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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た終末
193/209

きみに捧げる長い歌-(2)


 ……ようするに。

 普通なら赤ちゃんのときにしかしないような体勢で、赤ちゃんのときにしかされないようなことを、齢十九にしてされてしまったのである。


 俺はシーツの端を掴んで鳴き声のように優月ママの名を呼んでいたし、優月ママは怖いくらいに熱心に、黙々と、俺のあらゆる凹凸を清めていた。

 その挙句、しっかりお着換えまで完遂、さっきまで自分が寝ていた布団に俺を押し込むという荒業を成したのだ。


 怒涛の拷問(プレイ)に、俺は押したらいいのか、出したらいいのか、新しい扉を開いたらいいのかさえ、わからなかった。

 混迷のまま、いろんなものを我慢しきることに気力を使い果たしノックダウン。

 それでも体調は正直で、情けないことに再び眠りへ落ちてしまったのである。


 であるからして。

 再び目覚めたのは、優月の匂いが充満した掛け布団と敷布団の中だった。

 青白い光の中の光景が、脳裏と股間に蘇る。

 おかげ様というべきか上半身と下半身、ともにすっかり元気溌剌だ。


 しかし、まさか……優月がOKどころかしびれを切らしているだなんて。

 しかも、ジャブとはいえ俺が()()()される側になるなんて。

 ちなみに、アリ寄りのアリだなんて。


 ここまでくれば本日クリスマスは当初の計画通り、浮かれた街並みを腕を組んで歩いたり、プレゼントにアクセサリーなんか買ってあげちゃったり、平凡なデートコースの延長戦にラブなホテルに行き本番終了、ミッションコンプリートだ。楽勝だ。

 ではさっそく、優月にお出かけの提案を――。


「……あれ」


 と、悶々と邪念を馳せているうちに気が付いた。


 部屋に優月はいない。

 俺の布団もない。

 卓袱台には水の入った洗面器。

 それに、時間をつぶしていたのだろう、古めかしい装丁の本が残されていた。


 カーテンを開き覗き見れば、雪が残る裏庭で優月がよたよたと布団を()()()()()()()

 赤い太陽光が降り注ぎ、雪は燃えるように反射している。

 時計の針はいずれも四を指し示す。

 それはそれは美しく穏やかな、十二月二十五日の()()の風景だった。


「……え」


 つまり、クリスマス本番はもう半分が経過していた。

 俺のありきたりでささやかな計画など、とっくに遂行不可能に陥っていたのである。

 そもそも病み上がりにおデートしましょう、なんて提案に乗っかってくるはずがないのである。

 以上である。


 …………。

 さて。

 思いつきたてほやほやのプランBを発表する。


 優月は先述のとおり心配性である。

 このまま俺の具合が悪ければ、それはそれは手厚い看病で甘やかしてくれるし、もう一度あのドエロいお清めタイムがやってくるはずだ。

 そこで「俺はすでに気力万全、優月も我慢しなくていい!」と言えば、あとは押したり出したりは当然、新しい扉を開きたい放題、という寸法だ。

 完璧なバックアップだ。

 あー、天才でよかった……!


 そんなわけでピンチはチャンス、俺は病を演じ続けることにした。

 無論、気づかぬ優月は「買ってきたやつなので安心しなさい」と自虐をいいながら、どぎまぎとお粥を食べさせてくれる。


「禅、具合は……?」


 そして案の定、心配顔でのぞき込んできた。

 騙されてる、騙されてる。

 こうなったらお清めタイムまでたっぷり甘え倒して、看病プレイも堪能してくれるわ。


「頭痛いしおなかも痛いし頭もぼーっとするしノドも痛い」


 我ながら浅知恵であるが、ゴホンゴホンと大げさに咳こみ、考えられる風邪の症状を羅列した。

 すると優月は表情をこわばらせ「寝てさい」と厳しく言いながら、またしても目を閉じている間だけの甘い寝かしつけ。

 俺は、咳き込んだり唸ったり苦しむフリをしつつ、数時間後にせまる童貞卒業のシーンに頭を巡らせていた。


 俺たちのせいなる夜はこれからだ!


 *


 それは、九時をまわる前だった。

 常夜灯の仄暗いオレンジ色が視界を染める。

 ずいぶんと早めの消灯だが、優月は昨晩からいままでほとんど寝ておらず、むしろウトウトしはじめていたのだから布団に倒れ込むのも無理はない。


 かたや、下半身の付属物の俺は元気いっぱい。

 発汗のために「寒気がする」などと言って掛け布団を増量した上、薄闇の中でぜえはあと呼吸を荒くして有酸素運動に精を出していた。


 熱が全身を包むのに時間はかからなかったが――しかし、枕元に座る優月の気配に思わず目をかたく閉じ、呼吸をひそめる。

 優月はのぞき込みながら、なかなか動かなかった。


 ヤバい。

 このままではバレるのではないか。

 というかバレてるのではないか。

 いまにパンチがとんでくるのではないか。


 焦燥がガラガラと空転するうちに、すすり泣くような声が俺の顔に落ちてくる。


「神様、禅まで奪わないで……私が代わりますから。これ以上、禅を苦しめないで」


 やがて悲愴な声を上げて俺の布団の上に伏せた。


「お父様、どうか禅を守って……お願い、お願いします……」


 優月は巫女さんなのに、神を畏れ、父親を頼るのか……。

 それがどういうわけか、唐突に見せた父性に甘える女の子の、いわゆるファザコンムーブに、思わずときめいてしまった。

 同時に、花江(ばっちゃ)曰く、俺とどこか似ているらしい、風邪をこじらせて亡くなった御父上様にご紹介されている気もしないでもない。


「この人がいなくなったら、私……もう……お父様、お父様……」


 そこにきて俺は、エロ目的で仮病……という有様である。

 逡巡――するまでもなく、俺の良心は狭く浅く小さいがゆえに、一瞬でその罪悪感を抱えきれなくなっていた。


「……あのお、優月さん」


 起き上がろうとする俺。

 しゃくりあげるようにボロボロと泣きながら、俺の両肩を押し戻そうとする優月。

 押し合った末に、片ひじをつく俺の胸に優月がしなだれかかるような体勢になる。


 いい雰囲気だがカッコつけて「仮病なんだぜ!」なんて言えるはずもなく、俺はすぐそこにある泣き顔にいつも通りへらへらとしてみせた。


「なんかいま急に治っちゃったっていうか~……」


「え……?」


「……ごめん、実は夕方からは仮病っていうか……」


 パンチが飛んでくるのは覚悟の上だった。

 だけど、優月はきらきら輝くまつ毛を何度か(しばた)かせた、だけ。

 そんなふうにしばらくは呆然として「仮病……はあ……」と脱力し、俺の肩に額をうずめた。


「……よかった」


 その囁きはもちろん、安心しきった呼吸も、柔らかな心音さえも聞こえていた。

 おそらくは優月のほうにも。


「ねえ、禅」


「優月……」


 つまり。

 これは……。

 いけるとかいけないとかじゃなくて、いくべき雰囲気なのか……?

 ――いこう。


 恐る恐る、汗でベタつく手を優月の腰の上へ。

 勢い任せに場違いなセリフを吐く。


「俺も、もう我慢できないんだ!」


「どうして仮病だなんてバカなこと――をっ?」


「…………」


「…………」


 会話がカウンタークロスした。


 優月は半笑いのまま顔面の筋肉を硬直させていた。

 俺は息を荒くしながら(くだん)の怖い顔で優月を見つめ、汗ベッタベタな手を優月の腰――というか臀部にがっしりと着地させていた。

 とにかく、お互いの求めている次のシーンが違うこと、そしてこの気まずさ満点の空気が修正不可能だということは明らかだった。


「け、仮病だなん、て……バカな……」


 消え入りそうな声で優月は繰り返す。

 他になんと言っていいかわからない状況だったからだろう。

 俺だってそうだ。


 一応、会話の糸口が見つかったが上手な言い訳も思いつくはずもなく、俺は素直に白状した。


「お清めプレイに味を占めまして……」


 さらにそれは優月の脳に熱的ダメージを負わせたのだろう。

 互いに湯気を上げながら思考停止したバカ正直な会話が連なった。


「あれは……もう、ないです。我慢、してください」


「我慢、できない、といいますか……」


「してください。病み上がりなんだから」


「なら……はい。今日のところは……日を改めて」


「もうずっと無いです……」


「ええぇ……」


「はしたない、ので……」


「はしたないってようするに……エッチなことをしているなー、としっかり自覚しながら優月さんは俺の――ひっ」


 とうとう冷静さを取り戻したのか、結構な圧のアイアンクローによって俺の下ネタは阻止された。


「あーあ! バカに触っちゃった! バカがうつる! 私も熱が出てバカになったら大変なので寝ます。おやすみなさい!」


「えええ~」


 えてして、優月はぱっぱと俺の手を払いのけ、常夜灯の明かりまで消して再び布団に横になる。


 一人ムラムラした雰囲気に取り残された俺は、オンになった発情スイッチに「病み上がり」だとか「優月だって眠い」とか「バカをうつしちゃいけない」とか、そんな理性的な意見を言い聞かせなだめていた。

 そして、いつまでもクリスマスだ、せいなる夜だと浮かれているからいかんのだ、と。

 一理ありまくる。


 俺はこの浮かれた日を仕舞うように、暗闇の中で閉会の言葉を口にした。


「優月。クリスマス、楽しかった。あのね、俺もさ、実はそれらしいことほとんどしたことなくて。小さい頃からちょっと憧れてたんだ。この日に、誰かと特別な思い出を作るの。なのに……台無しにしちゃったなあ。でも優月が看病してくれたの、すっげー嬉しかったよ。ありがとな」


 はい、クリスマスおしまい。


 来年こそ……。

 来年も、再来年も、ずっとずーっと……。

 涅槃(ニルヴァーナ・)症候群(シンドローム)

 俺たちは一緒に……。

 絶対に、どうにかして、力づくでも……。

 なにを犠牲にしてでも……。


 暗い欲望の渦がうねりはじめたころ、優月のすっとんきょうな声が差し込んだ。


「……それだけ? 終わり?」


「埋め合わせは後日、謝罪替わりにどのような肉体労働でも請け負う所存で――」


「ちがう。禅の小さい頃の話」


 わけもなく、脊髄反射で「えええ」と声が漏れた。


 俺は心底その話題を避けてきた。

 だって、自分の弱くて愚かなところなんて知られたくないし、小さい頃なんて恥の塊だ。

 貧乏だし、それこそバカだし、自慢できるような思い出もない。

 どこをどう切り取ってお出ししても、ハズレなき鳴滝禅・黒歴史セレクションである。


「えっと……興味、ある?」


「クリスマス、絆を確かめる祭事……なのだろう?」


 恥の塊。

 でも、優月にそれをさらけ出すのは、興奮するというか、いまさらというか……求められるのが嬉しい。

 身体のほうはお清めプレイで全部さらけ出しちゃったわけだし。


「じゃあさ! 寝るまで俺の話もしていい? まえに優月が色々話してくれたみたいにさ、優月にも俺のこと、もっと知ってほしい。つまんなかったら寝ちゃっていいし! でも、できるだけ楽しい話にするから!」


「禅……そういうの、嫌なのかと思ってた」


「そりゃ、恥ずかしいとか、迷惑かけちゃうとか、もしかしたら嫌われちゃうんじゃないかって思うと怖いよ。だけど……優月は俺がどんなに弱くて甘えたこと言っても、嫌いになんてならない、よね? そうだよね?」


 ちょっとおどけた「んー?」という声と笑いを誘う沈黙。

 やがて、穏やかで長い溜息。

 探るような布ずれの音と闇の中で、優月の指先が俺のそれを探り当て、握りしめる。


「嘘とか、カッコつけないのなら聞く」


「……うん。これは心が解って脱いだ話。本当の気持ちの話だから」


 指先を絡めて握り返した。


「あのねー。俺、小さい時はさ――」




 この時からだったっけ。

 寂しい時とか、甘えたい時、優月に全部知ってほしくて、しつこいくらい自分のことずーっと話しちゃうようになったのって。


 そういえばこの話も、ずいぶんな長話になっちゃったな。

 楽しく話せてるかわからないし、カッコもつけちゃってるけど。


 なあ、優月。

 もうちょっとだけ、聞いてほしいんだ。


 あの大晦日。

 観音菩薩のこと。



 というわけで……

 もし二週目があれば、

 「禅に長話されている優月」の視点でお読みいただけると幸いです。

 新しい発見があるかと思います。



 そして第九鐘、幕間をお読みいただきありがとうございます!


 次回、第百〇八鐘(!?)が実質、最終章となります。

 彼らの人生、彼らのエンディング、どうぞ見届けてやってください(・人・)



モチベになりますので、画面下の【☆☆☆☆☆】から評価いただけると、大変ありがたいです!

アカウントをお持ちでない方は、青い鳥さんマークからポチっとしていただけると幸いです!


 また口コミが何よりの力です。「これ好きそう!」というお友達がいらっしゃいましたらオススメしていただけると幸いです。


【第百〇八鐘 次回予告】

挿絵(By みてみん)


澄石アラン

Twitter @AlanSmiishe

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