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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第百〇八鐘 輪廻の中心で煩悩を叫ぶ獣
203/209

09. VS永劫輪廻を彷徨うエフェメラ


「そんな……」


 夜空に佇む真っ白な着物は、白無垢姿に見えた。

 巨大な(はね)は蝉かカゲロウを思わせる。


 総じて、白無垢姿の短命の虫――あまりにも絶望的なフォルムだった。


 観音菩薩は目覚めた。


 立ち上がっているのは、右腕は無いわ、体中スカスカに大穴をあけられてるわ、そこから黒い欲望がジャンジャン吸い上げられて元の形を保っていない魔王マーラ――いいや、ここはこう呼ぶべきだろう――アキラ。

 それから満身創痍だし、ヒーロースーツもベルト周りを残し半壊で、ほぼ生身の俺。

 ――だけ。


 意思(チンター)も残っていない。

 天高く羽ばたく光に、物理的に届く手段もない。

 策もない。


 優月が遠い。

 遠い。

 数時間前には手を握り合っていたのに。


『さあ、一緒に眠りましょう』


 頭の奥から囁かれる、観音菩薩の心地よい声。

 分厚く閉ざされた雲。

 月の代わりに降り注ぐ優しい光。

 街は瓦礫と真言が積み重なり、冷たく乾いた風が力無く吹いている。


 ピンクネオン街だというのに、大晦日の浮かれた夜だというのに、すっかり滅亡に彩られている。

 華武吹町の外がどうなったのかわからないが静かな夜だった。

 この街だけ、日常から切り離されているのかもしれない。


「チッ……エロい意味なら大歓迎なんだけどな……!」


「やはり、おまえにとってはエロスが最大の煩悩だな」


「ったりめーだろ! 人間、どうやってどっから産まれてくんだっつーの!」


 この状況、会話で意思を灯すことしかできないってのに、よりにもよってこんな話だ。

 そのくせ意思が少し灯ってみれば全身がバキバキと痛んだ。

 揺れる積木のようにアンバランスで、いまにも崩れてしまいそうだ。


 相反して、観音菩薩の攻撃は実に無痛だ。

 いっそ諦めてしまえば、それはそれで穏やかな気持ちでいられるだろう。


 だけど、清浄な滅びに飲まれるつもりはさらさら無い。

 最後の最後、今際の際まで煩悩垂れ流しながら、抗ってやる。


「さぁて、俺たちと違って、観音菩薩様からはどんな高尚で心洗われる説法がはじまるのか楽しみだ!」


 強がり大盛りの減らず口を叩いた。

 だが、応じるように頭に響いてきたのは、想像していたものとは全く別の、高尚とはかけ離れた長広舌だった。


『どうしてベルトを捨てたの、どうしてヒーローになってくれなかったの、どうしてこの街を捨てたの、どうして私を一人にしたの……どうして私を……悲しいの、どこにも行けない、こんな命では。永遠なんていらないの。あなたの中で眠らせて……』


 これは――どう聞いても"恨み節"と"負い目"だ。

 優月たちの絶望だ。


 ――優月たちの。

 ――優月の?


「妙だな」


 アキラが、どこか確信めいて呟く。

 左手の指で額をコツコツ叩く仕草は、シチュエーションに対してあまりにもおどけすぎていたが、俺もまた違和感があったので大人しく耳を傾けた。


「この期に及んで、エセ説法が始まらん。まるですっかり優月殿のままではないか。つまらんな」


「エセ説法はおまえだろ、いままでの汚い脱衣行為、許されたと思うなよ」


「えぇー?」


 緊張感に欠けるアキラの態度はさておき。


 ――そうなのだ。

 違和感の正体は。


 怪仏どものように名乗り上げもしない。

 人類を救ってやろう――もとい巣喰ってやろうという観音菩薩の意思さえ表に出てきていない。

 かといって、俺のよく知っている優月でもない。


 まるで、俺がやらかす可能性の先にいる優月たちが、束になって渦巻いているような、そんな――。


「――え」


 まさしく、()()なのではないか?


 ソラは、俺が――元も子もない言い方だけど――ヤリ逃げした可能性世界から、童貞世界(ココ)にやってきた。

 彼女は可能性があるだけで、誕生するか否かの因果関係や時系列さえも無視して存在する。


 観音菩薩も同じだったら?

 優月が絶望して観音菩薩が蘇る可能性が山ほどあって、そこかしこから(ココ)に集約しているのだとしたら?

 因果関係も、時系列も無視して、優月()()が渦巻いて……。


 絶望たちの座標、それが華武吹曼荼羅。

 そこから優月の、あらゆる絶望が溢れ出す、その現象が――


『ひとつになりましょう』


 ――観音菩薩なのだ。


「じゃあこの意思は、優月……なのか」


 夜天高く佇む白無垢姿を見上げる。

 距離と光のせいではっきりと見えないが、視線が絡んだ、気がした。


 そうか……。

 そうなのか。


「――ま、わかったところで、もう手遅れで、俺らのやってることなんざ愉快な悪足掻きでしかないか……」


 アキラは俺よりも勘良く同じ考えに至ったようで、しかし小馬鹿にするように「わはは」と笑った。

 ボロボロのくせに。

 それはそれは盛大に、爽やかに。

 無神経ここに極まる態度に、さすがに俺もカチンときた。


「おまえ結局、誰の味方なんだよ」


 アキラは「僕は僕だけの味方だ。それ以外は知らん」とした上で「景気よく花火をあげよう!」などと言いだした。


 この期に及んで自分の楽しみが優先とは、魔王らしい。

 どこまでも能天気で自己中心的なやつだ。

 さすがは欲望の化身だ。


 アキラは屈託ない笑顔で人差し指を掲げた。

 そして、なにか企むようにニッと笑う。

 全裸どころかスッカスカでいまにも消え入りそうなくせに、不遜な態度はいまなお魔王のソレだった。


「煩悩エクスプロージョン、一発チャンスをくれてやる」


 ええと。

 煩悩エクスプロージョンってなんだっけ。

 どこかで聞いたことがあるような……ああ、そうか。

 エロビームか。


「煩悩エクスプロージョンだッ!」


 だから人の心読むなっての。

 はてー? って顔するなっての。


「でも、そんな都合よく出るわけ――」


「出るぞ!」


「出るのかよ!」


 アキラの目にはらしくもない熱量があった。


「負けは癪だが、ここで終わりを観測するのも面白い、それもまた僕の煩悩」


「おまえなあ」


「……と思っていたが気が変わった。罪なやつだ。僕ですら白旗をあげるこのクソ展開でも、おまえが諦めないからだ。執着しているからだ。しがらんでいるからだ。欲望を手放さないからだ。まったくもって惨めで哀れで愚かな童貞小僧のはずなのに、自分の煩悩そっちのけにしてでもおまえの煩悩にTogetherしたいと思わせてくれるからだ」


 これが、いままで飄々として実体も考えも掴めなかった魔王の、運命に翻弄された者の本心なのだろう。


「この第六天魔王が手向けの燈明をくれてやろうというのだ。喜べ」


「手向けか……そうだな。その賭けってやつ、乗った」


 ま、最初からこいつには踊らされていたんだった。

 もう一度、最後の最後まで煩悩魔王の――バカバカしい欲に踊らされるのも悪くない。


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