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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た終末
192/209

きみに捧げる長い歌-(1)

 十二月二十四日。

 クリスマス・イブの夜。


 俺はノーパンの上にズボン、なんとかTシャツに腕を通した風体で、深々と雪降る帰路を急いでいた。

 もちろん、こんなことになっているのには事情がある。趣味ではない。


 シャンバラのママは、俺に小遣いでもやるつもりだったのだろう。

 ユルいバイトの枠に声をかけてくれたのはありがたいことだった。


 お言葉に甘えてのらりくらりと過ごし、さあ引き上げようと思った十時。

 折悪しく、酒もまわり無礼講のオカマバーは魑魅魍魎の巣窟となりはてていた。


 本来だったら喜んで人柱になっていたはずのアキラが、今宵は馬車馬のように働かされているのも悪条件の一つに違いない。


 一人ウェイター姿の俺は道徳心を失ったオカマたちにひん剥かれた挙句、大事なところを生クリームやイチゴでトッピングされ、あやうく食われかけるところだった。

 間一髪、ママの怒号があり、俺はその隙をついて逃げ出したのだが、追手の勢いは衰えず。

 こうして寒空の下、ズボンだけを穿いてTシャツを掴み逃げ出してきたわけだ。


 クリスマス・イブである。

 世に言う聖なる夜である。

 ロマンティックに雪も降っている。

 なのに俺の股間がホワイトクリスマスされている。


 それでも俺には無事に帰らねばならぬ理由があった。

 いやまあ、理由がなくてもあの状況なら全力で逃げるんだけど。


 命からがら望粋荘の玄関を開くと、優月が無駄に雑巾がけをしていた。

 いつもの如く偶然を装いながら出迎え、異常事態てんこ盛りの俺のなり――特にチャックの隙間からはみ出しているホワイトな油分を見て顔をしかめる。


「酔っ払いにズボンの中で吐かれたりでもしたのか?」


「そんなエグい酔っ払い一人しか知らない」


 どういうわけか、優月は俺のちょいとキツめな返答に満足気だった。

 表情は一切動かないが、顔の隣に小さな花でも咲きそうなホクホクとした雰囲気である。

 自分が特別扱いなのが嬉しい……ってことなのだろう。

 いくら優月相手でも、あんなプレイは二度とゴメンだけど。


 なんやかんや予定調和。


 風呂に入り、自室へ行き、勝負望粋荘ユニフォームに加えさらにおニューの勝負服に袖を通した。

 そんでもって通販で買った"せいしの境目"を守るアレを尻ポケットに忍ばせ、忘れ物はないか入念にチェック。

 いざ行かん、と意気込んでいるのは、隣の部屋だ。


 何度でも言うが、聖なる夜である。

 望粋荘の住人達は、すでに退去状態。

 ともなれば優月と二人きり、俺の最終目標を遂げるにふさわしい夜だった。


 もう慣れた感じ、自らの生活領域同然で優月の部屋に上がり込む。

 部屋の真ん中にあいた穴、卓袱台の下は板で補強されており、ただでさえ狭い室内に侘しさを醸しだしていた。

 その上、優月は褞袍(どてら)

 望粋荘あるあるの良く言えば古き良き、悪く言えば貧乏くさい風景が広がっている。


 俺はさっそく卓袱台の横について、他に誰がいるわけでもないがヒソヒソと囁きおどけた。

 己の緊張を解くためでもある。


「優月さんや、例のブツは」


「えと……教えてもらった通りのものだとは思うが……」


 俺とは異なる緊張を抱えながら優月は冷蔵庫を開いて見せた。

 酒、酒、酒……オードブルプレートと、ケーキが入っているであろう白い箱……酒、酒、そして酒が並んでいる。

 俺は点在するアルコール類については見なかったことにして、オードブルプレートとケーキ箱を引き出し検める。

 中身はなんと――一つ一つ説明する間でもないほど、いたって普通だった。


「なんだあ。どんなトンチンカンなものが出てくるのか楽しみにしてたのに……」


「あ、亜米利加(アメリカ)式のおせち、たくさんあって、わからなくて……スーパーに町内会の人たちがいたので、禅と二人で食べるならどういうものが良いかとか、色々聞いてしまったが親切にしてもらって……」


「あ、え……ほお。よかったねぇ」


 こりゃあますます一丁目や二丁目の歓楽街が歩きにくくなるな……。


「禅。はやく、しよ」


「――する! するする!」


「クリスマスとやらを」


「……あ、はい」


 こうしてようやくクリスマス本番が開始。

 オードブルやらケーキを広げバラエティ番組を見ながらパクついた……だけだった。

 だらだらとした空気が漂い、そりゃあ元巫女さんの優月からは「クリスマスという祭事はこれでよいのか?」などという疑問も出るわけで。


「ちょっとした贅沢でガス抜きしたり、絆を確かめる口実なんだからいいんだよ」


「それは良い祭事だな。ふふ、私クリスマス、出来てる」


 優月は満足気に微笑んだ。

 俺も微笑み返す。


 そんな和やかな時間を俺はこれ以上ないほどに、賢明に――装っていた。


 んなぁにが「絆を確かめる口実」だ!

 エロいことする日に決まってんだろ!!


 そのためにも、例の怖い顔をしないようにした。 

 尻ポケットを何度も探らないようにした。

 下ネタすら言っていない。

 エロに関連するすべてを我慢していた。

 我慢しまくっていた。


 そうしてとうとう、時は満ちた。

 時計が示すのは恋人たちのイチャイチャタイムの最中。

 そんな世相をつゆ知らず、テレビもニュース一色となり、優月は手持無沙汰でお茶をすすっている。


 優月は待っているのだ、次は何をするのかと。

 するさ!

 するとも!


 俺はあるだけの勇気を振り絞り――リモコンに手を伸ばしてテレビの電源を落とす。

 優月はきょとんとしながら俺に目を向けた。


「……ん?」


「……あ、いやあ」


 待て。

 チャージしたらもう一回勇気を振り絞る。

 世話になったこともないサンタクロースに願をかけながら、俺は呼吸を整え、手からにじみ出る汗を膝で拭う。


「ゆ、優月っ……!」


 ガバッと、唇めがけいこうと思った。

 が、タイミングの悪いことに優月はずずずと湯飲みに唇をあてているところで、俺はたたらを踏む。

 ガバッといくターゲットがふさがっている上に……危ないからね。


 再び沈黙。

 もはや隠しようもなく俺は呼吸のストロークを乱していた。

 部屋の隅の姿鏡に映る俺の顔は、ほくほくに茹で上がっている。


「……はぁ、あ……優月、あの……っ」


「禅……」


「優月、俺っは……はぁ、ぜぇ……」


「大丈夫か……?」


「っぜぇ……ぜぇ……」


「…………」


 おもむろに立ち上がった優月は箪笥の上段から、これまた懐かしい液体温度計を取り出し、有無をも言わさず俺の脇に挟み込む。

 赤いラインがぬるぬると伸びて三十八の数字に到達するのは、まもなくのことだった。


「大丈夫じゃないな」


 いや。

 実のところ。

 シャンバラで剥かれたあたりでブルッとしたとは思っていたんだけど。

 聖なる夜を逃すわけにいかなかったわけで……。


「お開きにしよう」


 ――だが結果コレである。

 せいなる夜をブチ壊してくれやがったオカマども、絶対に許さんぞ……!


 *


 オカマどもへの怨嗟を力に変えて、Tシャツにパンツという冴えない寝巻に着替える間、優月は「寒いだろう」と俺の布団をエアコンのある自分の部屋まで引っ張ってきた。

 こんな状況でも俺は精一杯我慢しまくってるのに、知ってか知らずか無防備なもんだ。


 なんとか横になったところ、優月は俺の頬に手を添え睨む。


「目を閉じて。起きるまで開いてはダメ」


 そんな無茶な、と思いつつ目を閉じ――唇をしっとりとついばまれた感触にさっそく禁を破る。

 間近に迫っていた優月の茜色の困り顔。


「――ぁ、ごめんなさいっ! 具合が悪いのに。私、その……我慢できなくて……!」


「ゆづ――」


「で、でも起きるまで目を開けちゃダメと言ったのだから……めっ!」


 強引かつ甘すぎるお叱りに打ちのめされ、俺は今度こそ硬く目を閉じた。

 目を閉じている間も、優月が寝支度を整えている音だとか、水音だとか、生々しい生活音が耳に入ってくる。


 頭がギシギシと軋む。

 身体はあっという間に熱を帯びる。

 冷たい布が頭の上に着地するたびに、優月の心配そうな呼吸が通り過ぎた。


 優月の我慢って、やっぱそういう意味だよな。

 俺、いくべきだったのかな。

 でも風邪うつしたら悪いし……。


 えてして煩悶(はんもん)と頭痛のメリーゴーランドの中、意識が遠のいて、支離滅裂な悪い夢を見て、目が覚めたのは数時間後だった。


 薄闇の中、エアコンの音だけが響いていた。

 カーテンの隙間から差し込む青白い光。

 早朝の色だった。

 身体のほうは、峠は越えたようだったが、汗ぐっちょりで不快度指数が臨界点だ。


 ふと首を傾ければ、優月はすぐ隣の布団から上体を持ち上げて目を擦っているところだった。


「俺、着替えを――」


 Tシャツの胸元を扇いで汗ばんだどころか、びしょ濡れの有様を示す。

 優月は表情を心配に歪めて、和装の寝巻の乱れをそのままにいそいそと動き出した。


 いまだもって身体の調子は悪く、まともに歩けそうにない。

 着替えを持ってきてもらうくらい、ここは甘えちゃおう。


 そう思っていたものの、優月が用意したのは湯気の立つ洗面器とタオルだった。

 そして、当然のように俺の背後に回ってTシャツをはぎ取り、首のまわりから、拭っていく。

 優月の手が、背中から、脇、右腕、左腕、指と指の間までじっくりと、俺の凹凸を確かめるように、かろうじてタオルごしに触れる。


 続いて前面に回り込む優月。

 どこか蕩けた表情で、熱心に俺の身体の表面を清めていく。


「禅の身体、何度も見てたつもりなのに……思っていたより大きくて……逞しい。でもここ、小さい傷がいっぱいある」


 白く細い指が胸をなぞる。

 戦いの傷跡もあれば、元からの傷跡もたくさんあった。


 そんなの、気にしなくていい。

 いまは気にしてほしくない。

 だから気を逸らそうと、俺はムードのある冗談を言うつもりだった。


「優月が今触っているのは俺のおっぱいだけどな」


「…………」


 うーん、これは……。


 熱のせいか、思いついたまま猛烈にバカかつ、面白くないかつ、くだらない、ただの下ネタを言ったな。


 優月は赤面して気まずそうに俺の身体を撫でていた指を離すと、黙ってタオルを絞った。

 絞って、赤い顔をしながら「余計なことを言ってごめんなさい」と震えた声で呟き、再び俺のおっぱいを拭いはじめた。


 不可解で甘美な状況だった。

 もしかして、俺は襲われているのか……?

 風邪で動けないことをいいことに、好き放題されてるってことなのか……?

 思考の歯車がどこもかしこも噛み合わない!


 俺は熱がぶり返して、息が荒くなる。

 その息はあきらかに優月のはだけた胸元に入り込んでいるのに、いつまでも襟元を正さない。

 よって俺はいつまでも曲線がおりなす未知の空間を見つめることになる。

 また息が荒くなる。


 爽やかなタオルの侵攻は、ベルトのあたりで停止した。

 ちらり、と見上げ何かを乞う優月の目。


 俺は今度こそ、完璧に空気を読んだ。

 読んだつもりだった。


「優月、そこから先は自分で――」


「私……ちゃんと、その、我慢……するから、ゆだねて……」


「――むェ」


「足、ひらいて」


 まさか言われる側になるとは思っていなかった。

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