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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第百〇八鐘 輪廻の中心で煩悩を叫ぶ獣
205/209

11. 笑って、許して


『ならば証を示せ! あの絶望的な絶望を救済してやれ!』


 証。

 短命の負い目を感じる必要もない。

 望まれるなら一緒に終わってもいい。

 優月の絶望ごと、全部欲しい。


『灯せ! 煩悩を愛に昇華せし者よ!』


 肯定するように、さらに強く――周囲の空気を飲み込むようにベルトが回った。


『さあ、ひとつになりましょう』


 同時に、俺の意識を刈り取らんとする、観音菩薩の声が聞こえる。

 俺は、最後の、ありったけの救済を迸らせた。


 これが、俺の、必殺技――!


「――愛してるぜ!!」


 *


 俺は――まだ存在してんのか。

 正直、驚きだ。

 まあ、我思う故に我ありって言葉もあるんだから、我あるんだろう。


 その空間を、俺は精神世界とか、そんな曖昧なものなのだとすぐに理解した。

 それに、すぐ隣にいたソラも、そこに居て当たり前の存在だと思っていた。

 体があるとも知れない。

 ただ相手を感じるだけの世界だった。


 天地は黒く、その間となる地平線から光が漏れていた。

 あとはなにもない。

 白と黒の世界。

 陰気臭い、弔い色の世界。


 でも、ソラは上機嫌だった。


「未来が……ふふ、演算に困ってるわよ。笑っちゃうわね。それにしても、長い読み込み時間ね」


「なに? わかんない」


「別にわからなくてもいいわ。安心して。ちゃんと未来はくるわ。絶望する理由も可能性も綺麗さっぱり無くなった。わかるの、自分のことだから。私自身の可能性が限りなくゼロになっていく。言ったでしょ。(シューニャタ)はゼロだって。これが正しい姿なのよ」


「難しいんだな」


「大丈夫、素敵なことよ」


 そんな会話をした。

 さらに待った。

 ひたすら待った。

 時間の概念なんて、働いていないのかもしれない。


 だけど、恐怖はなかった。

 ソラが大丈夫というのだから、大丈夫だろう。


 とはいえ、飽きたようにソラはぼつぼつと語り始めた。


「お母さんは寂しかった。怖がった。死ではなく、愛せないこと、愛されないことを。愛しい人にそばにいてもらえない孤独に抗えなかった。娘を一人、無明世界に残すことを恐れた。だから私と一緒に死のうとして、だけどできなくて……お母さん、一人で死んだの」


「そりゃキツいな……俺も母親しかいなかったけどさ」


 お袋もそんな絶望と戦って踏みとどまってたのかな。

 恐ろしい考えしかできない自分から、せめて逃げてほしいって気持ち……よくわかる。

 いまさらかもしれないけれど、会いたい……。


「あれはお葬式の日、暑い夏だったわ。観音菩薩の力は私を消し損ねたまま五十年前からリスタートしたの。お母さん、二度も私を殺し損ねた……出来なかった、のかしら」


「出来ないよ。出来ない。ソラは、何回やり直したんだ?」


「どうかしら。百と七ってところかしらね」


「長すぎる」


「ええ。因果のはじまりなんて観測不能などこか遠くへ行っちゃったみたいだけど……"愛されたかった"――ただ()()()()が観音菩薩の力と何重にも重なり合って、輝夜優月(おかあさん)を絶望的な絶望にしてしまった」


「その気持ちは、()()()()じゃないからだよ」


「……そうね。そんなあなただからこそ、果てなき無明の輪廻(サンサーラ)はとうとう染め変えられたわ。あなたの光で」


 光。

 ソラの言葉が途切れたところで、遠く光を感じた。


 行く先が開けたようだ。

 呼ばれてる気がする。

 早く行かなきゃ。


「この先はどうなるのかしらね。私にはわからないけど。応援くらいしてあげてもいいわね。ええと――"黒いの"。いやよ、あの名前、ほんとダサいもの」


「ソラ、いいから行こうぜ。あっちだよ」


「私、そっちにはいけないわ。そっちに私の可能性はないもの」


 …………。

 そうか。


 ソラは絶望の未来からきた。

 俺は絶望の未来の可能性を消した。

 ソラの可能性を消した。

 俺が行く未来には、存在しないのだ。


「あるいは――未来(このさき)の華武吹町で逢いましょう」


 どんどんと、ソラが遠ざかっていく。

 消えていく。


「私はソラ。空っぽのソラ。だけど、次に会うときは……ねえ、この空っぽになにを詰め込んでくれるのかしら」


 *


 これは――体温。


 冷たい空気。

 夜風とアスファルトの匂い。


「――禅」


 鼓膜を撫でる、懐かしい声。

 頬を打つ、雨粒……?


「禅、お願い、目を覚まして……! 禅と一緒だから私の命に意味があるの、お願い……!」


 目を開くと、頭がぐらぐらと眩んだ。

 視界いっぱいにあったのは、泣き顔だった。


「ぁ……!」


 ぽたぽたと雫が落ちてくる。

 ぐしゃぐしゃに歪んだ情けない表情に安堵した。


 弱くて、愚かで、汚れた、それでも共に生きようとする輝夜優月だ。


 這いずるように身を起こし、なんとか座るような姿勢をとる。

 これでやっと、邪魔が入る前まで予定調和だ。

 ちょっと世界、滅びかけたけど。


「優月」


 涙と鼻水を、ボロボロに引き裂かれた巫女装束の袖でごしごしと拭って、優月は何度も頷いた。


 かくいう俺のほうは、服がボロボロ……というか前面崩壊状態で――いやいや色々とマズいだろこれ。

 生身でエロビームをぶっ放したせいらしい。

 とりあえず身体に残った布をかき集め、隠すものを隠した。

 言い換えればほぼ全裸だ。


 でも。

 とにかく。

 つまり。


「禅……明王や魔王は……?」


 ベルトの姿、感触、圧は――ない。


「…………」


「そう、か……私のせいで――」


「それがあいつらの意思だった」


 俺はその頬を拭った。

 それから鼻水を拭った。

 あまりにもひどい泣きっ面で、子どもみたいで、俺はつい笑ってしまった。

 優月は自責、それから困惑を見せたが、やがて懸命に笑みを返す。


 最優先事項を確認したので、俺は遅まきながら周囲に目をやった。

 新年を迎えたばかりだろう、華武吹町の夜は――瓦礫と、抉られたアスファルトと、ひっくり返ったビル、割れたガラス……復興前よりひどい有様だ。


 空には大穴が開いて、まあるい月が照らしていた。

 静かだ。


 まさか。

 世界は滅び――終わっちゃったのか……?

 生きているのは俺と優月だけ、つまりはアダムとイブってことなのか……?


 そうか。

 人類よ、安心してくれ。

 子孫繁栄なら自信が――。


「おーい! 禅兄ー! 赤羽根センセー!」

「ヒーロー、生きてるかー!? 報酬出してやるから返事しなよおー!」


 などというブッ飛びすぎた幻想は、ゴミカスみたいに掃いて捨てられた。

 まあ、赤羽根もそのへんに落っこちてるしな。


 耳馴染んだ声たちが近づいてくる。


「よかった……終わったんだな」


 優月の表情にも、ようやく心からの安堵が浮かんだ。


 こうして戦いは――いや。


 果たしてよかっただろうか。

 終わっただろうか。


 ――否。

 爽やかに勝利を喜ぼうとしているところ悪いが、本当に「よかった」であるだろうかいや断じて否であるッ!


 俺の最終目標、ラスボス戦は終わってない。

 むしろ、ここからが本番。

 俺たちが()()なるのはこれからで、優月に「よかった」と言わせるのはこの後だ。


 そのためにも、このまま感動の再会、祝勝の雰囲気、華武吹町住人特有のワッショイワッショイに飲み込まれるわけにいかない。

 というか、そういうの全然興味ない!


 そんな訳で、俺は「あのお……」と極めて慎重かつ取り急ぎ、ラスボス優月への先手を打った。


「こんなときになんなんだけどさ。優月」


「ん……?」


「いますぐ帰ってTogetherしない?」


「禅、そういうの……ちゃんと言ってほしい……」


 たしかに、そうだな。

 ここまできたら何も恥ずかしいことはない。


「セックスがしたい」


「…………」


「…………」


「……最っ――低……ッッッ!!」


「なんだよ、ちゃんと言ったじゃん! これ以上ないほどスゲーわかりやすく言ったじゃん!」


「ったぁぁぁあああ! なんで!? ほんっと、ばか! 阿呆! 愚図、間抜け、性欲猿!! ばかばかばかばかばかーッ!」


 ああ、これこれ。

 いつも通りだ。

 この優月の、感情に揺れる表情が俺にとってはたまらなく愛しい。

 そんなこと言ったら、いいパンチが飛んできそうだけど。


「だってわがまま券、使っちゃっただろ。だから、ほら――優月が臥所を共にってヤツ言わないと」


「なっ! あんぁ、あれ……は、そういう状況だったから……だったからで……」


「ほーん。そいじゃあ――」


 俺は手を差し伸べる。

 優月は、はっとして、真っ赤になり顔をしかめ、しかし結局ははにかんで手を乗せた。


 もう一踏ん張りだ。

 目的地は屋根があって、シャワールームがあって、壁は薄いけれど俺たち以外に誰も住んでないし、まあいいだろ。


「一緒に逃げよう」


 こうして俺の壮大すぎる童貞卒業――あ、いや。

 愛と性技の戦いは膜を開じた。


 それから。

 それから――。


※クソ見苦しい誤字がございますが、何卒ご容赦ください。

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