚い水音の中、やっぱりそのエスニック系無駄美形の存在は夢でも幻でもないようで、涼やかな声の暑苦しい口調で話しかけてきた。


「禅! 今日も元気に漏らしているかッ!」


 二つの小便器のうちもう一つの前、コックコートに加えてハーフヘルメット。恐らくはデリバリーの途中だろう、ヤツは立っていた。


 アキラ・アイゼン。

 何系何国人だかわからないが、浅黒い肌、長髪を三つ編み、黄金の装飾で、ジャングルの宮廷の中でトラとかオウムとか飼ってそうないわゆる異国の王子様、という言葉が似合う容貌をしている。


 平たく言えば華武吹町をダサいデリバリースクーターで走り回っている外国人アルバイトの兄ちゃんで、もう少し踏み込んだら歩くワイセツ物、といったところだ。


 なお、望粋荘の住人ではない。何でここに居るかは俺だって訊きたい。


 二週間前の事件ではあれこれと助言してくれた……ような気もするが、突然脱衣を始めたり禁止用語を大声で叫んだり、俺自身は乳首を見せ付けられたり電マで辱められたりと、良い悪い以前に倫理的にまともなイメージさえ無く、俺はその美丈夫に対して顔をしかめた。


「見たらわかんだろ、絶賛お漏らし中だよ!」


「それは良かった。漏らせない、つまり無漏(むろ)とは、煩悩が尽きていることを言うからな」


「は?」


「逆に煩悩を起こすことを有漏(うろ)と言うのだ。有漏とは、《漏》れて《有》るべきと書くッ! 無明戦士ボンノウガーである君は常に漏れ出しているべきだからな!」


「は?」


「人の中には汚いものは必然的に存在する。しかし汚いからと否定し、見て見ぬフリをして溜め込んではいけない。汚いからこそ上手に漏らす。心のパンツさえ綺麗であれば良いのだ……!」


「は?」


 またわけのわからない長話が始まったが、寝起きの俺の頭に入るわけが無く。

 俺はそのあたりで用を足し終わり、手を洗いながら口を挟んだ。

 乳首だ、宝石だと始まると困る。


「で、何でお前がここにいるんだ?」


「放尿中に言うのもなんだが――」


「そうだな」


「――以前、お前は馬頭観音(ばとうかんのん)ハヤグリーヴァを倒した。だからこそ遠からず敵の再来があると見ていいだろう」


 華武吹町に現れた化け物ウマタウロス――じゃない、馬頭観音ハヤグリーヴァは倒された。

 俺が倒した。

 だから以降、そのご褒美としてボンノウガーのヒーロースーツの性能でうまいこと金儲けできないか、あるいはモテないか、あるいは女の子にちやほやされないか、あるいはモテないか、なんて考えていたくらいだ。


 だからアキラの言葉はすんなり受け入れることが出来なかった。


「敵……って」


「観音連中だ」


 アキラはチャックを持ち上げて手を洗いつつその端整な作りの顔をチェック、何故か俺に対してウインクをひとつ光らせた。


「心配するな。僕がついてる」


 それは心強い。

 前回、何を世話になったか振り返れば……汚い十円玉が二つ――いや、あのことはもう忘れよう。


 俺が記憶の抹消を行っている間も、アキラが真剣な調子で話を押し通す。


「あの男が馬頭観音ハヤグリーヴァに変異したのは偶然ではない。意図的だ」


「意図……って、誰かが竹中を化け物に仕立て上げたってことかよ。誰がそんなことを」


「誰かというのはわからないが――」


 アキラが軽く手首をひねる。

 すると人差し指と中指の間に、いつの間にか黒真珠のようなものが収まっていた。


「――これがその原因、チンターマニだ」


「ちん……たま」


「チンターマニだッ!」


 指の間の黒い玉を覗き込む。


 ピンポン玉よりやや小ぶりな球体の中で内包された泡……違う。文字が(うごめ)いていた。

 ミミズが走ったようなその文字は煩悩ベルトに書かれたものに似ていて俺には読み取ることが出来ない。

 だが、それ故に煩悩ベルト、ボンノウガーとは無関係でないという説得力があった。


「チンターは意思、マニは宝珠。意思を介在・調整させる働きがある観音連中の技術。これは竹中という男に差し歯として埋め込まれていたものだが、チンターマニが原因で怪仏化(かいぶつか)したわけだ」


 再びアキラの手のひらが(ひるが)り、出現時同様にチンターマニは姿を消す。

 見せびらかされただけだった。

 チンターマニを。


「ここ最近になって身体になんらかを付与した者、不自然に着込んでいる者には気をつけてくれ」


 俺は「はぁ」と生返事をしておきながらアキラ、チンターマニが消えた手元、アキラの服、と視線を巡らせた。


「となると……いま一番怪しいのはお前なんだけど」


 俺の知っているアキラ・アイゼンという男は長台詞の間にコックコートを脱ぎ払っているはずだった。

 俺がパンツ一枚でアキラが服を着ている、今の構図に違和感さえ覚える。


 見目麗しい容貌に比例して、中身に問題がありすぎるアキラ。

 もしチンターマニの影響で観音の支配を受け、性格が修正されたとすれば……ただのイケメン外国人になってしまう。


 …………。

 ……まあ、別に。

 それはそれでいいような気もするが……。


 アキラは長い前髪をかきあげ、神妙な面持ちで光射すトイレの小窓、その先を見つめた。

 一体どんな心変わりがあったというのか。


「着衣も……悪くないと思ったのだ」


「一般常識だからな」


 心配は杞憂(きゆう)、このとおり通常運行だった。

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