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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第百〇八鐘 輪廻の中心で煩悩を叫ぶ獣
199/209

05. VS梵鐘


「ぬおぉおおぉッ! なんとご立派なチンターマニエフェクト!」


 アキラの――本人は至って真面目かつ対抗意識満々なのだろうけれど――バカバカしい感嘆の通りだった。

 諦淨和尚の右腕の皮膚が伸び、指は根のように絡まり、梵鐘と融合していたのだ。


 言うまでもない。

 甘んじて受け入れたのだ。

 街中の人間の意思を奪い怪仏化させる――そんな救済の道具になることを。


 懐かしい、俺を何度も叱ったしわがれた声が訴える。


「この大穢土(おおえど)を……人の汚れを洗い流すには、観音菩薩様のお力が不可欠……せめて陽子の身体を次なる贄として華武吹曼荼羅を刻み、永らえてもらうのじゃ……! 邪魔立ては許さぬぞ……」


 陽子を、次の生贄に?

 ……そうか。

 たしか、曼荼羅条約にはレプリカから名前は消されていた六番目の席があった。

 だが連中同様、()()()()ならやるしかない。


「曼荼羅条約、梵能寺・諦淨……参る!」


 古風な名乗り上げの次に、ぞっ――と、石畳をこする音がした。

 その一拍あと、梵鐘は一息に持ち上げられ垂直に掲げられる。

 遠目から見れば、ちょうどワイングラスのような形だ。

 しかし、それもつかの間、梵鐘はゆっくりとバランスを崩し、重力のまま振り落とされる。


「ジジイは無理すんなぁッ!」


 俺が梵鐘のふちを掴み、受け止める。

 続いて、アキラが放った雷が諦淨和尚の両足を貫き地面に縫いつけた。

 すでに三鈷剣を振りかぶっていたジャスティス・ウイング。


 半分怪仏化した老人相手に、多勢に無勢だ。

 すぐにカタがつく。


 そう思っていた俺の身体は、横なぎに浮いていた。

 勢いのまま梵鐘とともに鐘楼に激突。

 柱は割り箸のごとくあっけなくへしおられ、その衝撃にまた一つ、打ち鳴らされる。

 ごおーん……と。


 咄嗟に意思力(チンター)を意識する。

 黒炎で反撃するためだった。


 だが――まっっったく、これっぽっちも、カスほども、とっかかりがない。

 ガス欠状態だ。


 これ、まさか。

 除夜の鐘の正当な効果ってことか!?

 本当に煩悩が消える力があるのか、俺自身の自己暗示、湾曲解釈がそうさせるのか定かではないが――実際にそうなっとるやないかい!

 ってことは、本調子で戦えないのはジャスティス・ウイングだけではないらしい。


 さらに、ジジイが強烈な追い打ち。

 俺をくっつけたまま、石畳、鐘楼、石畳、賽銭箱、石畳と、あっちこっちに梵鐘が叩きつけられる。


「んのおおおおおおっ!」


 ごおん、ごおん、ごろごろ、ごおん――と。

 梵鐘が地団駄を踏むたび鐘の音が鳴り響く。

 除夜の鐘の大安売りだ。

 こうなってしまうと、ありがたみなどない。


「――ごがっ」


 フィニッシュに、俺はデコボコに掘り返された地面の上に叩きつけられた。


 高層ビルから落ちても、こうして生還できる強度のヒーロースーツだ。

 俺への物理ダメージはそれほどでもない。

 だが問題はやはり、チンターマニエフェクトとしての能力だ。


 鐘の音の乱打を間近で受け、赤い軌道が地に落ちていた。

 ジャスティス・ウイングは三鈷剣を手放し、苦しげに膝をつく。


 攻め込めきれなかったこのターン、ジジイの一喝が響き渡った。


「は、はぁ……はぁ……不届き者めがぁ……! 甘く見るでない……ッ!!」


「ド根性物理ジジイ……やってくれるじゃねえか!」


 くそ……!

 俺がジジイを抑えられていたら決まっていたのに。

 数百キロの梵鐘を引きずり持ち上げるだけの腕力を見誤っていた。

 俺一人の体重など、誤差の範疇ということだ。

 ジジイ一人だからと、油断していた。


 一方、諦淨和尚の身体にも相当負担がかかっている。

 そりゃあそうだ。

 自分で打つ鐘で、怪仏化しているのだから自殺行為だ!


 状況が悪い。

 俺はガス欠状態。

 このままでは華武吹町住人や沙羅だって危険だ。

 ジジイ本体も蝕まれている。

 何より、ジャスティス・ウイングが怪仏化――なんてシナリオは御免被る。

 早くカタをつけなければ!


 限界が近いのか、ぜえぜえと息を整えながら諦淨和尚が訴えた。


「生贄一人捧げれば……おまえたちも未来永劫、安寧に導かれるのだ! 邪魔をするでない……!」


 出た出た……。

 さすがは曼荼羅条約様。


 一人の生贄(ぎせい)

 自分勝手な安寧。

 これまで何度聞いた論法だろうか。

 そんなことをした結果が今だというのに。


 飽き飽きした言いぐさに、答えたのは俺ではなくジャスティス・ウイングだった。


「弱者に罪を擦り付けたところで、無かったことにはできない……!」


 苦しげ呼吸を整えながら、それでも言い放つ。

 自分に言い聞かせるように。

 己の中の答えを確かめるように。


「五十年前、華武吹町は間違えた。華武吹町だけではない、ヒーローが一人で背負えば良いと思っていた俺も、間違えていた。間違いを――罪や弱さを認め、歩み直さねばならない!」


「綺麗ごとを! 愚かな人間に正しい義など歩めぬわ! ならば間違いだらけの苦界から救済して頂くのが正義というもの……!」


 再び梵鐘が持ち上がる。

 また暴れられたら、ヤバい。


 華武吹町住人が。

 彼らを守ろうとした沙羅が。

 正義の翼、ジャスティス・ウイングが。

 絶望に塗り潰されてしまう。


 とにかく、この怪力鐘打ちジジイを止めなければ。

 アキラの攻撃には貫通力はあるが、抑止力はない。

 ならば、俺がチャージするしかない?

 いつもより時間はかかるし、その間に野放しになった諦淨和尚がさらに鐘を打ち鳴らすことになる。

 華武吹町住人は、ジャスティス・ウイングは、耐えられるのか?


 ええい、考えがまとまらない!


「なんなら、あの老体の心臓を貫くぞ」


 耳の後ろから、冷え冷えとしたアキラの声が走った。


 待て待て、待ってくれ!

 それしかないのか……?

 考えてる暇なんてないのに……!


 刹那の思考。

 決意の前に梵鐘が振り下ろされる。

 俺は再びその下に入り、受け止める。


 ここからだ!

 ここから、また浮かされてしまえば意味がない……!


「決まりだな」


 激しいスパーク音が耳元で唸った。

 その時だ。


「もうやめましょう! 陽子は生贄にさせない!」


 仏殿から悲鳴じみた声が聞こえた。

 ばっちゃだった。


 表情に怯えを張り付け、がたがたと下駄を鳴らしながら、いままさに梵鐘を振り回そうと重心を傾けた諦淨和尚に向かった。


 想像がついているのだろう、梵鐘の一振りで己の老体など砕けてしまうことが。

 それでも、ばっちゃは歩み寄る。


「間違いを認めましょう……! 私たちは五十年前、差し出してしまった明王像や生贄を正当化したかっただけ! 無駄ではなかったと思いたかっただけ! 本当はなにも差し出したくなかった、失いたくなかった!」


「花江、ワシはもう後戻りはできん! 五十年だ! 五十年前からやり直すなど、いまさらできん!」


「陽子はうちの子です! 家族を差し出すなんて、私は……もう嫌……!」


 力が籠る浄化の梵鐘。

 唸る魔王の(いかづち)

 双方の均衡を保とうと、片手は梵鐘を掴み片手は地面に爪を立て、一人組体操(扇)のようなクソかっこ悪い姿勢で耐える俺。


 そこに、救いの手……ならぬ、ひと声が入った。


「じっちゃ!」


 陽子だ。

 梵鐘の影響で意識がぼんやりするのか、自らの頬を叩くと、彼女は声を枯らして叫ぶ。

 遠く通る声の出し方は、よく知っているはずなのに。


「ジジイのくせに知らねえのかよ! 人間、間違えんだよ! 汚いし弱いしロクなもんじゃねえんだよ! それでも苦しみながら弱さや汚れと向き合おうとしてる、だから苦界なんだろ! 目ぇ、背けてんじゃねえ!」


「小娘風情(ふぜい)が知った口を! 正しい義を歩めぬ無明世界の弱者は、すがりどころを求めているのだ! それらを救うのは、こやつらベルト所持者(ホルダー)、ヒーローなどではない! 観音菩薩様だ!」


「正しくないから神様に正してもらうのか!? 輝けねぇから意思を差し出して仏様に照らしてもらうのか!?」


 そして右手に掲げた、質素な色合いの曼荼羅。

 華武吹曼荼羅――の、レプリカだ。

 左手には蝋燭。


「やめろ、陽子! それがなくては次の華武吹曼荼羅が――!」


「誰かのこと、好きにも嫌いにもなれない世界……アタシ、ヤだよ……!」


 偽りの華武吹曼荼羅に火が灯る。

 同時に。


「ジャスーッ!」


 俺が叫ぶまでもなく――


「斬り拓くッ! 神に定められた正しい(みち)ではなく、弱さを正そうとする己の(みち)を――ッ!」


 ――三鈷剣が閃いていた。


 次の梵鐘の音は、切り刻まれた青銅の破片がばらばらと砂利道に落ちる音だった。


 一瞬遅れ、諦淨和尚の小さな身体がぺちゃりと石畳に伏す。

 ドロドロと熔けた異形の右手の中から、痩せ細った土色がむき出しになった。

 呻くような声は、だんだんと規則正しい呼吸となる。


「神仏の救いではなく……あえて濁った苦界を選ぶとは……人の業とは、なんと……」


 続きは曇天に吸い込まれていった。

 やがて雲のぶつかり合う音さえ響く静寂がやってくる。


「ごめん、じっちゃ……」


 写しとはいえ、今まで家族が大事にしてきた御神体だ。

 燃え散り、舞い上がっていくのを見るのは堪えただろう。

 陽子は歯を食いしばり、ぼろぼろと涙を流しながら声を絞り出した。


「アタシ、じっちゃの辛い気持ちも、優しさもわかるのに。ごめん、ごめんよ……でも苦しみを見ないフリして無かったことにするほうが、アタシ苦しいんだ……!」


 ほっと一息つくにはバツが悪い空気。

 それでも事実、いますぐ怪仏が溢れ出すという危機は回避できたらしい。

 ならば次は――。


 再び、月の繭に目を向けようとした俺の視線。

 遮って入ったのは、右は美貌、左は疫病の塊と化した異形――聖観音アーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラ。

 中空を階段のように降りながら、右手の黄金錫杖をしゃらしゃらと鳴らした。


「時間稼ぎにはなりましたよ、諦淨」


 ねっとりと嗤うアーリヤ。

 その笑みに、俺の脳内には重すぎる敗北の光景が溢れ出す。

 すべてを奪われた恐怖が深く刻まれ膿んでいる。

 トラウマとかいう名前の傷だ。


 すがるようにベルトに手をやる。

 肯定するようにベルトの中央が回る。


 そうだ。

 その敗北、苦みさえ含めて今の俺だ。


 俺は体を低く構えた。

 戦闘準備の合図ととってか、アーリヤも錫杖をひるがえす。


「ここに決着をつけましょう、無明輪廻を彷徨う者どもよ!」


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